【第四章】アリスインワンダーランド 上

第31話 裏垢女子には楽しみも重要なんです。

「マド~! ちょっと、なに業務中に、なに道草くってんの!」


 裏路地でたむろしていた俺たちの前に唐突に表れたエプロン姿の女性。

 その出で立ちこそ飲食店のホールスタッフのような恰好ではあるが、30代くらいの美人な女性だった。

 たぶん、元アイドルと言われても信じるような感じ。


 しかし、その女性ががっしりと腕をつかんだのは、マド……つまり根井円香であるチェシャちゃんのほうじゃなく。チェシャちゃんの恰好を模した塩野目汐里だった。


「……痛ッ」

「あんた……じゃない! なにして……あー……そういう」

「……その呼び方せんといてや」


 弱弱しい関西弁で、塩野目さんが返したとき、小さく手を挙げて名乗り出たのはチェシャちゃんだった。


「てんちょ~……ごめんなさい~、私ここっす」


       ***


 通された部屋はいわゆる、従業員用のスタッフルームで店長さんとチェシャちゃんはバックヤードと呼んでいた。


 店長からその部屋に通されたのは、俺と、シロちゃんとチェシャちゃんだった。

 加恋と榊は部屋の外で、真犯人であり店長の姪である塩野目さんが逃げないようにお目付け役をお願いされていた。 


 その部屋には各カラオケルームの監視カメラ映像が映っていて、それであのときチェシャちゃんに色々と(キスしてるところとか)見られていたのかと察した。


「――炎上、保険ですか?」

「そうなの、ほら、この子危なっかしいでしょ? SNSとかですーぐおっぱい見せたがるような変わった子だから」


 竹を割ったようなというのはこういう性格のことなんだろうと思う。

 その美人店長は、杵築朝見きつきあさみさんというらしい。

 

 まったく隠すこともなくチェシャちゃんの秘密を口にしているけど、もしかすると、俺と、シロちゃんが同じ秘密を共有していることをすでに知ってて、俺たちだけを通したのかもしれない。


「でも……やっぱり店の売り上げとか、迷惑かけてるってことっすよね」


 直接の原因ではないとはいえ、チェシャちゃんにも責任があることで、少し気まずそうに尋ねる。


「あー。それがねぇ。お客さん増えたせいで売り上げは倍なのよね。だから保険はおりそうになくって~。つまり忙しいの。――まぁ、事情はわかったことだし、あの子には責任とって店に出てもらうわ」


 あの子。とは、塩野目さんのことだろう。

 炎上自体は……その流れた個人情報や画像を消すことはできないまでも沈静化はしてきているし、お店の被害も想像よりは大きくないようだったので。これで解決ということになるのだろう。

 

 ん、それならなんで俺たちが呼ばれたんだろう。


「それより……マドから話は聞きました。うちの店で、大変怖い思いをさせてしまったようで……本当に、本当にごめんなさい!」


 杵築さんは椅子から立ち上がり深々と、俺とシロちゃんに向かってお辞儀をした。

 それは、少し前のあのナンパ野郎による暴行を受けてのことだった。


 お店に迷惑をかけたのは俺たちで、それも……ナンパされるような勝負をした結果でのことで……。謝るのは俺たちのほうだというのに。


「あの……顔をあげてください。わたしたちのほうが――」

 

 シロちゃんが俺を静止するようにその手を伸ばした。


「私が……不注意だったんです。お店に、迷惑をおかけしたのはすべて私なんです。本当に、ごめんなさい」

「……シロちゃん」

「いいえ、どういう事情や理由があれ……責任は場所を提供している私にあるの。そのための責任者だからね……んー、あのナンパしてた子たちを訴えたかったら、映像と会員カード情報くらいなら~……」

「あ。えっと。いや、いいですからいいですから! そこまで考えてませんし!」


 シロちゃんが慌てて止める。

 もし、警察沙汰なんかになったら俺の女装の説明から始まって色々と大変なことになるわけで……。


「そう……? わかったわ。でも。……お汐のことも、貴女たちに迷惑をおかけしたみたいで……本当に頭があがらないって感じよ?」


 この人は、本当にしっかりした人なんだということはわかった。

 終始隣で怯えた感じのチェシャちゃんを見ると、怖い人なんだろうなってこともなんとなくわかるけど。


「あの、杵築さん。塩野目さんのことなんだけど――、許してあげてくれないかな。部外者のわたしがこんなこと言えたことではないけど……。たぶん本人十分反省してると思うんです」

「え? ふふ。有栖さん? だったわよね。優しいのね。でも、だめです」

「ええ……てんちょ~!? 私はべつにいいんすよ? それにお店忙しいならもっと働くっすよ……?」


 許してくれると思っていたんだけど、普通に却下された。

 思わず隣からチェシャちゃんが口を挟んだ。


「あの子はね。警察沙汰になってもおかしくないことをしたの。それを店舗を任されるものとして、何より叔母として簡単に許しちゃいけないと思うのね。……でも、良い友達をもってるみたいだから、考慮はするわ。これからあの子と仲良くしてあげて? それなら私も安心だしね」


 友達、なのかな? と思うけど……。仲良くはしてみたいと思う。

 だって、塩野目さんが榊に対して一生懸命だったのは知ってるから。それに、喧嘩したままってのも、なんか嫌だから。


「もちろんです!」 


 そう強く返事をしたのはシロちゃんだった。


――クラスだと、動きやすいのは私、でしょ? 友達づくり、得意だしね


 俺に耳打ちするように小さく呟く。


「ありがとね。あ、これなんだけど……ちょっとしたお詫びで、受け取ってくれないかしら」

 

 そう言って差し出されたのは、白い無印の封筒で……。

 お詫びなんていいのに、とは思ったけど差し出されたものを突き返すのもあれなので受け取ることにした。


(たぶん、最初から警察沙汰にしないことも踏まえて用意していたんだろね)


「開けてみて?」

「あ。はい。では失礼します……」

「……U〇Jの入場券。しかも5枚? いいんですかこんなもの」


 福岡からは距離があるけど。

 大阪にある有名なテーマパークへのチケットだった。

 それでも行けない距離じゃないし、行きたいと思う。

 シロちゃんと、チェシャちゃんと。


「え? ほんと!? あ。ごめんなさい、ちょとはしゃぎ過ぎちゃった」

「……てんちょ~?」

「有栖さんと兎ちゃん? と……あとマドの分と、もし迷惑じゃなければあの子も連れて行ってあげてくれないかなって思ってね」

「てんちょ~~~!!」


 そうなると、あと一枚余るのか。


「加恋誘ってもいい?」


 先に口に出したのはシロちゃんだった。

 俺の口から妹の名前を言い出しづらかったから、願ったりの助け船だった。

 

 あとは、塩野目さんが素直に応じてくれるかはわからないけど。そこは仲田詩帆というクラスイチの陽キャに任せよう。


 そして、このときは忘れていた。

 ……市河と遊園地に行くとか、そんな感じの口約束をしていたことを。


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