会話
次にバランスボールを使った練習を始めた。
遥はバランスボールに正座して、そして鈴から鉄球を受け取る。
鈴が説明をする前に遥は指先だけで下向きに鉄球を持ち、横回転で回し始める。
「……ええと」
「知ってるから。ピッチャー界隈では有名なトレーニングでしょ? 鉄球を右手指先だけで回して、キレのある変化球を流れるようにするんでしょ?」
「あ、はい」
そして遥は黙々と指先で鉄球を回す。
「ねえ?」
「はい? 黙られるのもあれだから何か喋って」
「ええと、では、うちの棗小春とは同じチームメイトだったんですか?」
その質問は遥にとって意外だったらしく、遥は鉄球を落としてしまった。
「あ、ごめん」
「いえいえ、どうぞ」
鈴は鉄球を拾い、遥に渡す。
「そんなにびっくりすることでした?」
「そりゃあ、知ってるものと思ってたから。聞いてないの?」
「はい」
「でも、知らなくても普通は調べたりしない?」
「う〜ん。なんかそういうのは気が進まないというか……」
「変な人ね」
遥はまた鉄球を回し始める。
「小春とはライバルで元は球団は違った。けど去年から小春が所属するブリリアントラビッツに私が入ったの」
「それで……」
「勘違いしないで、私のせいではないから。私が入った辺りから、あいつ勉強して資格を取り始めたの。えーと、なんだっけ?」
「CSCSです」
「そうそれ。専属トレーナーになるのかと思ったら、急に消えてね。どこ行ったかと思ったらまさかここで職場研修しているとはびっくりよ」
「専属トレーナー?」
「うちのね。それも初耳?」
「あ、はい」
鈴は小春が専属トレーナーのため職場研修しているということは知らなかった。
あくまで新人として聞いていた。
(ということは、職場研修が終わると辞めるんだ)
ずっとここで働くのかと思ってたら、職場研修という言葉に鈴はショックだった。いや、それを教えてくれなかったことが1番なショックなのだろう。
「あいつ、どうなの? ちゃんとやれてる?」
「はい。きちんと仕事をしております」
「ふうん。本当に戻らないのか」
遥は不満そうにそしてどこか寂しげに言う。
「戻れるんですか?」
「分からない。まだ現役でも通じそうなんだけどね」
遥は一度、鉄球を左手に持ち替えて、右手首を振る。
「無理はしないでくださいね。疲れたと思ったら休んでください」
「はいはい。てか、壊したのは肩なんだから手首の心配する必要ないでしょ?」
「手首に負担をかけると、今度は手首を壊してしまいますよ」
「分かったわよ」
そして遥はまた右手の指先で鉄球を持ち、回し始める。
「棗は現役時代はどうだったんですか?」
「私のライバルだけあって、まあまあよ」
自分を持ち上げるように遥は言う。
◯
夜、スマホで鈴は自室で小春と今日のことを話した。
『そうですか。無事に終わりましたか。良かったです。なんか、すみません。佐々木さんのこともあったのに』
「それはもういいって」
『あの子、生意気だったでしょ?』
「うん。生意気だったよ」
鈴は苦笑した。
「現役時代のこと聞いたよ」
『やだな。恥ずかしい。変なこと言ってなかったですよね?』
「さあ? どうだろうね〜」
鈴は含み笑いで答える。
そして頬から笑みが消える。
「あと、球団専属トレーナーの話を聞いたけど、あれって本当?」
少し間が空いてから小春は、
『はい。もしかしたらその予定です。あくまで予定であって、決定ではないんです?」
「どういうこと?」
『本当はコーチ枠を狙ってたんですけど、空きがなくて、それで資格を取ってトレーナー枠だったんです。でも、そのトレーナー枠も狭き門で、空きが出るまで外で研修ということになったんです』
「そんなにトレーナーっているの?」
『女子プロは男子プロと違い、選手生命も短い……というかすぐ辞める人も多いですから結構資格を取る人がいるんですよ』
「大変だね。で、もしかして球団専属トレーナーになれるの?」
『まだ確定ではありませんが……なんか、すみません』
「なんで謝るのさ。良いことじゃん」
『でも、佐々木さん達の件とか……』
「あの二人はトライアル……一人は復帰決定だっけ。あとは佐々木さんだけなんだけど。佐々木さんはどうにかなりそうかもね。うん。だから問題ないよ」
どこか自分に言い聞かせるように鈴は言った。
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