言うことを聞かない
「御堂! お前んとこの元メジャーリーガーが来てるぞ! しかも勝手にマシンを使ってトレーニングしてるぞ?」
二ノ宮が急いでトレーナー室に入ってきて、鈴に告げる。そして声が大きかったせいか、トレーナー室にいた職員やトレーナーが何だと振り向く。
「え? 何で? 今日はオフの日ですよ!」
念のため鈴はパソコン画面で日付を確認する。
11月20日。
トレーニングは明日の21日からだ。
日付を間違えた?
「鈴、梅原さんがマシン使ってんだけど」
すると次は花もトレーナー室にやって来て、鈴に告げる。
「ええ!? 梅原さんも!? ……分かりました。すぐに」
鈴と小春は急いでトレーナー室を出て行く。
「私は佐々木さんのところに向かうから、棗さんは梅原さんのとこに!」
「はい!」
先輩方が言うには佐々木はラットプレスを梅原はバトルロープを使ってトレーニングしているらしい。
ラットプレスマシンはマシンに対して後ろ向きに座りながら後ろの重りと繋がっているバーを下に引くという背筋を鍛えるマシン。2階マシントレーニングエリアの中央から少し奥にあり、周囲には背筋用のマシンが。
「佐々木さん、今日は休みでしょ?」
「んん! 休みだからトレーニングしてんだよ」
佐々木はバーを戻してから答える。肩を回して、息を吐く。どうやら相当な負荷をかけていたのだろう。
鈴は後ろに周り、重りを確認する。
「ちょっと、これ並のパワーバッターと同じですよ!」
「そうか」
と言い、佐々木はレバーを下げようとする。
「駄目です。駄目ですよ! いいですか、マシントレーニングはトレーナーと一緒じゃないと駄目なんですよ!」
鈴は急いでトレーニングを止めさせる。
「やっぱり?」
「やっぱりではありません。ストップです! ストップ!」
「それじゃあさ、そこにいてくれよ?」
「は?」
「トレーナーがいないと駄目なんだろ?」
「そうですけど……」
鈴は一度溜め息を吐き、
「あの、マシンは基本予約制なんです。次に使う方がおりますので……ほら、あちらの方達が困ってますよ」
鈴が指差す方にトレーナーと選手がいた。
「ええー? そうなの?」
佐々木がげんなりとした声を出す。
◯
佐々木と梅原をリクライニングエリアのテーブル席に誘い、
「いいですか? 勝手なトレーニングは厳禁ですから」
大の男に対しても鈴は臆することもなく、はっきりと言う。
「でもよ、そっちが提示するトレーニングが……なあ?」
どこか同意を求めるように梅原は佐々木に聞く。
「ああ。なんていうか……甘い」
「甘い?」
鈴は佐々木の言葉を反芻した。
「甘すぎなんだよ。いいかい? 俺達は技術向上のためここに来ているんだよ」
佐々木は指を下にして言う。
「な、なんでですか? トレーニングに不満が!?」
「不満だね。俺達は高校生じゃないんだよ」
「だよな。メジャーでも、もっとキツイトレーニングをしていたんだよ。それがここでは」
と言って梅原は鼻で笑った。
その態度に鈴はムッとした。
「私達はテスト結果をもって、トレーニングを組んだんですよ!」
「スイングとバッティングだろ?」
佐々木は呆れたように言う。
「そうですよ」
鈴はこの際だ、全部話してやろうと決めた。大きく息を吐いた後で、
「貴方達では、このトレーニングが一番なんですよ」
「あん?」
「貴方達は元メジャーリーガーで今は独立リーグの
鈴は少し見下したように言う。それに梅原が苛立ち、
「俺達はトライアウトでNPBに戻るんだよ。こんなところで遊んでる場合ではないんだよ」
「こっちもきちんとテストの結果を元に考えてトレーニングを組んでいるんですよ!」
鈴も強く言い返す。
「それは俺達がこの程度ってことか?」
佐々木が目を細め、低い声音で聞く。
「そ、そうです。今の貴方達にはピッタリのメニューなんです」
鈴は佐々木を強く見つめ返す。
「なら勝負をしよう」
「勝負?」
「勝負をして俺達が勝ったら俺達の好きなメニューにすること。俺達が負けたらそっちの言う通りにメニューを受ける。それでいいか?」
「な、なんですか勝負って?」
「簡単さ。そっちでセッティングしたピッチングマシーンで勝負だ。女の腕じゃあ、簡単に打ち取ってしまうからな」
「むっ!」
「どうした? そっちは俺達のことをしっかり見極めているんだろ? なら、勝てるよな?」
佐々木は挑発的な笑みを鈴に向ける。
「分かりました」
◯
「あんた! 分かりましたって、どうするのさ? 何を勝負しちゃってるわけ?」
佐々木達が帰った後、トレーナー室で花がすぐに鈴を詰め寄る。
「聞いてたんですか?」
「丸聞こえよ! それに勝負って何よ!?」
「大丈夫……でしょ? データはありますし。彼らのバッティングなら問題ないですよ……きっと」
問題ないと言いつつも、自信なさげに鈴は言う。
「こういうことされるとこっちにも迷惑がかかるじゃない」
「迷惑?」
小春が聞く。
「他の選手も言うことを聞かせるために勝負とか言い始めるってこと!」
と、そこへ課長が「御堂君、ちょっと」と呼びかけてきた。
「な、なんで……しょうか?」
鈴はたどたどしく聞く。
「さっきの勝負話の件で社長室にまで来てくれないかな。あ、棗君もね」
「……はい」
(社長室!? 嘘!? 社長の耳にまで入っちゃったの!?)
鈴は助けを求めるように花に目を向けるも、花はさっさと行けと顎で前を指す。
「大丈夫よね?」
鈴は小春に聞く。
「さあ?」
◯
「さっきの件、聞いてたよ」
社長が机に両肘をついて言う。
「すみません」
鈴はすぐに頭を深く下げた。それに倣って小春も頭を下げる。
「佐々木さん達にはすぐに謝りに……」
「いや、いい」
「へ?」
鈴は驚き、頭を上げる。
「謝らなくていい」
社長はもう一度言った。
「ど、どうして?」
「彼らには少し身の程を分からせればいいさ」
と社長は卑下したように言う。
「でも、彼らは元メジャーリーガーですし、勝てるとは……」
「元だろ? 過去5年の成績とこの前のテスト結果を見たよ。なかなかひどいものではないか。それでも君は彼らに勝てないと?」
「いえ、勝てないとは……」
言い切れない。
とはいえ、相手は元メジャーリーガー。そんじょそこらの選手とは違う。
ただ、勝つ自信があるかないかと言えば……「ある」だ。
「あの」
そこで小春が声を出した。
「何かね?」
「社長は彼らには期待をしていないと?」
その質問はどういうことだと鈴は思った。
(期待していない?)
社長は続きをと小春に目を向ける。
「もし彼らに期待をしているなら私や御堂さんでなく、もっと経験豊富な男性トレーナーを使うべきでは? それがないということは彼らに期待はしていないということなのでは? それに勝負を認めると仰いましたよね?」
確かに言われてみるとおかしいことだらけだ。
社長は顎を撫で、一拍ほど間を置き、
「そうだ。彼らには期待していない。もう彼らも歳だろ。そろそろ身を引くことを認識すべきだろうね」
そして社長は溜め息を吐いた。
「こっちはホワイトキャットのスポンサーで提携やら色々やってるから仕方なく引き受けたんだけど、彼らの扱いにどうしようか迷ってたんだよね」
「では、このまま勝負をしろと?」
鈴は尋ねる。
「すればいいさ。そうだね。勝負は今度の親睦バーベキューの時に催そう」
親睦バーベキュー。それは12月1日に大北緑公園で行われるジムと球団ホワイトキャットとの親睦会である。
「あそこに球場があるからね。そこで勝負をしよう」
「……本気でやるんですか?」
「もちろん。ジムのためにも頑張るようにね」
「分かりました」
あまりというか全然気乗りではないが、啖呵を切ったのは自分であるので、鈴は返事した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます