トレーニングメニュー
昼以降、小春はトレーナー補助という名目で他のトレーナーに借り出され、元メジャーリーガーのデータは鈴1人で作成していた。すでにメジャーでの成績データは纏められているので、鈴1人で問題はなかった。
そして鈴はまずは2人の記録というより経歴を詳しく調べ、そしてトレーニングメニュー作成しようと鈴は考えた。
だが、経歴を調べれば調べるほど、悩みは重くなる。
(これはもう……)
引退。という言葉が頭によぎる。
だが、彼らは引退せず独立リーグ・ホワイトキャットに入団。
(ならば、メンバーの足を引っ張らないようにさせるべきか)
鈴は頭を抱えた。
「なんだ? 大変なのか?」
花の席から野太い声が。声の主は二ノ宮剛だった。
「大変ですよ。これでトレーニングメニューを考えろなんて」
プロ野球選手のトレーニングメニューの基本構想は技術向上だ。
この2人は怪我などの故障も経験もあり、そしてなによりも引退してもおかしくない歳だ。
これで技術向上は難しい話。その上、トライアウトでNPBに戻るなんてサクセスストーリーはフィクションの中だけにしてほしい。
「でもさ、2人は独立リーグで終わる気はないんだろ? トライアウトに出たいって言うならベストを尽くせるようにすればいいんだよ」
「簡単に言いますね」
ジト目で鈴は言う。
「利用者が望むように我々はメニューを作る。ただそれだけだ」
そう言って二ノ宮は自席に戻る。
全く参考にならないことを言われ、鈴は溜め息を吐く。
「……仕方ないやるか」
鈴はパソコンのキーを叩き始めた。
(なるようになれ!)
◯
翌日。撮影ルームにトレーナーの御堂鈴、棗小春、そして戻るメジャーリーガーの佐々木吾郎と梅原圭佑の4人はいた。
撮影ルームにはある一箇所に向け、上下及び前後左右の全30台のカメラが備え付けられている。トレーナーの御堂鈴、棗小春、そして戻るメジャーリーガーの佐々木吾郎と梅原圭佑の4人はメラが
「今日はデータを取らせていただきます」
「データ?」
カメラを見て佐々木は聞く。
「はい。スイングデータです。そちらのバミリ──ええと、床に赤のバッテンシールが貼られているところでスイングをしてもらいます。きちんとしたスイングデータを得るため、気を引き締めて取り組んで下さい」
「オッケー」
返事は軽かったが、彼らの目は真剣だった。
「では、佐々木さんからお願いします」
「ああ」
佐々木はバットを手にしてバミリの上に立つ。
「で、どっちを向いてスイングすればいいんだ?」
「あ、こちらのカメラを正面に」
鈴は慌てて1番と書かれたプレートが貼られたカメラを指差す。
「分かった」
そして佐々木はスイングを始めた。
佐々木のスイングに言葉をつけるなら、それは「速い」だ。しなやかに体を動かし、バットを振る姿はどこか惹きつけるものがある。
そして梅原のスイングは「重い」だ。まるで空気を叩くような怖いスイングだ。さすがはホームランバッターだろう。
◯
撮影ルームでスイングデータを得た後、4人はバッティングルーム前に移動した。
「次はバッティングテストを行います」
「ここに連れてきたってことは球を打つってことだろ?」
梅原圭佑が聞く。
「はい。ピッチングマシーンが放つ球を打つだけです。まずはストレート。球速は150キロ。球数は20球で」
「まずはってことは他の球種でも?」
「はい。ストレートの後はカーブを混ぜた20球。そしてスライダーを混ぜた20球。最後にランダムの変化球を混ぜた30球です」
「へえ、面白いじゃん」
梅原はにやけながら言う。
「では佐々木さんは私が、梅原さんは棗トレーナーが担当します」
◯
「それでは開始しまーす」
鈴はトランシーバーを使い、バッターボックスにいる佐々木に告げる。
遠くにいる佐々木は手で合図する。
鈴はピッチングマシーンを操作して球を発射させる。
発射された球は150キロでキャッチーボックスへと向かう。
鈴の動体視力では軌道は速くて捉えられない。
球はカンと鳴り、続いてバウンドする音が鳴る。
(1球目から打った! さすがは元メジャーリーガー)
それから佐々木は見事に球を打っていく。
「10分休憩の後に次はカーブいきまーす」
鈴はトランシーバーを使い、佐々木に告げる。
カーブセットの準備を終えて、鈴は小春のもとへ向かう。
「どうですか? そっちは?」
「はい。問題はありません」
と言い、小春はカーブセットを始める。
(やり方はちゃんと覚えてるね)
「梅原さんはどう?」
鈴はカーブセットを見守りつつ聞く。
「どうとは?」
「その……打撃に関して。打ててる?」
鈴は佐々木のバッティングテストを担当しつつ、梅原の方にも耳を傾けていた。
しかし、そちらの方には快音はあまり聞かれなかったので、それで鈴は気になったので聞いたのだ。
「最初はあまり快音はありませんでしたが、途中からはタイミング合ってきたので何本か良いのを打ってますね」
「そっか」
「そちらはどうですか? 打撃音は聞こえましたが?」
「うん。……まあ、ストレートだからね。問題はここからかな」
次からは変化球のバッティングテストだ。
◯
さすがは安打製造機と言われた男だけあって変化球にも難なく対応し、快音が聞こえた。
「えー、テストはこれで終了です。外でお待ち下さい」
トランシーバーで佐々木にそう告げて、鈴はピッチングマシーンを片付け始める。
その片付けが終わると小春のもとに向かう。
小春の方もテストは終わり、ピッチングマシーンの片付けも大方終わっていた。
「お疲れ。どうだった梅原さんは?」
「……イマイチですね」
小春は肩を竦めて言う。
「だろうね」
快音はあまり聞こえなかった。仮に打球音は聞こえても、良くはなかった。
「佐々木選手は?」
小春が聞く。
「こっちは当てるけど……ね」
ヒット性はあるのかと問われるなら……難しい。
◯
バッティングルームを出て、鈴達は佐々木達をリクライニングエリアのテーブル席へと
「まずはテストお疲れ様です。テスト結果は後日、お知らせします」
「そうか」
佐々木も梅原もテストの出来はよくないの自身でも感じ取っている様子だった。
◯
元メジャーリーガーが帰った後、鈴と小春はテストデータを確認していた。
初めのスイングデータでは佐々木はスイングスピードが速く、ブレも全くなかった。お手本となるスイングだった。
対して梅原はスイングスピードは速いがブレが多かった。
「当たればすごそうですね」
梅原のスイング映像を見て小春は言う。
「次はバッティングのデータを見ましょう」
佐々木はストレートは全球当て、変化球を混えても打率は8割。
ただ──。
「ゴロが多いですね」
「歳だからパワー不足かな?」
鈴は苦笑いした。
次に梅原のバッティング成績を見る。
「これは……ひどい……ね」
鈴は佐々木担当だったので梅原のバッティングを見ていなかったが、隣から快音が少ないので、もしやと思ったが、まさに想像通りだった。
ストレートでは7割。変化球では3割。その中でヒット性は……変化球では0。最悪の数字だった。
「で、でもストレートではヒット性は高いよね。これはホームラン級かな?」
鈴は梅原をフォローするような発言をする。
「パワーはありますね」
小春の返答にはどこかトゲがあった。
◯
一週間後の朝礼後に課長からプリントが2枚渡された。1つは鈴が作り、提出したトレーニングメニュー。もう1つは決定稿されたトレーニングメニュー。
この決定稿のメニュー通りにトレーナーは選手にトレーニングを指導しなければならない。
(かぶっていませんように)
鈴は祈りつつ、決定稿を見る。
他のトレーナーが作ったメニューとかぶっていたなら、課長の手により手直しが施される。日付が違うならまだしも、そのトレーニング自体が消されることもある。
そしてその結果は──。
「嘘!」
多少日付や時間の変更はあれど、そのトレーニング自体が消されてはいなかった。
今まで、先輩トレーナー花と共にトレーニングメニューを作成しても、いくつか消されることはあったが、今回は何一つ消去されなかった。
それはトレーナーとして認められたことか、それとも他のトレーナーが作ったメニューとかぶらなかったからか。
まあ、後者だろうなと鈴は考えた。
「どう?」
花が尋ねる。
「
「マジで? 初の外野手だから心配してたんだけど。そうか、良かったじゃない」
「そちらはどうですか?」
花が担当した曲田選手は鈴も、ついこの間まで関係している。
「まあ、問題はないわ」
「俺は色々と……だな」
と二ノ宮剛は髪を掻きながら、溜め息を吐く。
「ふふっ、それはご愁傷様です」
鈴は笑みを向けて言うので、二ノ宮は鈴の頭に拳骨を当てる。
「痛い!」
「馬鹿か」
そう言い残して、二ノ宮は席に着く。それを鈴は半眼で追う。
「……何ですか? いきなり? ひどい人」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます