勝負

 12月1日。大北緑公園のキャンプ・バーベキューエリアにて大北緑トレーニングジムと独立リーグ・ホワイトキャットの親睦バーベキューが催された。

 そして宴もたけなわの時、幹事を務めるジムの職員によってジムトレーナーと佐々木達の勝負へと移された。

『待ってました!?』

 勝負はイベントごととして、すでに関係者全員の耳に入っていた。

 その勝負は大北緑公園内にある球場で行われる。

 勝敗しょうはいはジム側のピッチングマシーンで元メジャーリーガーの2人を三振に打ち取ればジム側の勝ちというもの。逆に打たれるとジム側が負けで、佐々木達の勝ちということ。

(よし! いくぞ!)

 鈴は頬を叩き、気合いを入れる。

 そしてタブレットに入れた投球データをピッチングマシーンに入力。投球データは彼らの苦手コースと三振データから算出され生まれたもの。

「ではいきまーす」

 バッターボックスにいる梅原に鈴は声をかける。

 最初のバッターは梅原。パワーバッターだが変化球に弱い。

 今回はトランシーバでなく地声。

「おう! いつでもこーい!」

 相手からの返事を受け、鈴は球を透明な筒状の投入口に入れる。

(まずは高めストレート)

 球は透明な筒を進み、中心部へと入る。

 そして球が発射口から「バン!」という音と共に発射される。

 その高めのストレートを梅原は見逃す、

「ボール!」

 審判がボール判定を下す。

(ええ! 嘘! 外れた!?)

 鈴はギリギリストライクゾーンを狙えたと思ったため、ボール判定に驚いた。

「つ、次、いきまーす」

 気を取り直して、鈴は球をセットする。

 次はカーブ。梅原が苦手とする球種だ。

 発射された球は弧を描きキャッチャーミットに向かう。

(いけ!)

 その球に梅原は空振りする。

「ストラーイク!」

「よし!」

 鈴は声を出し、喜んだ。

(これならいける!)

「次、いきまーす」

 次は低めのストレート。

 梅原は低めが苦手とデータに出ている。

 だが、ここで鈴は先程の高めのストレートがボール判定となっていたことを忘れていた。

 ボールになるということはストライクゾーンより高めに球は向かったということ。そしてそれはマシーンにズレがあるということで、それはすなわち──。

 カキーン!

 打撃音が鳴り、球は一、二塁間を超える。

「嘘!」

 反射的に一、二塁間を見て鈴は驚愕する。

 なぜ打たれたのか。

 それは低めの設定が、実際のストライクゾーンでは真ん中のほんの少し下だったからで、梅原からしたら打ちやすい球であったのだ。


  ◯


 勝負は終わり、鈴はピッチングマシーンを片付ける。

 鈴が落ち込んで戻ってきた。周りは鈴ではなくマウンドを見ていた。

 どういうことか鈴もギャラリーの視線を追うと小春がピッチャーマウンドに立っていた。

「どういうことですか?」

 鈴は花に聞いた。

「アンタがやられた後、小春ちゃんが次は私と勝負ですって言ったのよ」

「ええ!?」


  ◯


 小春は久々にキャッチーに向けて球を投げた。

 梅原はバットを振ったが空を切り、球はキャッチャーミットへと吸い込まれた。

 キャッチャーミットからの破裂音の後、ギャラリーから歓声が鳴った。

 目を点にした梅原はバックスクリーンの球速表示を見た。そこには126キロと表示されている。

(126キロ!? いや、違う。あれは140キロクラスだぞ)

 しかし、球速は126キロと表示されている。

 なぜか?

 考えられることは表示が間違っているか、それともノビがあるのか。

 その後、二度目のストレートを見て、梅原は確信した。

(おいおい、これはノビがすごいってことか?)


  ◯


 小春は佐々木を考慮してすぐに終わらせることにした。そのため、ある球種を投げた。それはかつての相棒からは気持ち悪い球と称されていた。

(でも、今なら大丈夫)


  ◯


(高めのストレートか?)

 だが、球は途中で何かに当たったようにし、それから落ち始めた。

(なんだ!?)

 梅原は落ち始めた球を打とうとしたが──。

 残念。球はキャッチャーミットに収まった。

「アーウッ!」

 球審が独特な発声でアウト宣告する。

 ギャラリーはまた一段と盛り上がる。


  ◯


「すごい! 見ました? 小春が三振ですよ! あの元メジャーリーガーの梅原さんに!」

 鈴は大いに喜んだ。

「ああ。すごいな」

 二ノ宮が険しい顔で答える。

「どうしたんです?」

「さっきの球、途中で跳ねなかったか?」

「はい?」

「私も落ちる前に何かに当たったように見えた」

 花も顎に手を当てて答える。

「2人してどうしたんですか? まさか透明な鳥にでも当たったとか言いませんよね?」

 何を馬鹿なと鈴は言う。

「でも確かに跳ねて落ちたんだよ」

「…………はあ?」


  ◯


「まさか俺の番が来るとはな」

「気をつけた方がいいですよ。あの子──」

「ノビがすごいんだろ」

 梅原が答える前に佐々木が言う。

「ええ」

「140そこらと見たほうが良いってことか」

 佐々木はバッターボックスに入り、バットを構える。


  ◯


(さて次は安打製造機さんですか)

 梅原に対してはなんとかなると自信はあった。

 だが、佐々木は違う。

 普通に投げたら打たれる。

 たぶんタイミングも掴まれているだろう。

 小春はまずギリ外れのコースを狙う。

(まずは外!)

 球一つ分外れた外のコースに球を投げる……も、佐々木は振らなかった。

(相変わらずの制球眼)

 次は低めのスライダー。

 しかし、それも見送られた。

(ふうー。これも振らないか。ならまたアレをやるしかないか)

 小春は一息吐き、そして左足を上げる。次に大きく振りかぶって右手の球を全力で投げた。

 梅原にも投げた特別な球種。

 一度見られただけなら大丈夫。

 小春は自信を持って投げた。

 が、その球を佐々木は打った。

 けれど打たれた球はバウンドし、ピッチャー前に戻る。それを小春は難なくキャッチ。

 これは惜しくも打たれたが、まごうことなきアウト。

 審判も拳を上に掲げ、「アーウ!」と佐々木の負けを宣告した。

 音が止み、小春が鈴達へとサムズアップするとギャラリーはわいた。

 そのギャラリーからの歓声は先程の梅原の比ではなかった。勿論、梅原の評価が低いというわけではない。

 元メジャーリーガー2人を女子が勝ち取ったからだ。


  ◯


「小春! すごい!」

 鈴は喜び、小春に抱きついた。

「どうもです」

「小春が投げるっていうから、どうなるかと思ったよ」

「すみません。心配かけて」

「ううん。私が悪いの。私が勝っていれば……」

 と、そこへ2人の元メジャーリーガーが鈴達の下へ現れた。

(な、何? 言いがかりに来た?)

 しかし、その顔はすっきりとした顔でいちゃもんや文句を言う顔ではなかった。それでも鈴は変に緊張した。

「完敗だ」

 佐々木が小春に握手を求めてきた。

 それに小春は応え、

「そちらもナイスプレイです」

 すると周りは2人に拍手を捧げる。

「最後のはカットボールだね」

「はい」

 そう。小春が最後に投げた球はカットボールだった。

 カットボールはボール一つ分の変化を見せる球。ボール一つ分と言うと大した変化はないように思われるが、で一つ分となるとバッターからは急に芯が外される恐ろしい球である。

 佐々木は安打製造機と言われたが、昨年からはカットボールに悩まされ、ゴロを連発していた。

「あの、約束……なんですけど」

 鈴はおずおずと聞く。

「ああ、君達のメニュー通りにトレーニングするよ。な?」

 と言い、佐々木は梅原に聞く。

「男に二言はないです」

「やったー!」

 鈴は大きく手の平を天に向ける。そしてまた小春に抱きつく。

「はしゃぎすぎよ!」

 と花に頭頂部をチャップされる鈴。

「ねえ、小春は野球やってたの?」

「はい。前に女子プロで」

「女子プロ!?」

 鈴は驚いて声を上げる。鈴以外はさして驚いていなかった。むしろ納得していた。

 それもそうだろう。元メジャーリーガーに勝ったのだ。何もないとは考えていなかった。女子プロかもしくは硬式野球経験者とにらんでいたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る