トレーニング

 勝負の日から2日後、鈴達は佐々木と梅原にトレーニングメニューの説明を行うため小会議室にいた。

「先に言っておくが別に文句を言うつもりはない。ただ、気になるから聞いておきたいんだ」

 と佐々木は前置きを言い、

「どうしてこのメニューなんだ?」

 トレーニングメニューの書かれたプリントを揺らしつつ聞く。

 そのプリントは以前、佐々木達に渡したトレーニングメニュー。そしてそのトレーニングメニューに不満があり、佐々木達は勝手に独自のトレーニングをしていた。

 けれど先日の賭け試合に鈴達が勝ったことにより、これからはトレーナー側の意見を聞いてもらうこととなった。

「佐々木さんは選球眼はあります。でも、パワーがありません。ですので筋力アップを。そして梅原さんはミートとスイングスピードが必要です」

 鈴は簡潔に述べた。

「それは立場を逆にして、俺がパワーバッターになって、梅原はミートを極めて安打を打てと?」

「いいえ。違います」

 鈴はピシャリと否定する。

 佐々木と梅原は眉をひそめ、意味がわからんと首を傾げる。

「はっきり言いますが、2人共もういいお歳です。佐々木さんはパワーが必要です。そして梅原さんはもうホームランバッターは諦めるべきです。安打を打てるようにミート力とスイングスピードを鍛えましょう。それと引っ張って打つのもやめましょう」

 元メジャーリーガーの2人は同時に息を吐いた。

 怒っただろうか。

 それもそうだろう。鈴はプロでも野球経験者でもない。ただのトレーナーなんだから。

 梅原が口を開いた。

 その瞬間、鈴は反射的に身をすくませた。

「ファンというものは選手のプレーにイメージを持ってる。俺ならホームラン。佐々木さんならタイムリー安打。…………それは無理なんか?」

 その問いに鈴は一度目を閉じ、息を吐く。そして目を開き、まっすぐ彼らと対峙する。

「無理です。このまま野球を続けるのならプレースタイルを変えるべきです。もしトライアウトを諦め、このまま周りからオワコンと馬鹿にされるなら構いませんけど」

「……分かった」

「俺もだ」

 二人の返事に鈴と小春はほっとした。

「では、まず基礎トレからいきましょう」


  ◯


 基礎トレ終了後、

「では今から個別トレーニングを始めます。今日は私が佐々木さんの担当をします」

「梅はあの子かー」

「私では不満ですか?」

 鈴は目を細めて笑顔で聞く。

「そんなことはないよ」

 と、すぐさま佐々木は笑みを返す。

 鈴は佐々木をマシンエリアに連れて行き、

「では今日はこのラットプレスマシンを使って背筋を鍛えます」

「オッケー」


  ◯


 梅原は今、バッティングルーム前にいて棗小春からトレーニング指導を受けている。

「このぷらぷらした細い棒は?」

 その梅原の手には持ち手はバットと同じで、その上は弾力性のある細長いゴム板が伸びている歪なバットが握られている。少し揺らすとゴム板がぷらぷらと揺れる。

「それをバット代わりにして球を打ってもらいます」

「こんなんでか?」

「当てるだけ結構ですので。それとこちもゴムボール使用しますので」

「オッケー」

 そして梅原はバッティングルームに入り、バッターボックスに立つ。

 小春はバッティングルームを周り、裏からピッチングマシンの部屋に入室する。そしてピッチングマシンの操作パネルでミートプログラムを設定。設定後、トランシーバーで、「では、開始します。よろしいですか?」と告げる。

「おーう。いいぞー」

 梅原の返事を聞き、小春はゴムボールをマシンの投入口に差し込む。

 カラカラという音の後、ゴムボールは発射口から飛び出した。

 梅原はそのゴムボールを──空振りした。

「もう少しスピードを抑えましょうか?」

「いらん。このまま投げてこい!」

 それから小春はマシンを操作してゴムボールを射出した。


  ◯


 そして最初のトレーニングから2週間が経った。

 その日の午後5時、佐々木達のトレーニングを終えて、鈴と小春は事務室でトレーニングでの彼らの成長ぶりを話し合い、そして悩んでいた。

 成長の伸びが現れてなかったのだ。

 トレーニングメニューは作成期限が短くても、鈴達があれこれと悩んだ末に作り上げたもの。決して疎かにしてはいない。

 けど、彼らとトレーニングを交えて、鈴達は不安を間違いなく感じていた。

 せっかく彼らと勝負をして勝ちを取り、言うことを聞いてもらっているのだ。

 もし効果がなければ彼らは怒るだろう。

 なんとかしなくては。

「このままでいいのでしょうか?」

 小春が鈴に聞く。

「まだ始めて2週間だからね。もう少し……様子見かな?」

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