鈴と遥

「このたびはうちの棗小春なつめこはるが体調が優れないためわたくし、御堂鈴が臨時で担当させていただきます」

 トレーニングエリアと更衣室の間にあるブースにて、鈴は三浦遥に向けて、自分が担当する旨を話した。

「聞いてるわ」

 上が白、下が黒のトレーニングウェアを着用した三浦遥が面白くなさそうにこたえる。

「今日は負荷のないトレーニングをいたします」

「負荷の……ない?」

 遥が眉根を寄せる。

「まずは動きがスムーズになるように体を動かしましょう」

「動きがスムーズ? 投球フォームのこと?」

「いえ、今日はキャッチボールと体全体を使った動きをします」

「何よそれ。もっとこう……厳し目な、トレーニングってやつ? そういうのじゃないの?」

「棗が組んだプログラムですので」

 そう言われて遥は溜め息をついた。

「では、まずストレッチからいきましょう」

 鈴と遥はストレッチエリアに向かう。

 女性用ストレッチエリアには人が一人もいなかった。

「この時間は人が少ないんですよ」

「ふうん」

「こちらへどうぞ」

 ストレッチの内容も小春が考えたもので、故障した肩には負担のないようなものだった。

 それでとキャッチボールをするため、多少のストレッチは必要。

「肩はもう治ったのだから、そんなガラスのように扱わなくてもいいよ」

「もどかしいかもしれませんが、ゆっくりといきましょう」


  ◯


 ストレッチの後で鈴は、

「次は軽めの有酸素運動をしましょう」

「ここで?」

 ストレッチエリアはあくまでトレーニング前の準備運動エリア。

 ヨガや有酸素運動はここでやる運動ではない。

「今は私達だけですし、ストレッチに近い軽めの運動ですから問題ないです」

「そう」

「では、両腕を真上に伸ばしてください」

「はい」

「右手をゆっくり前に。それと同時に左足をゆっくり前に。手と足を合わせる必要はありません。あくまで近づけるだけで構いません」

 遥は言われた通りに右手と左足を前に出す。

「次は逆の手と足を前に」

 その運動を3分ほどやらせた後、次の動きを遥かに指示する。


  ◯


 鈴は細長いタオルを遥に差し出す。

「ありがとう」

 遥はタオルで汗を拭おうとする。

「待って下さい。違います」

「あっ、もしかして投球の?」

「そうです」

 タオルを使っての投球フォーム練習は有名。汗を拭うのではないとしたら、そちらを思い浮べる。

「軽めにですよ。ここはストレッチエリアですから」

「もう! わかってるわよ。力んだり、素早く投げないから」

「お願いしますよ。ここで激しい運動すると周りから怒られますから」

 もしかしたら、鈴がここで有酸素運動を提案したのも自分が激しい運動をさせないためのものなのではと遥は考えた。


  ◯


 ストレッチエリアの後、二人はピッチングエリアに移動した。ピッチングエリアは体育館並みに広いエリアをネットで縦長に区切ったエリア。

 左端から二番目の、左右をネットの壁に挟まれたピッチングエリアに二人はいて、鈴はジムのグローブとボールを遥に渡す。

「やーと、ちゃんと練習だよ」

 遥はボールを自身のグローブへと投げ、パンパンと音を鳴らす。

「ストレッチも有酸素運動も大事な練習ですよ」

「わかってるわよ。でも、ここのリハビリでもストレッチばっかだったのよ」

 遥は辟易したように言う。

「ゆるーく投げてください」

「肩に負担かけるなってことでしょ?」

「いえ、単純に私が速い球は受け取れないからです」

「何よそれ」

 呆れたといった感じの遥。それに鈴は苦笑いで返す。

「あとこれも腕に着けてください」

 鈴は思い出したように慌てて黒のバンドを遥かに差し出す。

 バンドにはペットボトルのキャップくらいの大きさの箱が備え付けられている。

「ああ、負荷を測るやつね」

「そうです。力んだり、素早くボールを振り投げると音が鳴るようになってますから」

「了解」

 遥は右腕にバンドを装着する。

「こんな感じ?」

「はい」

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