正月②

 鈴が家に帰ってくるや、リビングの炬燵でぬくもっている弟の大輔から、「お土産は?」と聞かれる。

「あん? あるわけねえだろ」

「なんでだよ? ベビーカステラ買えよ」

「こっちは職場の人と行ってるんだから、わざわざ身内のために買いに行く時間ねえよ」

「買うなんてほんのちょっとの時間じゃん」

「食いたければ、母さんと行けよ」

「じゃあ、鈴の分は買わんぞ」

「なんでやねん。何が『じゃあ』だ!」

「もう! 二人とも新年早々喧嘩なんてやめてよ」

 母、聡子が口喧嘩の仲裁をする。

「鈴がいけずだから悪い〜」

「はあ?」

「で、どうだった? やっぱり人多かった?」

「うん。多かった。結構並んだわ」

「人が多いのに並ぶなよ」

「ああん?」

「もう! やめなさい」

 鈴は炬燵に入り、リモコンでチャンネルを変える。そこでニュース番組で指を止めた。

 ニュース番組で佐々木と梅原のホワイトキャット一時入団の会見が報じられていたからだ。

「これって生放送?」

「違うよ。佐々木選手は神社にいたよ。それですごい人混みが出来てたから」

「へえ。……あら? ホワイトキャットって、そこの球団よね? 佐々木選手と梅原選手がホワイトキャットに一時入団するなんてびっくりね」

 聡子は驚いていたが、大輔はそうではなかった。

「もしかしてあんた知ってた?」

「ボケてんのか? お前がこの前、トレーナーなったって言ってたじゃねえか」

「はあ? 信じてなかったでしょうが?」

「もう二人とも。で、鈴は知ってたの?」

「そりゃあ、ジム側は知ってたよ」

「あらあら。今度サインを貰ってきてよ」

「ええ!?」

 鈴は面倒くさそうな声を出す。

「大ちゃんも欲しいでしょ?」

 と聡子は大輔に聞く。

「いらね」

「見栄張んなよ」

「はあ? 見栄張ってねえし。佐々木も梅原も知らねえし」

「大ちゃん知らない? この人達、メジャー行った人よ」

「母ちゃん、それくらいは知ってるよ。ってことくらいは」

「それだけ?」

「それしか知らないよ」

 でも、それも仕方ないだろう。梅原の全盛期は8年ほど前だ。その頃はまだ大輔も野球をやっていない。

「有名よ。メジャーで活躍したんだから。ホームランとかいっぱい打ったのよ」

 確かに鈴や一つ上の世代では有名だろう。

 8年前に渡米後、初年度で球団内2番目のホームラン数を誇り、翌年は4番が怪我で離脱後、しばらくは4番を臨時で務めた。

 ……ここまでは良かった。

 だけど3年目は成績不振。そして手首の骨折。なんとか復帰するも、スタメンから外される。その後は別の球団を渡り歩いて、今年日本へ帰国。

「佐々木選手は? 彼はずっと活躍してたでしょ? 連続出塁や内野安打記録を更新してたじゃない」

 次に聡子は佐々木選手について大輔に聞く。

「まあ、活躍はしてたけどさ……なんか華がないんだよね」

「華……ね」

 鈴は息を吐くように呟く。

 佐々木は多くの記録を打ち立てた偉大な選手だ。

 日本でも内野安打や連続出塁記録更新には沸いたものだ。ニュースでも大々的に報道され、号外も出た。

 けれど、大輔の言う通り、華がない。

 一部では前進守備とスプリンターの対決なんて揶揄されていたくらい。

「もうオワコンなんだよ」

 その大輔の言葉に鈴はどきりとした。

「なあに? オワコンって?」

 聡子が聞く。

「終わったコンテンツの略で。いわゆる、もう不必要ということ」

「不必要ねえ」

「もう歳だろ? 佐々木に至っては41だよ。普通はもう引退じゃん。それにホワイトキャットって三軍だよ」

 大輔は溜め息交じりに言う。

 テレビでは佐々木が、

『来年度のNPBのトライアウトに挑戦します』

 と言っていた。


  ◯


 しばらくはオワコンという言葉が鈴の頭に残っていた。

 鈴自身も内心では引退を考えるべきではないかという気持ちがあった。

 でも、彼らは引退することなくホワイトキャットに入団。さらにはNPBのトライアウトでNPBに戻ることを考えている。

(本当にいけるのか?)

 ジムとしては彼らの願いに応えるよう、打てるようにはトレーニングを組み立てた。

 フォームも考えた。

 だが、それでもNPBのトライアウトで好成績を取れるかというと……それは不明。

 しかもたとえ好成績でもそれは復帰というわけではない。

 トライアウトは予備として使えるか、そして客を呼べるかなどが考慮される。

 二人は元メジャー。客は呼べるだろう。

 でも、一軍で使えるかというと難しい。

 メジャーからNPBに戻って活躍した選手はいる。

 一度独立リーグの球団に入ってからNPBに戻った選手もいる。けれどその選手はトライアウトに出たわけではない。わけあって一年だけ独立リーグの球団に所属しただけ。

 佐々木や梅原とは違う。

(それに社長の態度がおかしいんだよね)

 佐々木達とトレーニングで鈴達は揉めた。その際、勝負という話になった。社長は「身の程を思い知らせてやれ」と鈴達に言った。

 そこには佐々木達に対して、どこか下に見ている傾向がある。

(もしかしたら社長はトライアウトに失敗すると見込んでいる?)

 鈴は溜め息を吐いた。

「どうしたの? 溜め息なんか吐いて」

 聡子が心配そうに聞く。

「ううん。別に」

「そうだ。すまし雑煮食べる」

「……うん。食べる」

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