正月①

 年末最後のトレーニング日。

「佐々木さんは正月はどちらに?」

 休憩時、鈴は佐々木に聞いた。別に変な意図はない。正月明けに支障があるかの意味である。芸能人やタレントはよくハワイに行くという。なら、佐々木も少なくともハワイかもしくは海外で正月を過ごすかもしれない。

 その際、時差ボケや移動での疲れでトレーニングに支障がきたす可能性が高いのだ。

「家には帰らず、ここに残るよ」

「家に帰らず?」

 鈴の疑問に気づいたのか、

「ああ、家は東京にある。大北緑にはマンションを借りて住んでんだよ。まあ今は単身赴任みたいなものだ」

「そういうことですか。でも、佐々木さん、結婚されていて、お子さんもいましたよね?」

「ああ。二人も正月はここに来るよ」

「よく芸能人やタレントはハワイとかに行きますけど、佐々木は行かれないんですか?」

「おいおい、俺はスポーツ選手で芸能人でもタレントでもないんだぞ。まあ、現役のオフの時はスポーツ番組とかに出てたけどな」


  ◯


「ごめん。待たせた?」

「いいえ。私も今、来たところですので」

 今日は元旦。

 二人は一緒に初詣に向かおうと駅で待ち合わせをしていた。

 駅には二人と同じように初詣に参拝する人が大勢いた。

「それじゃあ行こうか」

「はい」

 鈴が歩き、小春も横に並んで歩き始める。

「街には慣れた?」

「いいえ。マンションとジム、公園、駅、スーパーしか利用しないので、まだ道はそれほど覚えておりません」

 神社に近付くほど人の密度を多くなる。

 二人が向かおうとしている神社は小山の上に建っている。

 そのため坂が多い。

 冬の空気に冷えてしまった体も熱を生む。

「暑くなってきましたね」

 小春が顎を手の甲でぬぐりながら言う。

「そうだね。それと人の熱にも注意だよ。どんどん多くなってくるから。普段は閑散としてるのに正月の時は多いんだから」

「由緒ある神社なんですか?」

「どうだろう? そこそこかな?」

 徐々に人が多くなり、歩みもゆっくりとなっていく。

 そして10分ほど人波に混じって進んで行くと鳥居が見えてきた。

「私ね、正月は体が3つ欲しいんだ」

「はい?」

「寝正月の私、駅伝を見る私、友人知人と初詣に行く私」

「なるほど。それは分かります。私も欲しいですね」

「でも無理なんだよね〜」

「ないものねだりですね」

 鈴達はまず常香炉前に立ち止まる。

「なんですこの釜は?」

「知らないの?」

「知りません。なんです?」

「まずこっちね」

 常香炉前に投入箱があり、そこに鈴は5円を入れた。そして隣の棚から何本かの線香を取る。その後、棚からチャッカマンを取り、線香の先端を燃やし、手風で火を消す。線香の先から白い煙が昇る。

 それを真似て小春も賽銭箱に5円入れて線香を取り、先端を燃やし、手風で火を消す。

「で、どうするんです?」

「勿論、あそこに入れるのよ」

「え? あの釜に?」

「そうそう」

 手本として鈴は常香炉の中に線香を刺す。

 小春もおそるおそる近づき、常香炉内に手を入れ、線香を刺す。

「次は煙を頭に被るの」

「マジで?」

 小春はいぶかしんだ。ただでさえ服に臭いが着いて欲しくなく、煙に近づきたくないのに、鈴は頭から煙を被れと言うのだから。

「皆やってるでしょ」

 周りも線香を常香炉内に入れては腰を曲げて頭頂部を常香炉に向け、煙を掬うように手を動かしている。

「やるよ」

「あっ、はい」

 二人は常香炉に頭頂部を向けて、煙を被った。

「よし。次は参拝ね」

「はい」

「参拝の仕方は知ってる?」

「二礼二拍手一礼ですね」

「そうそう」


  ◯


 二人は参拝後、お守りを買い、おみくじを引いた。

「私、末小吉だった。そっちはどうだった?」

 鈴はおみくじを小春に見せつつ聞く。

「私は大吉でした」

「まじで!? うわっ、本当だ。いいな!」

 鈴はまわり込み、小春のおみくじを覗き込む。

「良いことがあるといいんですけどね」

 少し溜め息交じりに小春は呟く。

「私、もう一回引いてくるよ!」

 そう言って、鈴はもう一度おみくじを引く。

 そして小春のもとに戻ってきた。

「どうでしたか?」

「……吉だ」

「良かったですね」

「吉って何番目? 小吉の次だよね? 末吉より上ってこと?」

「いえ、大吉の次ですよ。二番目です」

「え? そうなの?」

「はい。大吉、吉、中吉、小吉の順です」

「へえ、そうなんだ。それじゃあ、結ぼ──って、あっ!」

「どうしたんです?」

「私、前のお守りを返納してくるよ」

 と言って、鈴はすぐ近くの返納所に向かった。

 その間、小春は松の木の枝に細長く畳んだおみくじを結び付ける。

 そして鈴も戻ってきて、吉のおみくじを松の木に結ぶ。

「ねえ、悪いのは杉の木だよね? 末小吉は悪い方だよね?」

「どうなんでしょうかね? 末小吉ですから吉の中では下の方ですけど。木ではなく、そちらの方でやってみては?」

 小春は松でも杉でもない糸を張った結び場を指す。

「なるほどそっちか」

 そして鈴は結び場で末小吉のおみくじを結んだ。


  ◯


「あれ? あそこ、人混み出来てません?」

 小春がとある人混みを指差す。

 場所は社務所だろうか。

「本当だ? なんだろ?」

 そう疑問に感じた時、あるカップルの話し声が聞こえてきた。

「向こうに佐々木が来てるんだってよ。行こうぜ」

「佐々木って?」

「元メジャーのだよ」

「ああ、あの人ね。そういえば、市内に来てるって聞いたことある」

「行こうぜ」

「あの人だかりだから見えないって」

「行くだけ行ってみようぜ」

「ちょっと、引っ張んないでよ」

 男は女の手を引いて、人混みへ向かう。

「……佐々木さんか。有名人はやっぱ違うね」

「でも、安易に外を出歩くのもどうかと思いますけどね」

 小春は人混みを見て言う。

「だよね〜」

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