原因

 後日、梅原は大北緑ジムの小会議室に呼ばれ、席に座らされた。

 その小会議室には担当トレーナーの鈴と小春がいる。

「どうした? この前の件か?」

「それも話したいですけど、今日呼び出したのは梅原さんの成績不調の原因」

「不調の原因」

 梅原が眉根を寄せる。そして少し身を寄せる。

「ここからは棗小春がご説明いたします」

 そして小春が引き継ぎ、

「まずこちらの動画を見てください」

 プロジェクタースクリーンに映像が流れる。

 それは以前のバッティングテスト時のもの。

 そして映像は球に当たる直前にスローモーションになる。

「わかりますか?」

「わからん。もう一度」

 梅原は前に屈んでプロジェクタースクリーンに目を凝らす。

 小春はノートパソコンを操作して動画をもう一度繰り返す。

 そしてスローモーションから球が当たる瞬間をストップさせる。

「こねてる……な」

「そうです。こねているんです。それが不調の原因です」

 その『こねる』とは球が当たる時に手首が返っていること。

 梅原は右打者だからスイング時は右手の平が上、左手の平が下。そして球に当たる時に右手の平が下、左手の平が上にと変わる。

 だが、この映像では球が当たる直前に右手の平が下、左手の平が上になっている。

 つまり返しが早いということ。それが『こねる』である。

「梅原さんは以前にスライディングキャッチで左手首を骨折していますね。それから無意識に左手首を庇おうと右手が前に動いていると思われます」

「こねてたのか」

 梅原は自身の両手首くるくると返す。

 それを見る限り、もう手首に問題はないように見える……が、それでもどこかで体が左手首を庇うようになっていたのだろう。

「それでこねるのを防止するトレーニングをすればバッティングは良くなると思います」

「そうか」

 そう言って梅原は息を吐く。

 それは不調の原因が分かり安堵した息なのか。それとも意外な原因で溜め息を吐いたのか。

「すべてのバッティングでこねているわけではないため気づきにくかったのでしょう。これが一つ目です」

「一つ目? てことは他にもあるのか?」

「ブラーストの結果を見てください」

 小春はパソコンを操り、プロジェクタースクリーンにブラーストの結果を映す。

「……左手のパワーだけが異様に低いな」

「正解です。これは左手を庇っているという証明です」

「こちらも左手をきちんと使うトレーニングをすれば改善します」

「そうか」

「では今からやってみましょう」

「今から?」

「善は急げです」


  ◯


 バッティングエリアで小春は梅原にh型のグリップが2本のバットを差し出す。

「これは?」

「矯正バットです」

「俺の知ってる矯正バットといえば押し手側が握りにくいグリップが極太のバットだったぞ」

「それもジムにはありますけど、まずはこのh型のバットを使用して下さい」

「ま、いいけど」

 そして梅原はバッターボックスに立ち、ピッチングマシンから放たれる球をh型の矯正バットで打ち返し始める。

「なかなか……難しいな」

 ピッチングマシンから放たれる球の球速は60キロで全然速くない。

 しかし、慣れぬ矯正バットのため打ち返すのが難しい。

「今は当てるだけでいいので」

 外から小春が指示する。

「わかったよ!」


  ◯


「棗君、ここにいたのか」

 トレーナー課の課長が駆け足気味に鈴達のもとに来る。

「なんでしょうか?」

「三浦君の件だよ。君は彼女の専属トレーナーだろ」

「しかし、彼女はまだリハビリが……」

「もう終わりらしいよ。それで今後のことで話がしたいとさ」

「え!?」

 小春はバッティングエリアで矯正トレーニングをしている梅原を見て、そして鈴に視線を向ける。

 その視線に鈴は、「いいよ。ここは私に任せて行って来なよ」と告げる。

「すみません」

 鈴は一礼して課長と共にその場を離れる。

 1人残された鈴は彼らの背が見えなくなると大きく息を吐く。

(さてさて、これからどうなるのか?)

 あとには梅原が球を打つ音がかすかに聞こえる。


  ◯


 梅原が矯正バッティングトレーニングを終わらせて、鈴に矯正バットを渡す。

「ん? もう1人は?」

 梅原がタオルで額を拭きながら聞く。

「別件です」

「佐々木さんか?」

「いいえ、違います」

 鈴は矯正バットをアルコール除菌してからタオルで拭き、ケースに戻す。

「まだ喧嘩中ですか?」

「……」

 梅原は答えなかった。

「仲直りしてはどうです」

「俺が悪いのか?」

 そう聞かれて、鈴は梅原をまっすぐ見つめる。

「双方悪い。それだけです。トライアウトの件を隠していたのは置いといて。年齢を使って、オワコン扱いはどうかと思います」

「でも、向こうだっ──」

「『でも』もありません」

 鈴はきっぱり言った。

 それに梅原は口ごもる。

「双方悪い。それだけです」

「……そうかよ」

 梅原はバツが悪そうに目を逸らす。

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