これからについて

 夜、鈴のスマホに小春から通話がきた。

「もしもし?」

『夜分遅くにすみません。あの後……色々あって』

 小春がか細い声で謝罪する。本当に申し訳ないと思っているのだろう。

「なんか外で話し合いだっけ?」

 あの後、小春は戻ることなくトレーナー課の課長ではなく、営業サービス課の課長とともに出かけたと聞いた。

『はい』

「三浦さんだっけ、いつからトレーニングを?」

 三浦遥。女子プロ野球選手。怪我をしてリハビリを兼ねて大北緑ジムにきた。

 そして彼女の専属トレーナーとして元女子プロ野球選手ということで棗小春が選ばれた。

『来週までにトレーニング予定表を作成するようにと言われました。課長には今はシーズン中のため空きはあると』

「ふうん。ということは再来週くらいから三浦さんのトレーニングを?」

『たぶん。その頃くらいかと。それで佐々木さん達の件なのですが……』

「分かってる。私に任せて。今はシーズン中だから練習も少ないしね」

『でも、彼らは……』

「心配ないって。梅原さんの不調の原因も分かったし、それの対処も判明。問題はないよ」

『でも喧嘩中ですよね? 私、あの場にいなかったので、よくは知りませんがトライアウトに関することと聞きました』

 梅原のトライアウトの件はあの喧嘩で周りに知られてしまった。一応、緘口令は敷かれているが、はたしてどこまで効果があるのか。

「うん。まあ、そこはなんとかするよ」

『なんとかとは?』

「えー……なんとかなるんじゃない。梅原さんも反省しているし、すぐに仲直りできるよ。うん」

 そして鈴は笑って誤魔化す。


  ◯


 鈴との通話後、小春は床に座ったまま、頭と腕をベッドマットに乗せる。

(今日は疲れた)

 それは肉体的にではなく精神的疲労。

 トレーナー課の課長に呼ばれ、三浦遥のトレーニング予定表の作成についての説明を受けた。

 その後、営業課の課長とともに個室のある中華料理店に連れられた。

 鈴には連絡を取ろうとしたが、仕事中のため連絡がつかず、一度直接告げに行こうとしたが、課長に「大丈夫。あとで連絡すればいいから」と急かされ叶わなかった。

 その時は外で三浦と会うだけだからすぐに戻るだろうと思っていた。

 けれど向かわされたのが中華料理店であった。

 しかも中には社長もいた。そして女子プロ野球チーム・ブリリアントラビッツの投手コーチもいた。

 その瞬間、これは三浦の件だけでなくの話し合いもあるのだと理解した。

 そして食事会が始まった。

 話の内容が内容なため運ばれた料理の味が分からなかった。

「どうしよう?」

 小春は独りごちる。

 どうすべきかというのは分かっている。ただ、それが本当に正解なのかが分からない。自身がないのだ。

 だから、後ろ髪を引っ張られる感じがするのだ。

 小春は額をぐりぐりとベッドマットに押し付ける。

 そして大きく溜め息をつく。

(遥……か)

 女子プロ時代のライバルがまさか怪我をしていたとは。さらにリハビリのためにここに来ていたというのも小春は知らなかった。そして担当になるということも。

 それも全てからだ。

 ここに来てから小春は過去のチームメイトとの連絡、そして女子プロの情報を遮断していた。

 もし知っていたなら──。

 小春はかぶりを振る。

(やめよう。タラレバだ)

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