仲直り
佐々木は鈴にトレーニング前に見せるものがあるといわれ、案内されている。
向かう先はバッティングエリアだろうか。今日、バッティング練習があるのは誰だったかと考え、佐々木は察した。
「おい。もしかして見せたいものって──」
「とにかく、ついてきてください」
鈴は振り返らずに言う。そこには有無を言わせない意志があった。
佐々木は息を吐き、仕方なくついて行く。
そしてバッティングエリアに辿り着く。そこでは梅原が練習をしていた。
「で、何を見せたいんだ?」
あえて佐々木は鈴に聞く。
「梅原さん、不調の原因が判ったんです」
「へえ。なんだ?」
「こねです」
一般人ならそれだけではわからないが、プロ野球選手の佐々木にはそれでピンときた。
「だからか。でも、あいつが? 変な癖でも出来ていたのか?」
普通、こねているなら本人にはすぐに判り、矯正もするはず。
それがなかったというのは不思議な話。
「無意識下でこねていたんです」
「どうしてそんな……手首の骨折か?」
「はい。そうです。以前の骨折が原因で梅原さんは無意識下で左手を庇っていたんです」
「そうだったのか」
「それで今は矯正バットで練習しているんです」
「そっか」
佐々木は元来た方へと反転する。
「もういいか?」
佐々木が一歩前に踏み出そうとする。
「梅原さんはNPBに戻って、即引退するわけではありません」
鈴が梅原に視線を向けつつ答える。
佐々木は足を止め、もとに戻す。
「梅原さんはなんとか全盛期とはいきませんが、今より能力アップを目指してます」
「それは俺もだよ」
鈴は振り返る。そして佐々木に目を合わせる。
「なんだよ。俺が悪いと言いたいのか?」
そして佐々木は溜め息をつき、目を逸らす。
「先にキャリアなんとかに出ろって言ってきたのは向こうだぜ」
「でも、それはホワイトキャットへの入団条件だったのでしょ?」
その言葉に佐々木は苦そうな顔をする。
「聞きましたよ」
「……必須ではなかった」
「それでも一度くらいは顔を出すべきでは?」
「俺は……」
そこで佐々木は何かに気づき、言葉を止める。
それに鈴も気づいて、その視線の先が自分の後ろだと知り、振り返る。
「梅原さん」
いつの間にか梅原がいたのだ。
「佐々木さん、この前はすみませんでした」
梅原は腰を曲げ、謝る。
「俺達はNPBに戻るとか言っておいて、保険のように授業に出ろだなんて、すみません」
「いや、いい。俺の方こそ言いすぎた。顔を上げろ」
梅原は顔を上げる。そしてそこには手が差し向けられていた。梅原がその手を握ると、佐々木が握り返してきた。
「頑張ってるんだな」
「はい。ただ、お恥ずかしながら、こね癖があったようで」
「気にするな。別にこね癖なんて珍しくもない」
佐々木は空いた手で梅原の肩を叩く。
この二人の仲直りを見て、鈴は胸を撫で下ろした。
◯
「で、その持ち手が梯子みたいなバットが矯正バットか?」
佐々木は梅原が持っている矯正バットを指して聞く。
「はい。これでこねらないようにするんです」
「ふうん。俺ん時はグリップが太いやつだった」
「それ、俺ときもですよ。昔はそれでしたよね」
「今はこれが主流ですよ」
鈴が二人に言う。
「最近は色んな器具が出てるよな。この前だって、ブラーストにデジタルブラジャーだっけ? データ化して科学的に能力の数値化してんだろ?」
佐々木が鈴に聞く。
「はい。最近はスポーツ科学も発展しています」
「昔はがむしゃらに練習だったよな。素振りに走り込みに兎跳び」
「兎跳びは駄目ですからね。軟骨を骨折します。そもそも兎跳びで野球に必要な筋肉はつきません」
「わかってるよ」
「あと筋トレも。無駄な筋肉つくと影響しますからね」
「筋肉はあったほうがマシなのではないのかい?」
「マッチョな陸上選手はいないでしょ」
「確かに」
「そういえば、胸筋はつきすぎて、素振りに影響した選手がいましたね」
梅原が思い出した様に言う。
「ああ、いたな。えーと、あっ! 烏山だ」
「そうそう」
「とにかく、変な練習はしないこと!」
鈴が声を張って注意する。
「「了解」」
◯
『それで二人は仲直りと』
夕方、鈴はスマホで小春に連絡を取った。そして今日あった出来事を告げた。
「そうなの。良かったわー」
『本当に良かったです』
佐々木と梅原は男。男の喧嘩を女がどう仲直りさせるか分からなかったが、なんとか仲直りに成功。
小春はこの後、三浦のトレーナーとしての仕事があるため、その前に佐々木と梅原を仲直りさせたかった。
『それとすみません。なんか今日も色々あって、そちらの方のトレーニングサポート出来ず……』
「気にしないで。問題はなかったし。三浦さんのトレーニングの予定表は完成?」
『はい。課長に提出しました』
その課長がトレーナー課だけではなく、営業課の課長にも送ったということは伏せた。
『もし佐々木さん達のことで何かあったら言ってください』
「おいおい、そのセリフこっちのでしょ。まったく。そっちも三浦さんの件で何かあったら言ってね。こっちは長年トレーナーを様々な選手のトレーナーを務めていたんだから」
と、鈴は言いつつも実際はまだ4年で今年で5年目。まだベテランではない。それでも小春に先輩風を吹かせていた。
『そうですね。その時はよろしくお願いしますね』
年下の先輩に小春はお願いする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます