喧嘩
鈴が佐々木のマシンを使ったトレーニングの担当していた時、ズカズカと険しい顔の梅原がやってきた。
今にも掴んかかんできそうな様子だったので鈴は注視していた。
「佐々木さん」
硬い声音だった。
佐々木は声かけに無視してペックフライマシンでトレーニングを続ける。
大きく開いた左右のバーを掴み、それを体の前で合わせるマシン。
佐々木は黙々と合わせては左右に開き、また力を使って合わせる。
「佐々木さん、どうして酒の場に来なかったんですか?」
非難するように梅原は言う。
「なんで行くんだよ。あんなとこ」
佐々木が吐き捨てるように告げる。
「あんなとこって! あのね、昨夜はスポンサーのお偉いさんが来てたんですよ」
「だからなんだ」
言葉を吐き、力を使ってバーを体の前で合わせる。
「それに授業も出てないではないですか。一度くらいは……」
「俺達は……いや、俺はNPBに戻るんだ。だから授業には出ないし、お偉いに媚びへつらう気はない」
佐々木がトレーニングを中断する。何度か肩で呼吸をして、息を整える。そして梅原に向き合う。
その目は苛立ちの色があった。
「戻るって……」
「俺はお前とは違うんだよ」
「ど──」
「聞いてるよ。お前は何もしなくても戻るんだろ?」
「!?」
梅原は虚を突かれた顔をする。
「いいよな。お前は何もしなくてもNPBに戻れるんだから。でも、俺は違う」
「だったら……」
「ここで骨を埋める気はない」
佐々木はきっぱりと言った。
「俺は戻る。戻れないなら、そこで終わりだ。だから接待もしない。上の顔色も伺わない」
そして梅原に背を向け、離れようとしたその時、
「無理ですよ」
「あん?」
佐々木は振り返り、眉を顰める。
「年齢考えてくださいよ。あんたはNPBには戻れない」
「なんだと」
「今のあんたの成績って、中途半端でしょ? それで戻れますか? 今年で43。来年で44。独立リーグで中途半端なやつを使うより、まだ二軍上がり、もしくはドラフト5位のやつを使ったほうが良いってものでしょ?」
梅原は鼻で笑いつつ言った。
「それを言ったらお前もだろ」
佐々木は梅原の胸に指を刺す。
「客寄せパンダでオープン戦か? で、ペナントが始まると怪我か何かで二軍。それで途中で引退宣言して、最後の試合をお前のために引退試合か? それがお前のプランか?」
「俺だって、ちゃんと……」
「ちゃんと?」
佐々木は眉を八の字にさせて、ほくそ笑む。
「お前こそ社長と仲良くしたら良いんじゃないのか? どうせNPBに戻ってもすぐに引退なんだろ? 後のことを考えたらどうだ?」
「あんたな!」
梅原が掴みかかろうとしたところで鈴が止めに入る。
「待ってください。落ち着いて。喧嘩はやめましょう」
梅原は不機嫌そうに鼻を鳴らして去っていく。
「次はバッティングだったな」
「あ、はい」
「行くぞ」
普段とは違い、佐々木は荒々しい言葉を使う。
「あ、あのさっき言っていた梅原さんがNPBに戻ると言う話は?」
鈴は佐々木の後を追いながら聞く。
「知らないのか? 前から話がついていたんだよ。1年間はここに所属すれば戻れるっていう決まりだったそうだ」
そして一拍を置き、
「俺もつい最近それを知って驚いたよ」
「そうだったんですか」
それで社長は梅原ではなく佐々木に対して酷評していたのか。
「でも、さっきのはよくないですよ」
「……だな。少し言い過ぎたかもな。でもよ、あいつが成績悪いのはあんたも知ってるだろ」
バッティングエリアに着き、佐々木は練習用バット置き場からバットを一本抜き取る。
「戻ってすぐに引退覚悟なんだろうな」
「そんなことありませんよ。梅原さんは一生懸命練習してます」
「でも、成績は悪いだろ」
「もうじき良くなりますよ」
その言葉に佐々木はちらりと鈴を見る。そしてすぐに視線を下ろして、「そうだといいな」と呟き、バッティング練習を開始した。
◯
佐々木のトレーニングが終わり、鈴はトレーナー室に戻り、自席に座り、腕枕して唸った。
「聞きましたよ。佐々木さんと梅原さんの喧嘩。大変でしたね」
小春が声をかける。
「なんで知ってるの?」
「周りが言っていました」
「そっか。他にも人がいたっけ」
ジムには他の利用者やトレーナーもいる。
大声とはいかなくてもピリピリした空気で2人のやりとりに聞き耳を立てていた人もいただろう。
「きちんと聞いてたのは花先輩だけでしたよ」
「そう」
花先輩は口が硬いし、言いふらすような人ではない。小春は担当だから聞かされたのだろう。
「で、梅原さんの原因は
「はい。これです」
小春はノートパソコンの画面を鈴に見せる。
画面には以前のバッティングテストで撮った映像だった。そしてあるところでスローモーションになっている。
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