エピローグ①

「今度もまた厄介な選手なんだって?」

 鈴がトレーナー室の席に着くと、先輩トレーナーの剛が尋ねてきた。

「そうなんですよ」

 鈴は肩を落として言う。

「でも、ハンサム王子なんでしょ? いいなー」

 隣り席の先輩トレーナーの花が羨ましそうに言う。

「なら替わります?」

「残念だけど、今の選手でいっぱいいっぱいだから」

 鈴は恨めしそうな目を花に向ける。

「ま、頑張れよ」

 剛が励ましの言葉を言った。

「私にこの選手をどう成長させろと言うのよ」

 鈴は頭を抱えた。

 それも仕方ないだろう。

 ハンサム王子こと佐藤正弘選手は高校球児の時から話題になっていた元NPBの選手。今期からはホワイトキャットに入団することになった。そしてその専属トレーナーを鈴が務めることになったのだ。

 彼の人気は凄まじく、試合に出るというだけでニュースやネットでも話題なった。かくいう鈴も当時は野球についての興味はなくても佐藤弘正が登板するというだけでテレビにかっぽづいた。

 だが、佐藤正弘は大卒後にNPBの球団に投手として入団するも全くもって活躍しなかった。

 皆から注目されていたぶん、佐藤正弘の不調は大きく嘆かれた。そして去年に引退。

 一軍での成績は5勝13敗、防御率9.18。

 これは1年ではなく、10年の成績。しかも勝利した全てが消化試合。

 引退試合時のストレートの球速は120キロ台。

 歳は今年で33歳。

 正直、まだ能力のある元メジャーの佐々木達の方がまだ何倍もマシなほど。

「おい! 御堂君、大変だ! 佐藤選手とホワイトキャットの名取が掴み合いしているぞ」

 トレーナー室に急いで駆け込んだ課長が鈴に向かって言う。

「な、な、なんで?」

「知らん」

「あー、名取さんは恨んでるからな」

 剛の呟き、鈴は「なんで?」と聞く。

「とりあえず、喧嘩を止めにいきな。話はそれから」

「課長、どこですか?」

「マシンのあるトレーニングエリアだ」

 鈴はトレーナー室を出て、トレーニングエリアに向かう。

 入るとすぐにひとだかりが目に入った。

「すみません。通してください」

 鈴はひとだかりの中央へと割って入る。

 普段は温厚の名取選手がキレて、他の選手やトレーナーに抱かれている。

 ハンサム王子こと佐藤正弘は不機嫌な顔で名取選手を睨んでいた。

「ちょっと何があったんですか?」

 鈴が佐藤に聞く。

 すると佐藤ではなく、名取が先に吠えて答える。

「このクソパンダが馬鹿にしてきたんだよ」

「はあ? こっちは顔見知りがいたから挨拶しただけじゃん。何キレてんの?」

「何が挨拶だ! 嫌味だろうがよ!」

 名取は前に出ようと抑えるトレーナーや選手を引き離そうとする。

「意味わかんね?」

 そう言って、佐藤はトレーニングエリアを出て行った。

「おい! 逃げんなや!」

「負け犬の遠吠えがうぜえわ」

 佐藤は心の底から相手を見下すような表情をしてから立ち去る。

 その表情に鈴は傷ついた。あのハンサム王子と言われ、優しい微笑みをたたえてた鈴を含めた世の女性達を虜にしていた人が、負の感情を顔に出したのだから。

 トレーナー室に戻って鈴は先輩トレーナーの剛に先程の呟きについて問いただした。

 剛は頭を掻き、

「あれはな、その、名取さんは育成選手だったんだよ」

「育成。それが……まさか同じ球団だったとか?」

「そう。同じ。佐藤選手は二軍での調整が多くてな。球団も人気の佐藤選手をどうにか一軍選手に仕立て上げようとしていんだ。そのためたびたび二軍での登板を名取さんから奪っていたんだ」

「なるほど。それで恨んでいるんですね」

 育成選手は二軍での試合も限りがある。やっときたチャンスを人気があるからという理由で奪われたとなっては恨んでも仕方ないだろう。

 名取が口にしたパンダとは客寄せパンダという意味なのだろう。

「そういうことだ」

「その2人がまた同じ球団に」

 しかもあのハンサム王子の異名を持つ佐藤弘正が入団したとなれば、また世間の目を引き寄せて、球団もなんとか登板させるだろう。

 そうなるとまた名取が引き下ろされるかもしれない。

「きっつい」

「いや、それ私もだからね」

 と、花が嘆く。花は今年から名取の専属トレーナー。名取のメンタル面で不調がきたせば、もちろんフィジカル面にも影響を与えるだろう。

 そうなるとトレーニングメニューにも問題がきたす。

「また一波乱きそうだな」

 剛が苦笑する。

「「笑い事ではない!」」


 こうして鈴の新たな物語がまた始まろうとしていた。



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