お別れ

 去年と同じ神社へと鈴と小春は参拝した。

「ねえ? 何を願った?」

「それは言えません。言ったら叶いません」

「ケチ」

「ならそっちは何を願ったんですか?」

「秘密」

 どちらともなく2人は笑った。

 その後、2人はお守りを買い、参道へ向かう。屋台でベビーカステラやりんご飴、焼きとうもろこしを買い、飲食場として設けられたテント内で食べた。

 帰りに喫茶店に寄って、2人はアイスコーヒーを注文。

「いやあ、冬なのに人が多いと暑いね」

「歩き回ったことも原因ですかね」

「こういう時は冬でもアイスコーヒーが美味しいよね」

「そうですね。生き返ります」

 鈴は窓から外を眺める。

 多くの人が道を行き交う。

 初詣だからか同じ表情をしている人が多い。

 でも彼らには彼らの各々の人生があり、それぞれ違った物語がある。

「引越しは来週だっけ」

「はい」

「何か手伝えることがあって言ってね」

「大丈夫ですよ。もうあらかた済ませましたし」

「何か思い残したことはない?」

 小春はその問いに首を横に振る。

「ないです」

 その顔を清々しかった。その反応に鈴は少し寂しさを感じた。

 この一年と少しは鈴の人生の中でとても濃いものであった。

 元メジャーリーガーの専属トレーナー。しかも引退してもおかしくない彼らをNPBに戻すため右へ左へと走った。

 今までにない経験だった。そしてそんな経験はもうこないのかもしれない。

「去年は慌ただしかったけど楽しかったな」

「そうですね。色々とありましたね」

 小春は苦笑しつつも、どこか大切な思い出のように言う。


  ◯


 引越し当日、小春は業者にダンボールと家財の配達を済ませて、旅行トランクを手にして廊下に出た。

 ロビーにて管理人に、

「お世話になりました」

 と、礼を述べてキーを返却した。

「はい。確かに。では、お気をつけて」

 50代の管理人は事務的にそう言ってキーを受けとる。

「ありがとうございました」

 そしてマンションの外に出る。

 小春はタクシーには乗らず、最後の大北緑を歩く。もう見慣れた街並み。けれど基本的にはジムとマンション、スーパーしか通ってなく、もっと他に見て回るべきだったかなと少し後悔しながら小春は歩く。

 平日の閑散とした駅に着くと改札前に鈴がいた。

「やあ」

「どうしたんです?」

「どうしたって、つれないな。お見送りだよ」

 その言葉に小春は苦笑した。

「別に構わないのに」

「いやいや、こういうのはしっかりしておかないとね」

「今までありがとうごさいました」

 小春は手を差し出す。

 鈴はその手を握り返して、

「こちらこそ。色々と助かったよ。これから頑張ってね」

「はい」

 握られた手はゆっくりと緩み、そして離れる。

 小春は鈴に一礼してから改札を通る。

 それを鈴は手を振って見送る。

「がんばりなよ」

 小春は少し振り返り会釈する。そしてまた前を向いて歩き出す。

 一歩。また一歩。

 徐々に小春の背が小さくなり、そして階段を下りていく。

 とうとう背が見えなくなり、鈴は踵を返して、歩き出す。

 小春にも新たな生活があるように鈴にも大切な生活がある。

(次はどんな選手のトレーナーになるのかな?)

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2024年11月22日 18:00

駄メジャーリーガー育成計画 赤城ハル @akagi-haru

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