エピローグ②

 棗小春がブルペンで肩を慣らしている時、内線電話が鳴った。それを40代の女性ブルペンコーチが取る。

 小春は自分の出番かと心の中で呟いた。

 そしてプルペンコーチが小春に告げる。

「出番だ」

 やはり出番の内線だった。

「はい」

「プロに戻って初マウンドだが、いけるな?」

「いけます」

 小春は自信満々に頷いた。

 ブルペンコーチはそれを見て頷き、小春の背を叩いた。

「よし! 行ってきな!」


  ◯


 女子プロ野球は圧倒的に観客が少ない。そのため寂しが目立つ。

 それでも小春は嬉しかった。

 戻ってきた。

(私の晴れ舞台)

 もちろん小春だけの舞台ではない。野球はチームプレイ。ここまで先発と中継ぎが投げていた。その後を引き継いだのが小春。

 今は7回表、3対2のビハインド。

 ここで抑えても裏で点を入れなければいけない。

 ブリリアントラビッツは裏では5番からのスタート。監督はそれに賭けているのだろう。

 小春は久々のピッチャーマウントに立ち、息を吸い、ゆっくりと吐く。自身の右手をゆっくり閉じて、開く。

 そしてキャッチャーへ慣らしのためボールが投げられた。小春は受け取り、投げ返す。

(大丈夫。緊張していない)

 数度慣らしてから相手チームの女子バッターがバッターボックスに立った。

 7番バッター。身長170センチのプロレスラーのような巨体。

 見た目通りのパワーバッターだが打率は悪い。

 小春はキャッチャーのサインを受けて、高めのストレートを投げる。

 相手は豪快なフルスイングして空振り。

 もし当たっていたらホームランだったのではと脳内でイメージしてしまった。

(ダメダメ。弱気になるな)

 イメージを払拭するため小春は頭を振る。

 次は外のカーブだった。

 小春は指示通りにカーブを投げる。

 先程豪快に振ったんだ。次も振ってくれる。そう信じた。

「ボール」

 審判が告げる。

 相手は振らなかったのだ。

 もしかしたら豪快なフルスイングを見て、小春が怖気ずいたと考えているのだろうか。

 そう考えると小春は悔しくなった。

 次のサインは外角低めのストレート。

 小春は頷き、投げる。

 投げたボールは打たれたが、ファールボールだった。

 外角低めの次は内角低めのサインがきた。

 小春は言われた通りに投げる。

 外れて真ん中下。

 バッターはフルスイングしてボールは高く飛び観客席へ。

「ファール」

 小春は安堵の息を吐いた。

 ポールの外。

 内だったらホームランだ。

 キャッチャーから次のサインがくる。

 高めのストレート。

(またストレートか)

 ここはワンボールツーストライクのため変化球で一球様子見のところ。

 それでも小春は頷いた。相方を信じよう。自分は最高の球を投げるだけ。

 小春は高めのストレートを投げた。

 バッターはフルスイング。

 結果、ボールはバットに当たることなくキャッチャーミットに収まった。

 ワンナウト。

 小春は一息つく。

(やっと1人か)

 その次は8番バッター。

 一球目はスライダー。

 それは見送られてボールとなる。

 次はカーブ。これはストライクゾーンに入ってストライク。

 そして三球目。

 ボールはバットに当たるが内野ゴロでアウト。

(よし! あと1人)

 だが、相手監督が動き、次は代打。

 代打は長年球団で活躍している実力者。

 小春も一時的に球団を抜ける前から対戦している相手。

 頭に浮かんだ球種と同じ球種をキャッチャーサインから受ける。

 考えることは同じのようだ。

 一球目は高めのストレート。

 外れてボール。

 相手も振らなかった。

 だが、それでいい。

 二球目はチェンジアップ。

 タイミングをずらしての空振り──のはずだったがボールは打たれて、ヒットとなった。

 ツーアウト一塁。

 次は1番。ミートりょくのあるバッター。

 キャッチャーがタイムを取り、マスクを外してピッチャーマウントにくる。

「まさか打つとはね」

「前はあれで打ち取れたんだけど」

「運が悪かったかな? 気を取り直して次行こう」

「次は1番の人か」

「打率がすごいから甘い球にならないよう気をつけよう」

 そしてキャッチーは戻り、試合は再開。

 最初の球はカーブ。

 弧を描いたボールはストライクゾーンをわずかに外れた。

 次はスライダー。これまた外れてボールに。

 相手はちゃんと見極めているのか振ってくれない。

 そして低めのストレート。

「ファール」

 これには相手もスイングをして、当てにきた。

 一度、一塁へ牽制球。

 そして次はチェンジアップを求められた。

 小春は頷き、チェンジアップを投げる。

 けれど、それも当てられてファール。

(タイミングをずらしたのに上手いな)

 小春は相手を内心で褒めた。

 どうしたものかと考えたところでキャッチャーがある球を要求する。

 ほんの一瞬、止まった。

 けれど小春はすぐに頷き返す。

 そして求められた球を投げる。

 ボールはドリル回転しながら高速で飛ぶ。

 バッターはストレートと感じて、バットを振るう。

 けれどボールはバッター手前で斜め下に落ちる。

 最後の球はジャイロボールだった。

「アウトッ!」


  ◯


 7回裏、ブリリアントラビッツの攻撃。

 ワンナウト後、6番がホームランで同点。その後、7番がヒットで進塁。8が内野ゴロ。7番はなんとか二塁に。だが、8番アウト。ゲッツーにならなかったが、ツーアウト二塁で悪い形となった。9番はピッチャーの棗小春。

 代打はなく、そして当然ながら相手側も敬遠もなし。

 双方延長を覚悟していた。

 が、そこでまさかのことが──。


  ◯


 小春は元メジャーリーガーの佐々木達のバッティングについて考え、そして新フォームを見出した。その時、自身でもそのフォームや選球眼、バッティング能力向上のトレーニングについて色々と試してみていた。

 ゆえに多少はバッティングの心得があったのだ。

 フォームは梅原に教えたフライングエルボー。

 メジャーでフライの方がヒット率が高いというわけで編み出されたフォーム。

 小春は変化球は無視して、ストレートを狙った。

 そしてタイミングを合わせてフルスイング。

 ボールは当たり、大きな弧を描く。

 ホームランにはならなかったが、ライト線ぎりぎりのヒット。

 二塁にいた7番は全力で走る。ライトはボールを捕球し、キャッチャーへ投げる。

 ホームへ戻ってきた7番とキャッチャーがクロスする。

 皆が息を飲み、静かになる。

 セーフかアウトか。

 はたして?

 それを割るのは審判の一声。

「セーフ! ゲームセット!」

 ベンチにいたブリリアントラビッツの面々は躍り出る。

 そして7番に激励を送る。

 小春は7番に近づき、ハイタッチ。

 その後、さよならヒットを放った小春に皆は抱きついたり、ペットボトルの水をかけたり、肩を叩いたりと様々な激励を送った。


  ◯


 鮮烈の復帰にスポーツ新聞からネットニュースでも棗小春のことが書かれた。

 それを読んだ御堂鈴は喜び、小春におめでとうとメッセージを送った。

『ありがとうございます』

 返事はすぐにきた。さらに通話がかかってきた。

『私がいなくて大丈夫ですか?』

 開口一番、小春は心配してきた。

『大丈夫』

『なんでもハンサム王子がきたと聞きましたが』

 ハンサム王子についてホワイトキャットはまだ発表や会見もしていないのに小春の耳に入るということは先輩の花か剛あたりが喋ったのだろうか。

『そうなの。大変。佐々木さん達の方がまだ百倍マシなくらいよ』

『それは大変です。私の力が必要な時はいつでも言ってください』

『もう! だから大丈夫だって。そっちは自分のことを気にしなさい』

『本当に大丈夫ですか?』

『大丈夫! 1人くらい厄介のがいても問題ないわよ』

『それならいいですけど』

『ま、お互い頑張ろう』

『はい。頑張りましょう』








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