エピローグ③

 梅原は古巣の球団に戻ってきたが、スタメンにはなかなか起用されなかった。

 オープン戦では客寄せパンダの如くの扱いを受けたが、梅原は嫌な顔をせず、これも見せ場のチャンスだと切り替えて、バッターボックスに立った。

 オープン戦での成績はまずまずのもので監督やコーチ達に良い印象を与えた。

 テレビやネットでの評価も上々。

 これならスタメンも難しくないと考えていたが、やはりそう簡単な話ではなかった。

 ペナントレース開幕戦はベンチ入りからだった。

 古巣は前期でペナントレースと日本シリーズ優勝。現チームは最高のもの。入れる席はなかった。

 その後、なかなか出番が回らず、梅原は徐々にだが落ち込んでいた。

 と、そんなある時、梅原は棗小春が復帰してクローザーの役目を成し遂げつつ、サヨナラヒットをしたことを新聞で知った。

 それを読んで梅原は「俺も頑張らなくては」とやる気を戻した。

 じっとチャンスが来るのを待ち、とうとう初出番がやってきた。初出番はペナントレースが始まってから六試合目だった。

 スタメンではないが代打での出番。

 それでもバッターボックスに立てる喜びに梅原は胸が高鳴った。

 梅原がベンチから出て、ヘルメットを一度脱ぎ、観客席に挨拶すると観客から拍手喝采を受ける。

 これだけの人が応援しているのだ。

 そしてそれに応えるようにバッターボックスに立ち、構える。

 フォームはフライングエルボー。

 一球目はカットボール。見逃してワンストライク。

 二球目は高めのストレート。

 三球目は低めのストレート。

 四球目は外のストレート。

 ストレートは全てストライクゾーンの外。

 これでスリーボールワンストライク。

(よし。ちゃんと見れてる)

 特訓はフォームだけではない。選球眼も鍛えた。

 それ知らない相手は梅原を打たせて取ろうとしていたのだろう。

 五球目はチェンジアップ。

 梅原はこれを打ってファールボールとした。

 これでスリーボールツーストライク。

 六球目はカーブだった。

 梅原が苦手とする変化球。

 しかもここにきての大きく弧を描くタイプ。

 なんとか梅原はバットにボールを当ててファールボールにした。

(危ねえ)

 梅原は安堵の息を吐いた。

 一度バッターボックスを離れ、バットを振るう。

 七球目、相手ピッチャーはなかなか首を縦に降らなかった。

(何を投げる気なんだ? それともフリか?)

 そしてとうとう相手ピッチャーが頷き、ピッチングフォームに移動する。

(こい!)

 ピッチャーから投げられたボールはカーブだった。

 梅原は軸脚に体重を残し、ボールを逆方向に打った。その打ったボールはライトへ飛び──ヒットなった。

 その時、観客は大きく歓声を上げた。

 見事な再復帰を表すヒットだった。

 さすがに代打のヒットだけでは大きく取り上げられなかっだか、新聞やニュース、ネットなどのメディアは小さいながらもきちんと報じた。

 これは小さな、小さな一歩。けれど、これからの大切な一歩。

 梅原は止まることなく歩き続ける。


  ◯


「花先輩、見てください。梅原さんの記事がありますよ」

 ジムのトレーナー室で鈴は梅原の記事を見つけた。

「あら、本当。すごいわね」

 隣り席の花が鈴のパソコン画面を見て言う。

「ちゃんと活躍して嬉しいです」

「おい! 現実逃避するな」

 向かいに座る剛が鈴を咎める。

「別に現実逃避してませんよ」

「なら、昨日のテストの結果を佐藤選手にどう伝える気だ?」

「そりゃあ……素直に言いますよ」

「何? 悪かったの?」

 花が鈴に聞く。

 昨日、佐藤正弘のピッチングテストを剛にキャッチャー役を頼んで実施した。

 テスト結果は最悪のものでストレートで100キロ、で100キロだった。

 引退試合では120キロ出せていたのに20キロもスピードが落ちていた。

「……という結果でして、その時はフォームや体重移動やら腕の可動域やらの結果が出てからと言って、球速については何も言わずに逃げたんです」

「それにしてもストレートとチェンジアップで球速が同じっておかしくない?」

「私もスピードガンが壊れたのかと思いましたよ」

「でも、壊れていない。キャッチャーをやってた俺からでもストレートもチェンジアップもほぼ同じだった」

「確か佐藤選手って、肩を壊して、その後にフォームを変えたんだよね? そして成績が悪くなったって聞くけど」

 花が記憶を手繰る。

「ああ、それで合ってる。フォームを変えたことで制球がおかしくなった。……しかし、球速がここまでおかしくなるのは異常だ」

「本当にどうしちゃったんでしょうかね? 佐藤選手がここから成長する可能性はあるのでしょうか?」

 鈴は剛に聞く。

「さあな。歳はまだ……ギリ大丈夫かな?」

 剛は難しい顔をして答えた。

 20代ならまだ可能性は高いが、今年で34歳はきつい。

「そういえば球団はまだ発表していないんだろ?」

「はい。そうなんですよ。不思議ですよね。ネットとかではもう噂になってますけど」

 シルバーキャットはいまだ佐藤正弘について発表をしていない。

 すでにペナントレースは始まっている。

「やはり球団も何か佐藤選手について知っているようだな」

「だから今だに登録発表もしていないのですか?」

「だろうな」

「これからどうすればいいんですかー?」

 鈴は頭を抱えて悩み声を出した。

 一つだけならぬ、二つ以上の悩み。そして球団も秘密にしている何らかの問題を抱えている選手をどう育成すればいいのか。

「小春に聞く? 彼女、ピッチャーなんだし良いアドバイスくれるかも」

 と、花は言う。

「いいえ。これは私の仕事です。私がやります!」

 鈴は握り拳を作る。

「おっ! よく言った! 頑張れ!」

 花は鈴の背を叩いた。

 と、そこへ課長が駆けつけてきた。

「大変だよ。君が担当している佐藤選手がまた他の人と揉めているよ」

「ええっ!?」

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駄メジャーリーガー育成計画 赤城ハル @akagi-haru

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