バズる

 小春がピッチングエリアの外に出ると、記者が拍手しながら、「いやあ、残念でしたね。でも、すごかったです」と、褒め称えた。

(ん?)

 記者の隣にいるカメラマンがカメラではなく、肩に抱えるビデオカメラを持っていた。

 あのようなものなかったはず。それがどうしてカメラマンが持っているのか。

「出来れば次はジャイロボールを投げるところを撮りたいのですがよろしいですか?」

「え?」

「準備は出来ているよ」

 と、また社長が口を出してきた。

(いつのまに)

 小春は心の中で溜め息をついた。

「投げる前にまずジャイロボールの説明をお願いします」

 もう投げることが決まったかのように話が進められる。

 小春は助けを求めるように鈴に視線を向けるも、鈴はどうしようもないと肩を竦める。

 そしてカメラ目線でのジャイロボールの説明。その後、ピッチングエリアで白球を投げさせられた。その数は計10回。10回投げてやっと小春は解放された。

「疲れた」

 トレーナー室で席に座って小春は独りごちた。そして両腕を机について、その上に顎を乗せる。

「お疲れ。人気だったね」

 隣の鈴が励ますように言う。

「……別に人気になる必要なんてないですよ」

 小春は顎を腕の上に乗せたまま答える。視線はすぐ下の机に向いている。

「記事はいつ出るの?」

 先輩トレーナーの菊池花が2人に聞く。

「来月です」

 鈴ははにかんで答えた。

「なんかビデオカメラでも色々撮ってたけどあれは?」

「それは動画用だと」

「動画ってことは配信?」

「はい。まずはショート動画。それから動画らしいです」

「へえ。それは楽しみ」

「ううっ」

 小春は呻く。

「で、どうしてこの子はこんな感じなの?」

 花が小春を指して鈴に聞く。

「それが元々は佐々木さん達と三浦さんだけのはずだったんですが、冬の佐々木さん達の対決を記者さんが知ってしまって、それで再勝負になったんです」

「それって棗小春と佐々木さん達の?」

「はい」

「で、どうなったの?」

「双方に負けたんですよ」

「それで落ち込んでるの?」

「違います!」

 小春は顔を上げた。そして花を見て、

「私はトレーナーなんです。それを面白いからと再勝負させたり、ジャイロボールを投げろとか色々注文されたんです。しかも元々は写真のみのはずが動画ですよ。いろんな角度で撮らされて、しかも10球まで投げさせられたんですよ!」

「それはお疲れ様。でも、バズれば嬉しいじゃない?」

「バズりませんよ」

 小春は手を振って否定する。


  ◯


 だが、小春の予想に反して動画はバズった。

 まずはショート動画で小春のジャイロボールの説明と投球。シンプルだが、女性が魔球を投げるということです注目を集めた。投球も10球の中で大きく変化したものが選ばれた。

 このショート動画の後で佐々木達の対決映像。

 しかも勝負がどうなるかというところでショート動画は終わり、本編動画へと誘導。

 元メジャーリーガーとの対決ということもあり、さらに注目。

 勿論、対決は一切の編集なし。

 負けたがいち女子トレーナーが良い勝負をしたとなると世間はその女子トレーナーをほっとくわけがなく、あれやこれや調べられ、今では元女子プロ野球選手で現在はトレーナーを務めていることがバレた。

 さらにここで冬の勝負映像が投稿された。

 ネットではまだ現役でいけるという声が現れた。

『すごいじゃないの!』

 小春の母親は嬉々として話す。

 動画がバズって、母親が小春に連絡をしてきたのだ。

「すごいって言われても……」

『なんでよ? まだ現役でいけるって言われてるじゃない?』

「無理よ」

『本当に?』

「私はトレーナー……もしくはコーチになるようにと考えているの」

『そうなの?』

「そういうことだから」

 ここで通話を切りたかったが、それほど親不孝な人間でもないため、小春はいくつか他愛のない会話をして通話を切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る