限界

「自分の限界は自分がよく知っています」、その言葉は今日、鈴に対して答えた言葉。

 だからこそ己の限界に気づいて、選手としての道に幕を下ろした。

 別に間違ってはいない。当時は27歳。まだ若いなんて言われたが、四捨五入すれば30歳。一般人なら結婚適齢期。

 今から別の職業についても、正社員になるには難しい。それになった頃には30歳は超えているだろう。

 このまま続けるか、転職するかと小春は悩んだ。そんな中、若い三浦遥が移籍して新しい花形として活躍した。

 それを見て、小春は選手としての道に幕を下ろした。

 これでいい。これで私がいなくても球団は大丈夫だと。小春はそう自分に言い聞かせた。

 でも──。

 どこか諦められない自分がいて。

 それで仕事終わりでも、小春は今日もまた部屋で筋トレをしている。

 頭の中ではトレーナーがたるんでいてはいけないと言い訳をして。

「ふう」

 小春は一息ついて、壁にかけているゴムチューブの輪っかから手を離す。

 タオルで汗を拭い、次にプランクで腹筋を鍛える。

 それが終われば背筋、スクワット、鉄アレイを使った二の腕の筋トレ。

 筋トレ中、どうしても鈴との会話が思い出される。

 なんとかして小春は筋トレに集中して、気をまぎらわそうとするもなかなか言葉が頭から離れようとしない。

 筋トレが終わり、コップに水道水注ぎ、一気に飲む。生温く、美味しくはなかった。それで小春はコップに氷を入れ、少し待つ。

 その間、スマホでスポーツニュースを見る。

 マイナー以下の独立リーグのことは書いてはない。けれど、やはり元メジャーリーガー。独立リーグの球団に所属していても記事が載っている。球団そのものについては書かれてはいないが、彼らの活躍は書かれている。

 彼らはそれなりの活躍をしていて、成果を残している。そして記事の末尾にはNPB復帰への期待が書かれていた。

 一般の方が書き込むコメント欄には彼らに対してマイナス的な意見が多い。それでも彼らに期待するコメントも少なからず見受けられる。

 彼らはピークを過ぎている。それでも足掻いている。

(なら、自分は──いや、駄目だ。私と彼らは違う)

 彼らは元メジャーリーガー。人気もあり、応援してくれる人もいる。NPB復帰云々ではない。応援させる何か、そしてストーリーを持っている。

(自分はただの女子プロ野球選手)

 大北緑ジム内でも女子プロ野球選手である棗小春のことを知っているものはいなかった。

 知られていなかったからこそ小春はあの勝負で元メジャーリーガーに勝ち、周りを驚かせたのだ。

(私が頑張ったところで──)

 小春はスマホをテーブルに置き、コップを手にする。中の氷はとっくに溶けていた。冷えた水を飲み、心を落ち着かせる。


  ◯


 シャワーを浴び終わり、リビングで缶ビールを飲み、テレビを見ていた時にスマホから着信音が鳴る。

 画面を見ると三浦遥からだった。

「もしもし?」

『夜分遅くにごめんね』

「いいよ別に」

『酔ってる?』

「え? ああ、うん。缶ビール飲んでた」

 小春は手に持つ缶ビールを振る。中はもう少ない。

『あんたって、酔うと気さくというか敬語を無くすわよね?』

「そういうあんたは敬語を使いなさいよ。私は先輩よ」

 体育会系は上下関係にうるさい。しかし、遥はそういうものを無視している。

『元ね』

「それでも先輩だよ」

 小春は缶ビールの残りを一気に飲み、

「で、そんなことより何の用?」

『ああ、実はね、雑誌のインタビューを受けるのよ。それであんたもどうかって?』

「インタビュー? 何それ? 私が何を答えろっていうのよ」

『まあまあ、聞きなさいよ。私が復帰のために頑張ってるでしょ? それの特集をするんだってさ。で、手伝っているあんたにもインタビューしたいんだとさ』

「なんでトレーナーの私が?」

のトレーナーではないからでしょ? 元同僚で現在はトレーナーに転身した元女子プロ野球選手。この肩書きが欲しいんでしょ?』

「うへー。やだなー」

『何変な声出してんのよ。これはチャンスよ。知名度が上がればコーチへの道も近づくじゃない』

「そうかな?」

『上の人間もあんたにインタビュー受けて欲しいらしいわよ。たぶん明日あたりに連絡くると思うわよ』

「まじかー。めんどくさいなー」

『相当酔ってるわね』


  ◯


 翌日、女子プロ野球チーム・ブリリアントラビッツ広報部から連絡があり、小春は三浦遥と共に雑誌のインタビューを受けるようにと頼まれてしまった。



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