親善試合

 4月7日、地元の私立履習社高校と独立リーグ球団ホワイトキャットの親善試合がシルバーキャット球技場で執り行われた。

 高校側は新3年生チーム。

 ホワイトキャットは元NPB出身の選手や佐々木達の元メジャーリーガーを混ぜたチームだった。

 事前の触れ込みのおかげか観客席は初の満員御礼。

「すごい数ですね」

 席に座って小春が人の数に驚く。

「そりゃあ、メジャー帰りの選手2人もいるんだもん」

「しかし本当によくもまあ、チケットが手に入りましたね。即完売って聞きましたよ」

「専属トレーナーだからね」

 ふふんと鈴が誇らしげに言う。

「違うでしょ」

 花がすぐに否定する。

「違うとは?」

「うちはスポンサーだからチケットが入ったのよ」

「あと、これは一応仕事だからな」

 剛が鈴に向けて釘を刺す。

「時間外労働でーす。サビ残でーす」

 鈴が口を尖らせて抗議する。

「俺らは深くデータを取る必要はないけど。お前達は彼らの専属トレーナーだから、きちんと見ておけよ。一応、気になったらメモとか取っておけ」

「はい」

 と小春だけがきちんと返事した。


  ◯


 実況アナウンス部屋ではアナウンサー熊虎隆と元NPBの佐竹瑛太が席に座り、実況を担当していた。

『いやー。これはすごいな。いつもはスカスカなのに今日は全席埋まってるらしいですね』

 アナウンサー熊虎は観客動員数をスタッフから聞いて驚いていた。

『そりゃあ、あの佐々木と梅原選手ですよ』

『それにはもう私も驚きですよ。NPBではなく独立リーグですからね。どうしてでしょうかね? 最後まで交渉をしてたからとか前のNPB球団の選手数に空きがなかったとかいわれてますよね』

『詳しい事はなんとも。でも、戻ってきた時期からすると選手数の空きでしょうかね』

 佐竹はいくら自分が元NPBでも佐々木と梅原の入団事情については知るわけないだろうと心の中で毒づいた。

 だが熊虎の追及は続く。

『でも佐々木選手と梅原選手は来季のトライアウトを受けるって言ってましたよね? それはつまり、お二人は前の球団からはお声はなかったと?』

『……そうですね。まあ、トライアウト受ける以上、違う球団に入る可能性もあるでしょうね』

(トライアウトの件を知ってるならさっきの質問はなんだよ。こいつ俺に憶測で何か言わせようとしてない?)

『どういうことですか? 他の球団に入るかもしれないと?』

『可能性としては』

『戻る可能性は低いと?』

『低いでしょうね』

『NPBには戻れないと?』

『え? いやいやそっちじゃないですよ。前の球団ですよ』

 佐竹は慌てて答える。

 この熊虎隆は地元では毒舌アナウンサーで名を馳せているが、突っついて何かを聞き出そうとすることでも有名だった。

『前の球団のユニフォームに袖を通してもう一度見てみたいですね』

『そうですね。ファンからしたら戻って欲しいですよね』

 帰国の際にNPBから声がかけられなかったこと。そして独立リーグ所属からのトライアウト挑戦。それはつまり──。

『今回対戦するのは履習社高校の野球部ですけどプロ選手に敵うのでしょうか?』

(やっと、他の話になった)

『そうですね。彼らの相手は独立リーグのシルバーキャットですからね。元NPB選手も多数いますからね。勝つのは難しいですかね』

『ほう! では、勝った場合は大変ですよね?』

 熊虎はニヤリと笑った。

『大変?』

 佐竹は訝しむ。

『彼らは新3年生とはいえ、まだ2年生ですよ。その2年生に負けたとなると面目丸潰れなんでしょう?』

『……高校球児が勝つとなると今年は夏の甲子園も夢ではないのでは?』

『出場ということですか?』

『そうなりますね。勝てば春夏の優勝。これは期待が膨らみますね』


  ◯


 試合は意外にも拮抗し白熱した。

 点を入れては、巻き返されるという展開が続いた。

 どちらが勝っても負けてもおかしくないくらい手に汗握る試合。

 鈴達もまさかここまで熱が入るとは思わなかった。

 皆、声を上げて応援していた。

 それは高校球児側の応援歌に火がつけられ、大声で応援する人が増えていたのも原因だろう。

 鈴達はシルバーキャットの攻撃の際は大きく声を出して応援した。

 いくらなんでも高校球児には負けんだろうという人もいれば、「独立リーグなんて三軍だろ?」とシルバーキャットが負けると予想する人もいる。

 そして誰もが今回足を引っ張っている選手がいることを感じ取っていた。

 それは佐々木と梅原だ。

 佐々木は一打席目はゴロ。二打席目はアウト一つならまだしもカットボールを打ち、ゴロでゲッツー。チームのチャンスに足を引っ張ってしまった。高校生達にも佐々木はカットボールで容易にゴロで対処できると読まれているのだろう。三打席目もカットボールでゴロ。

 そして梅原は三振を連発。快音は聞こえず、聞こえるのは観客席からの溜め息とヤジだ。三打席目は向かい風がなければと期待するようなライトフライだった。


  ◯


 9回裏ツーアウト、ラストバッターは佐々木吾郎。

(最後にやってみるか)

 佐々木はフォーム変えた。

 ノーステップからの足を上げてのステップ打法に。

(久々だけどいけるか?)

 かつて渡米前のNPBでは佐々木はステップ打法だった。しかし、メジャーでは通用せずノーステップに変えた。

 あれから十四年。

 ピッチャーは戸惑ったが、キャッチーの指示に頷き、球を投げる。

(スト……いや、カットボールか)

 今日だけでどれだけカットボールを見たか。それは高校球児に馬鹿にされているように感じ取れる。

(見飽きた!)

 ピッチャーの疲れか、それともスイングフォームを変えたことか、はたまたただの運か。それとも全部か。それでも佐々木がカットボールを上手く当てたということは事実である。

 芯を打たれた打球は放物線を描き、ライト方面へと素早く飛ぶ。

 今まで佐々木シフトで前衛守備だった一塁守備の頭上を越え、球はライト線内に落ち、ヒット。球は数バウンドしてフェンスへ転がり走る。

 ライト守備は急いで球を追いかける。

 佐々木吾郎は一塁を周り、二塁へ。

 ライトは球を捕球して、すぐに投げようとするが、その時、ショートを守る高校球児がホームを指示する。

 一塁にいた走者が三塁を蹴り、ホームに向かっていたのだ。

 ライト守備はホームへと球を投げる。

 肩が良いのか。球はレーザービームのように速く、キャッチーへと向かう。

 走者は腕を伸ばしホームベースへと跳んだ!

 キャッチーは球を上手に捕球して、急いで走者が伸ばした腕にキャッチーミットを当てる。

 皆はどうだと固唾を飲み、球場は静まる。

 セーフか? それともアウトか?

 バックネット席の観ていた鈴達からでもどちらか分からなかった。

 そして──。

 球審はきつく拳を握り、叫ぶ。

「アウト!」

『オオォォォォ!』

『アアァァァァ!』

 雄叫びと、残念無念の絶叫が球場の空気を震わす。


  ◯


 試合終わりは辛辣な言葉が嫌でも耳に聞こえてきた。

「やっぱコレクションチームはダメだな」

「てか、あれはオワコンチームっしょ!」

「それ言えてる」

「三軍は高校球児以下か」

 若者達が笑いながら席を立つ。

 鈴は自分のことのように悔しかった。

 けど、言い返す言葉もない。

 確かに彼らは戦力外通告を受けた元NPB選手。そしてそのほとんどが30代半ばが多い。

 若くもなく、伸びしろのない者たち。

 試合の後、佐々木は記者たちからインタビューを受けた。

「高校球児との試合はどうでしたか?」

「実に面白かったです。日本球界の未来が楽しみですね」

 そしてカメラのフラッシュが佐々木を照らす。

「独立リーグからの再始動でしたが、今日の試合でなにか手応えはありましたか?」

「まだまだ試行錯誤中ですね」

「えー、最後はステップ打法で打ちましたがあれは?」

「先程も言いましたが、私もまだまだ試行錯誤中ですので」

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