打ち上げ

「えー、球団関係者、そして大北緑ジムの皆様方、今日はお集まりいただきありがとうございます」

 監督が壇上でビールジョッキを片手に挨拶をする。

 ここは駅近にあるホテルのパーティー会場。

 球団ホワイトキャットの選手や関係者だけでなく、大北緑ジムのトレーナー、市長、記者も数名も呼ばれていた。

「まさか春夏甲子園を連覇し、ノリに乗っている履習社硬式高等学校野球部にサヨナラホームランで勝つとは思いもよりませんでしたね」

 と、監督が言うと会場の皆も笑った。

「えー、それでは皆様、乾杯」

『乾杯!』

 皆は手に持つビールジョッキやグラスを掲げた。


  ◯


「お疲れ様です。お見事でしたね」

 鈴は佐々木にお祝いの言葉を述べた。

「まさかサヨナラホームランになるとは思ってなかったよ」

「私もびっくりでしたよ」

「それにしても高校生との親善試合で祝勝会ってのはどうかと思うよね」

 前回は負けたためか、何もなかった。

「本番はトライアウトですからね」

 小春は釘を刺す。

「分かってるよ。この調子でトライアウトも任せときな」

 と、佐々木はニヤリと笑う。

「気を抜かないでくださいね。高校生に勝ったくらいで……」

「いやいや、それでもあのセンバツで優勝した高校だよ。自信にすべきですよ」

 トレーナー課の課長が満面の笑みで言う。

「そうですよね? 梅原さん?」

「え? ……ああ、はい」

 梅原はもう酔っているのか顔が真っ赤。返事にも苦しそうだ。

「こいつはアルコール弱いんですよ」

 佐々木が苦笑しつつ答える。

「意外です」

 鈴が意外そうに言い、隣の小春も頷いていた。梅原は巨漢ゆえアルコールは得意だろうというイメージがあったからだ。

「そういえばバーベーキューの時も一滴も飲んでませんでしたね。私は勝負があるからと思っていましたけど」

「違うよ。俺はちょっと下戸なんだ」

「それじゃあ、飲まなければいいのに」

「仕方ないだろ」

 梅原はそっぽを向く。

「それより、お二人はインタビューを受けてないんですか?」

 鈴は佐々木に聞いた。

 パーティー会場には記者も来ている。

 2人は元メジャーリーガーで、佐々木は試合でサヨナラホームランを打ったのだ。インタビューを受けないわけにはいかないだろう。

「さっき監督と一緒にインタビューを受けたよ」

「トライアウトのこととか聞かれました?」

「いいや。その時は記者も空気を読んで球団のことだったね。その後は記者はお宅の社長に捕まったよ。ほら」

 佐々木の指差す方には社長が上機嫌で記者にあれこれと語っている。

「たぶん、あれが終わって、ウチのリーダーの……次くらいかな?」


  ◯


 パーティーが始まって、しばらくが経った頃、記者が鈴のもとへやってきた。

(ん? まさか私へのインタビュー?)

「すみません、佐々木選手を見ませんでしたか?」

(……なんだ)

「さあ、見てませんね」

 周りを見渡すが、佐々木の姿がなかった。

 記者は佐々木から部屋の隅にある椅子に腰掛けている梅原へとインタビューを始めた。

「梅原さん、大丈夫ですか? 先程はインタビュー出来ませんでしたけど、今はインタビュー大丈夫ですか?」

「え? ああ、はい。少しなら」

 酔いはだいぶ治ったのか梅原はきちんと記者からの質問に受け答えをする。

「ねえ、佐々木さん、見なかった?」

 鈴は小春に佐々木について尋ねた。

「先程、息子さんと廊下の方に出ましたよ」

「なるほど」

(ご家族も一応、球団関係者ということで呼ばれているのかな? いや、きっと佐々木さんや梅原さん達限定なのだろう)

 2人は元メジャーリーガー。特別で家族も呼ぶことが出来たのだろう。


  ◯


 佐々木はパーティー会場の部屋を出て、窓際にある椅子に座り、息子と向き合っていた。

「……その、なんだ、どうだったよ?」

「……まあ、良かったよ。前回よりかは」

 慎也は窓の外を見て言った。

「……そうか」

 2人は黙ってしまった。

 佐々木には慎也へと言いたいことは山ほどあった。だが、いつも向き合うと何を先に伝えるべきかと想いなどの言葉が頭の中でこんがらがってしまう。そしてなんとか言葉を整理しようとすると消えてしまっていた。

(やはり俺は野球バカだな)

 佐々木も窓へ顔を向ける。

「……でも、カッコよかったよ」

 その言葉に佐々木は窓の反射越しに慎也と目が合った。

「そうか」

 佐々木の目端が緩む。

「トライアウト、期待してないけど頑張って」

「なんだよ、そりゃあ」


  ◯


 この年、ホワイトキャットが独立リーグでペナントレースを優勝。

 そして11月、ついにNPBトライアウトが始まる。

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