新人バイトトレーナー
御堂鈴は緊張と混乱、そして戸惑いの足で社長室に向かっていた。
(もしかして噂の契約切り?)
御堂鈴は今年で契約4年目。2年毎に契約していて来季からは無期労働契約に申請可能となり、本社では無機労働契約は実質正社員扱いとされる。そのため契約社員の御堂鈴はその日のためにあくせく働いていた。
それが今、契約切りで消えようという不安があった。
(いやいや、ないない。契約切りで、わざわざ社長室に呼ばれたりはしないはず)
ならばどうして
大きなミスをした覚えもないし、褒められることもしていない。
(やはり契約切り? いやいや)
御堂鈴は何度も同じことを考えては否定し、また契約切りの思考へとループする。
そうこう考えているうちに社長室に辿り着いた。
御堂鈴は2回深呼吸して、ドアをノックした。
「御堂鈴です」
名を告げると内からドアが開かれた。
ドアを開けた人物を見て御堂鈴は固まった。
相手は人事課の課長だった。
(人事課……ということは?)
嫌な汗が吹き出してくる。
「中に入って」
「……はい」
中に入り、御堂鈴は再度驚いた。
社長室には奥に社長、そして社長から見て右に営業一課の課長と営業サービス課の課長と見知らぬ女性が並んで座っている。そしてテーブルを挟んで課長達の対面には2人の男性がソファーに座っている。
その2人が御堂鈴を驚かせた人物である。1人は細マッチョ系で灰色のスポーツ刈りで温厚そうな顔立ち。もう1人はマッチョとはいかないが、がっしりとした体で四角い顔に太い眉の強面顔。
この業界にいて彼らを知らない人がいたらモグリだ。それほどの人物がいた。
(な、な、なんで? 何これ? どういう状況?)
「さ、こっちへ」
営業サービス課の課長が混乱で固まっている御堂鈴を手招きする。御堂鈴は営業サービス課に席を置くトレーナーであり、つまり彼は御堂鈴の上司に当たる。
「しっ、失礼します」
御堂鈴はテーブルに寄る。
「そこに座って」
と社長に対面にする形に御堂鈴は座る。そして隣に人事課の課長が座る。
「では社長」
と営業一課の課長が社長に伺う。
「うむ。始めようか。御堂鈴くん」
「はい!」
「緊張しなくていいよ」
と社長は言うものの、この2人を目の当たりにして緊張するなというのは無理がある。
「彼らのことは知っているよね」
社長は2人の男について聞く。
「はい。メジャーリーガーの佐々木吾郎選手と梅原圭佑選手ですよね」
「おや、嬉しいですね」
細マッチョ風の佐々木選手は喜んだ。
「そりゃあ、もう知ってますよ」
知らない方がおかしい。
彼らはNPBで活躍し、その後メジャーへ渡り、そこでもまた大活躍した選手だ。
「それで話なんだかね。実は次のNPBのトライアウトまで彼らは来季から独立リーグの球団ホワイトキャットに所属することになったんだよ」
「ええ!」
「まだ発表してないから。これは秘密だよ」
社長は人差し指を口に当てる。
「はい!」
御堂鈴は何度も頷く。
「君はうちがホワイトキャットのスポンサーで色々と提供しているのは知っているよね?」
「はい。オフシーズンは選手の専属トレーナーとしてトレーニングとかを」
答えた瞬間、御堂鈴はあることが頭をよぎり、胸が弾んだ。
「そうそう。で、君にはそちらの棗小春くんと共に彼らのトレーナーを務めてもらいたいんだよ」
「ええ!?」
「はっは、そんなに驚くかね」
「私がですか? どうして?」
御堂鈴は4年目の契約社員。NSCAの資格を持つがまだ半人前。独立リーグの選手とはいえ、元メジャーリーガー。そんな大役を任せるのは力不足ではないか?
「だからこそ、棗小春くんと二人三脚で頑張ってもらうんだよ」
と社長は笑う。
「詳しい説明は後日に」
営業サービス課の課長が御堂鈴に告げる。
◯
御堂鈴は棗小春をジム内を案内するという役を任され、社長室から出された。
2人は社長室を出て、今は2階に階段口付近にいる。壁にはジム内の地図が貼られている。
「改めまして今日からお世話になります。バイトの棗小春です。よろしくお願いします」
棗小春が御堂鈴に名乗る。
「私は御堂鈴。こちらこそよろしく」
(ん? バイト?)
「棗さんはバイトなの?」
「はい」
そのバイトがどうしていきなり元メジャーリーガーのトレーナーに。
「前にトレーナーの仕事を?」
「いえ。今回が初めてです」
「そうなんだ。……何か資格持ってる?」
「CSCSを」
「へえ……え!? CSCS!?」
CSCSといえば主にプロアスリートを顧客対象としたトレーナー資格。
御堂鈴はNSCA-CPTの資格をもっているがCSCSはそれよりも上。勿論、明確的には上下というものはないが、NSCA-CPTは主に一般人をサービス対象にしたもの。
(もしかして私がこの子と組まされたのってそういう理由からかな?)
「えーと、うちのジムは3つのサービスがあるんだけど知ってる?」
「一般、プロ、リハビリサービスですよね」
「うん。1階が一般人用。2階がプロとリハビリサービス用。この地図を見て」
御堂鈴は地図を指差し、
「2階は北と南に別れているの。北がプロアスリート用で南がリハビリ用」確かに長方形の地図には北と南に別けられているが、北が広く、南は狭い。
「リハビリコーナーは狭いですね」
「そりゃあプロアスリートとは違い、大きな運動をするわけではないしね」
ただし付きっきりの担当トレーナーは多い。
「鈴! 鈴!」
と、自分の名前を呼ばれて御堂鈴は声の方へ振り向いた。
少し離れた所で、ポニーテールの先輩が御堂鈴を手招きしていた。
御堂鈴は棗小春を連れ、ポニーテールの先輩へと向かう。
そのポニーテールの先輩からすると御堂鈴だけを呼びたかったのに、客も来たと困った顔をする。
「あっ、先輩。こちらは今日からバイトの棗小春さん。棗さん、この人は菊池花先輩」
「棗です。よろしくお願いします」
「あっ、どうも。菊池です。って、バイト?」
「はい」
「へえ……って、そうだ! 鈴、社長室に呼ばれてたけど大丈夫だったの?」
「大丈夫ですよ。仕事の話でしたよ」
御堂鈴は笑みで答える。
「え? 何の?」
その質問待ってましたと言わんばかりの得意気な顔をする御堂鈴。
だが、御堂鈴が話す前に、
「御堂さん」
と、棗に視線で待ったの言葉を投げられる。
「ああ、そっか。えっと、こちらの棗さんと共にトレーナー業務をすることになったの」
「え? 大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。私、もう4年目ですし」
と鈴は胸を張る。
「ふうん。で、そっちの子はバイトっていうけど……もしかして社長令嬢か何かで?」
「え? そうなの?」
鈴は棗に振り向き驚く。
その棗は、「違いますよ。ただのバイトです」と慌てて手を振って否定する。
「でも、社長がわざわざバイトを社長室で紹介するかな?」
と菊池はどこか探るような目を棗に向ける。
「すみませんが詳しいことは言えません」
棗は丁重に謝罪する。
「……ふうん。そっか。ま、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
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