駄メジャーリーガー育成計画

赤城ハル

 プロローグ

 大北緑公園は自然エリア、キャンプ・バーベキューエリア、アスレチックエリア、スポーツエリアの四つのエリアがある大型都市公園。

 その公園内にあるスポーツエリアの球場にて今、女性ピッチャーと元メジャーリーガーが相対あいたいしている。

 だが、これは試合ではない。

 勝負である。

 それは大北緑トレーニングジムと独立リーグチーム・ホワイトキャットとの親睦深めるバーベキューパーティーの後で催された勝負。

 ジム側が勝てば、元メジャーリーガーはトレーナーが作成したメニュー通りのトレーニングに黙って従ってもらう。ただし、負ければ選手達の好きなトレーニングにさせるという賭け勝負。

 勝負はトレーナー側が用意したピッチングマシーンを使っての勝負。

 そしてその勝負は元メジャーリーガー側の圧勝。

 本来はそこで終了するばすだった。

 けれど棗小春が立ち上がり、元メジャーリーガーに勝負を申し込んだ。

 そして今にも至る。

 球場内には相対するピッチャー棗小春とバッター梅原圭佑以外にはキャッチーと審判だけ。その他の守備はいない。

 ギャラリーは大北緑トレーニングジムのトレーナーと職員、そしてプロ野球独立リーグチーム・ホワイトキャット面々。

 ジム側は祈った。もし負ければ今後の元メジャーリーガーのトレーニングメニューだけでなく、独立リーグの選手達からも勝手な行動が出てしまう可能性があるからだ。

 だが、勝てるとは思えない。

 相手は元メジャーリーガーだ。

 こちらはというと女性トレーナー。もう神頼みしかない。

 敗北濃厚な重々しい空気がジム側に漂う。

 そんなジム側とは反対に球団側は面白い見世物として物見遊山気分でビール缶を片手に楽しんでいる。

 中には「片手一本でいいんじゃなーい」、「プラスチックのバットじゃないと可哀想ですよー」、「女性優位にしないとー」と梅原に言葉をかける者もいる。

 彼らも小春が敗れると考えているようだ。


 だが、それも小春が投げた速球によって空気は一変した。


  ◯


 梅原が振るったバットは空を切り、小春が投げた速球がキャッチーミットに吸い込まれるように入る。そしてキャッチーミットからは腹に響く破裂音が鳴った。

 一拍ほど遅れてギャラリーから驚嘆や感嘆、そして歓声が発生する。

(速い!)

 トレーナーの鈴は驚いた。

 そしてバックスクリーンに表示されるスピードガンによる計測結果画面を見上げる。そこには126キロと表示されている。

(……あれ?)

 鈴は疑問に感じた。なぜなら、感じたからだ。けれどスピードガンの結果は126キロと表示され、鈴は訝しんだ。

 だが──。

「速いな!」

 鈴の右隣にいる男性先輩トレーナーが呟く。

「速いですか?」

 126キロといえば強豪校の中学野球レベルだ。

 それは速いと言えるのだろうか。

「女子にしてはな」

 と男性トレーナーは前を──ピッチャーの小春を見て言う。

「そうなんですか?」

「女子プロクラスだと120以上出せれば文句ないからね」

 次に左隣の女性先輩トレーナーが鈴に言う。

「へえ」

 しかしだ。126キロなら元メジャーリーガーだと打てるのではないか。

 それが今、大きく空振りをした。

「でも……」

「でも?」

 鈴の問いに女性トレーナーは何も言わなかった。

 その顔は男性トレーナーと同じ様に小春を見据え、何かを探るように目を細めていた。


 バッターボックスに立つ、元メジャーリーガーの梅原圭佑は誰よりもその球を目の当たりにして驚いていた。

(126!? いやいや、? まじかよ)

 まぐれであんな球を放てるとは思えない。

 使用したボールはカラクリのあるジョークボールではない。

 正真正銘の硬球である。

 それであんな球を投げたのだ。


 その後、小春は外にストレートを投げてボール、カーブで空振りストライク、スライダーを見送られボール判定。

(もう! 振ってよ)

 梅原の後には安打製造機と言われた佐々木吾郎が控えている。彼にはあまり投球を見られたくはなかった。

 球速に慣れ、タイミングを合わされたら打たれるからだ。

「おい! 勝負しろ! 弱っちい球ばっか投げんな」

 元メジャーリーガーの梅原圭佑は怒鳴り声を上げた。

(でたよ)

 小春は竦むのでなく、つい予想通りの反応で笑みが溢れてしまう。

 それは彼がよく言う、名ゼリフだったから。

(プロなら変化球くらい打ちなさいよ。まったく。ストレートしか打てないなんて三流よ)

 小春は溜め息を吐いた。そして、すぐにほくそ笑んだ。なぜなら、次は面白い球を投げることにしていたから。

 あの球を見たらどんな反応をするのだろうか。

 それが楽しみでたまらなかった。

 その球はかつての相棒に馬鹿な球と称され、初見以外は二度は通用しないと言われた球。

 梅原は知らないし、見てもいない。

 なら、空振りを得られるはず。

(これで三振)

 グローブの中で小春は変わった握り方をする。そして舌なめずりをしてから、小春は投球フォームをとった。

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