第31話 三日目 山にいるのは山賊です
街の中央に位置する広場でリンゴを齧りながら、オーリー・エイプルにオーショアについて聞くことにした。
「君はオーショアから買い出しに来ているっていうことだったけど、ぼくたちもこれから山越えルートを歩いてオーショアに向かうところだったんだ」
耀太はオーショアに行くことになった経緯を簡単にオーリーに説明した。
「だったらこのリンゴのお礼に、わたしがオーショアまでの道案内をしますよ!」
「えっ、いいのかい?」
「はい、耀葉さんのお陰でこうしてリンゴも手に入ったし、わたしはあとはオーショアへ帰宅するだけなので大丈夫です!」
「それじゃ、ここは君のお言葉に甘えさせてもらおうかな。ぜひ道案内を頼むよ!」
「分かりました! 任せてください! 週一回は必ず通っている道なので、迷うことはありませんから!」
オーリーはリンゴのお礼が出来ると分かってか、嬉しそうに大きく何度も頷く。
「案内所の人の話だと、三時間でオーショアに着くと聞いたんだけど、そうなの?」
「普通に歩いていけば、そのぐらいの時間でオーショアに着きます」
「実はオーショアから出る西方面に向かう最終の馬車に乗りたいんだけど、それには間に合うかな?」
「そうですね……」
そこでオーリーは胸元から懐中時計を取り出して時刻を確認する。つられて耀太もスマホで時刻を確認した。
現在、午後二時十分過ぎ――。
「オーショアから西に向かう馬車の最終便は夕方の五時三十分発なので、今から歩いて行けば間に合うと思いますよ!」
「そっか! 地元の人の意見を聞けて良かったよ! そういうことならばおやつはそろそろ切り上げて、山越えルートへ向かうことにしよう!」
「えーっ、まだリンゴを半分も食べていないんだけど……」
小さな口で小動物の様にリンゴをかじかじしている組木の声は聞こえない振りをして、耀太は歩く準備を始めた。山越えに備えて、靴紐をきつく結び直す。組木以外のメンバーもそれぞれ準備を始める。
五分後、一行は山越えルートを目指して歩き出した。
さすがにあいつはもうちょっかいを出してこないよな?
ジフサワーの街を出る直前に、耀太は背後の街並みを一応確認してみた。あの乱暴な果物屋の店主のことが気になっていたのだが、幸い、目で見える範囲に姿はない。
まあ、あれだけヨーハにやりこまれたんだから、さすがに恥ずかしくてもう顔は出せないか。
懸念材料がなくなったので、これで安心して気分よく街道を進める。
天気も良いので、皆の足取りも軽かった。オーショアまでの道すがら、土地勘があるオーリーがいろいろと周辺の情報を教えてくれるので飽きることもなかった。
しばらく歩き続けていると、山の裾野に近づいたところで街道が分かれ道になった。
「このまま細い道をまっすぐ進んでいくと小さな村に行き着きます。わたしたちは山越えルートになるで、こっちの広い道を歩いていきます」
ここでもオーリーが率先して説明してくれる。優秀な道案内人だ。
「ちなみにあそこに見えているのが、山に作った切り通しの道です」
オーリーが指差す方に目をやると、モーゼの海割りのシーンの如く、山の中央付近に細い隙間が出来ているのが見て取れた。
「あそこが当面の目標ってことだな」
耀太たちはさらに歩を進めていく。
道が徐々に傾斜の付いた坂道へと変わる。もっとも、なだらかな坂道だから息が上がるようなことはない。ピクニック感覚で登れるような道である。
「そろそろこのあたりで一旦休憩をしようか?」
一時間ほど歩いたところで、ちょうど切り通しの手前に腰を下ろせそうな草地のスペースを見付けたので、そこで休憩をとることにした。楽な道ではあるとはいえ、三時間近く歩くことになる。いたずらに歩き続けて、足を痛めてしまったら元も子もない。
「はあー、疲れた。新卒を一時間も歩かせるなんて、労働基準法に絶対に違反しているからね! ねえヨーハちゃん、余ってるリンゴをもらえる?」
組木は地面にべったりとお尻を付けて座り込むと、耀葉から手渡されたリンゴに齧りつく。その姿はもはや遠足に来ている小学生にしか見えない。
一時間歩いただけで労働基準法に違反するって、どんだけ生ぬるい法律なんですか!
早々に疲れを訴える組木にツッコむ。
「ねえねえ、あそこでカラオケをしたら両側の岩壁に歌声が反響して、すごい盛り上がりそうだよね! そうだ! 一曲、試しに歌ってみようかな?」
「フーミンさん、切り通しは天然の音響施設じゃないんですよ! 他の旅人の迷惑になるから歌うのは絶対に止めてください! ていうか、二人とも歴史的な道を見て、なんの感動も覚えないんですか?」
せっかく休憩に入ったというのに、大人二人の言葉を聞いて、逆に頭がフラフラしてくる思いだった。
「耀太くんもしっかり休やすまないと疲れちゃうよ」
頭を抱える耀太の様子を見たのか、女神が労ってくれる。
「アリアの方こそ、まだ道のりは半分以上残っているんだから、ちゃんと休んでおいた方がいいよ」
「うん、私はちゃんと休んでいるから大丈夫だよ」
「おやおや、肉親の心配はまったくしないで、他人のことばかりが気になるみたいだね?」
耀葉が背後から忍び寄ってきて悪魔の如くつぶやく。
「歩いている最中もずっとスマホで景色の写真を撮り続けている人間のことを心配する必要はないだろう!」
「そういうことを言うわけ? このスマホにはアリアの歩く姿も写真に収めてあるんだけど。しかもかなりのローアングルからのショットもあるわよ。でも、あんたは見たくないみたいね」
「お姉さま、こちらでお座りになって、お体をお休めになってください!」
「分かればよろしい!」
「二人とも姉弟コントをやるだけの体力はまだあるみたいだな」
二人のやり取りを呆れた目で見ていた慧真が苦笑する。
一行は十五分ほど休憩をすると、再び歩き出した。
ここからはいよいよ切り通しの道の中に入っていく。道の両側は岩で出来た切り立った壁である。道幅も狭く、たしかに馬車は通れそうにない。
「こうして近くで直に見ると驚いちゃうよね」
アリアが手で擦るように壁を触る。
「本当にすごい土木技術だよな。機械を使わずに手だけでこれだけの岩山を切り崩したんだから。どんな方法で切り崩したんだろう?」
耀太も頭上まで伸びる岩の壁に圧倒されていた。岩肌にはミノかツルハシのような鋭い道具で切り崩した跡がそのまま残っている。平らに均されていない分、昔の人たちの苦労がダイレクトに伝わってくる。
「ふっ、甘いな! 甘すぎる!」
突然、菜呂が会話に加わってきた。
「いいかい、この世界では古に魔法が存在していたと聞かされただろう? だからこの切り通しの道も、きっと名のある大魔法使いが土属性の魔法を使って、一瞬のうちで構築したに違いないのさ! ぼくもそんな魔法を早く使いたいよ! ステータスオープン! ステータスオープン! くそっ、能力の開放はまだなのか?」
菜呂が久しぶりにステータスの確認を始める。その光景に見飽きている耀太たちは無視したが、オーリーだけは興味深そうに見つめている。
「ひょっとしてあの方は魔法が使えるんですか?」
「あいつの脳内の中だけで使える、極めて限定的な魔法だから気にしなくていいよ」
耀太はそっけなく答えた。
「そういえば君は魔法を見たことがあるの?」
「いえ、見たことはないです。わたしの曾祖母が魔法使いだったらしいんですが……。残念ながら、わたしにはその力は遺伝しなかったみたいです。だからあの方が魔法を使えるのなら、ぜひ肉眼で見てみたかったんですが……」
オーリーは少しだけ残念そうな顔をする。
「魔法があるのなら、わたしの足の疲れをなんとかして!」
さっき休憩したばかりだというのに、新卒の教師はもう弱音を吐き始めている。
「この切り通しの道を過ぎると普通の山道に戻ります。そこからは下り坂になるので、だいぶ楽になると思いますよ」
「オーリーちゃん、優しい! なんだったら、わたしの生徒にならない? 今いる生徒はみんなわたしのことを新卒だからって邪険に扱うの!」
いや、新卒は一切関係ないですから! クミッキー先生こそ、もっと教師らしく振る舞ってください!
この分では、足の疲れよりもツッコミ疲れの方で体力が奪われそうである。
そこにさらに疲れそうな事態が生じた。前方から下卑た声が聞こえてきたのだ。
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