第47話 四日目 武器を手に、いざ港へ行かん!

「向こうの明るくなっている場所が見える? あそこがカスビサイドの港よ!」


御者台のヨーコが街道の先を指差す。


「あと十分ぐらいで着くわね」


「ヨーコさん、当然、何か策は考えているんですよね?」


耀太はヨーコに質問した。暴走馬車の集団は確実にこちらよりも人数が多く、且つ、凶悪な連中であることは間違いない。このまま馬車で素直に港に行っても、すぐに取り囲まれてしまうのがオチだ。


「もちろん策はあるわよ! ここは強行突入あるのみ!」


「えっ? ウソですよね? ヨーコさん、それって余りにも無謀過ぎませんか?」


「無謀であることは百も承知よ!」


「さすが港で働く女は気風のよさが違うわね!」


変なところで姉がヨーコのことを褒める。


「ヨーハ、のせるんじゃない!」


「分かっていないわね、我が弟は! いい、ここは下手に策を練るよりも、相手の油断を付いて一気呵成に攻め込むに限るでしょうが!」


「なんだその作戦は! いや、そんなのはもはや作戦とはいえないからな!」


「大丈夫! わたしも痴漢撃退スプレーで応戦するから!」


「痴漢撃退スプレーだけであの暴走馬車の集団に太刀打ち出来るわけないだろう!」


「耀太くん、あたしもガスバーナーで参戦するから任せておいて!」


「フーミンさん、危ないから、ガスバーナーのノズルをこちらに向けないでください!」


「そういうことなら、わたしも新卒教師の専用武器であるスタンガンを持って馳せ参じるから!」


「クミッキー先生、いつからスタンガンが教師専用の武器になったんですか!」



なんか、ヤバイ雰囲気になっている気がするけど……。やっぱりさっきの分かれ道でバリーポイントに向かっていた方が良かったかも……。



そんな不安な気持ちが押し寄せてくる。


「ヨータ、そんな暗い顔するなって! まだ何かが起きたわけじゃないんだからさ」


「いやケーマ、起きてからじゃ遅いんだよ!」


「ついに待ちに待ったこの瞬間が来た! ぼくも今から魔法の準備をしておかないと! ステータスオープン!」


「だから、おまえは魔法が遣いないだろうが!」


「ぐふふっ。危機的状況に陥った主人公が自分の能力に覚醒するというのは異世界ではよくあるパターンなんだよ! ぐふふっ。ついにぼくの隠された能力が覚醒するときがきたんだ!」



ナーロ、お願いだから、その気持ちの悪い笑い方だけはやめてくれ。ていうか、おまえの能力はこの先もずっと隠されたままでいいから!



耀太の心配をよそに、他のメンバーは俄然やる気満々のご様子である。


「なあ、アリア。アリアからもみんなに落ち着くように言ってくれよ」


「耀太くん、大丈夫だよ。私もヨーコさんに『爆音草』の種を預かっているから、いざとなったらこれで応戦するから!」


「アリアまでやる気満々なのか?」


「みんなで協力すればきっとなんとかなるよ!」


周りのやる気に感化されたのか、いつもの冷静なアリアと違い、今はやけにはじけている感じだ。


「ヨータ、アリアの言う通りだぞ! みんなで『協力きょうりょく』すれば、それが『強力きょうりょく』な武器になるんだよ!」


「わ、わ、分かったよ! こうなったら、おれも腹を決めた! でもその前に、何か武器になるようなものをおれにくれよ! さすがに素手じゃ、あの暴走馬車の集団には立ち向かえないから!」


事ここに至って、耀太も覚悟を決めるしかなかった。


「それなら耀太くんにぴったりの武器があるから、あたしが貸してあげる! じゃーん! 修学旅行にはつきものの木刀よ! しかも樫の木で作られた、めっちゃ堅いやつ! これなら相手の脳天も一撃で粉砕出来るから! ゾンビもイチコロ間違いなし!」


史華がどこからか渋い色つやの木刀を取り出した。 


「フーミンさん、修学旅行と木刀の組み合わせって、いつの時代の話をしているんですか! ていうか、いくらなんでも頭を粉砕するつもりはないですから! そもそも、おれたちの相手はゾンビじゃないですよ!」


「えっ、だって高校生の男子にとって、木刀のない修学旅行はカレールーのないカレーライスと同じくらい味気ないものなんでしょ?」


「ルーのないカレーって、ただのライスですから! 白米ですから! そりゃ、味気ないに決まっています! いや、そんなことはいいですから!」


「耀太くん、学校の教師をしている先生には分かるんだよ。男の子はいつまでも少年のような心を持っているから、木刀にロマンを感じるんだよね!」


「いや、木刀にロマンを感じる男子はむしろ少数派ですから! 偏見もいいところです!」


大人たちの言葉にいつものようにグチが止まらなくなってきた。


「そうだ! 慧真くんには角和木さんが体力作りで暇のときに素振りをしている竹刀を貸してあげる!」


「フーミンさん、ありがとうございます! 謹んでお受けします!」


「ていうかフーミンさん、今さらながらに気が付いたんですけど、木刀や竹刀はどこにしまってたんですか?」 


「おいおいヨータ、それは聞かないのがお約束っていうもんだろう!」


「ったく! いい加減だな!」


慧真が都合のいいことを言い出したので、耀太も議論をすぐに放棄した。



はあーあ、どうやらもう戻れそうにないな。



とりあえず史華から手渡された木刀を強く握り締めてみる。もっとも、実際に使うかどうかは状況次第である。


「みんな、それぞれ準備が出来たみたいね! それじゃ、ただ今より当馬車は港に巣食う悪の集団のど真ん中へと突入するから!」


ヨーコが馬車のスピードを上げ、港へと向かう。


すぐに耀太の視界に大きな倉庫が建ち並ぶ港が見えてきた。港の一角にひと際明るい場所があった。周囲に設置された篝火によって明るく照らし出されているのだ。たくさんの人影も見える。暴走馬車の集団だろう。


「連中はあそこに集まっているみたいね。このままあいつらの集会に飛び入り参加させてもらうから!」


ヨーコが鞭を入れて、馬車を篝火に向けて進ませる。


馬車の音に気が付いたのか、人影の間からざわめき声が沸き起こる。


「気付くのが遅い! あたしの運転技術で混乱させてやる! そして、あんたたちの悪行も今夜限りで終わりにさせてやるから!」


馬車は速度を緩めることなく突っ走っていく。


「なんだお前たちは!」


「おれたちの集会に乗り込んでくるなんて、いい度胸じゃねえか!」


口汚い罵声をものともせずにヨーコは男たちの集団のど真ん中を突っ切る形で馬車を走らせる。


「う、う、うわああっ! ど、ど、どんな運転してんだよっ!」


「人様に向かってくるなんて信じられねえ! 運転手失格だぞ!」


「夜中に暴走運転をしてんじゃねえよ! 危ねえだろうが!」


男たちの声に明らかに動揺がみられる。


「あんたたちに言われたくないわよ! 周囲の迷惑を省みずに暴走運転をしてるのはどこのどいつよ!」


ヨーコが大声で怒鳴り返す。


「くそっ! こうなったらこっちも馬車で相手をしてやる!」


「よしっ! みんな、馬車に乗り込むぞっ!」


何人かの男たちが倉庫の前に停車してあった馬車に乗り込み、耀太たちが乗る馬車に向かって進んでくる。


「ここは私の出番ね!」


アリアが手にした『爆音草』の種が入った袋に点火させて、それを男たちの馬車に投げ付ける。



バンガゴーンッ! バンガゴーンッ! バンガゴーンッ! バンガゴーンッ! バンガゴーンッ! バンガゴーンッ!



周囲の倉庫に音が反響して、さっきよりもさらに大きな音が鳴り響く。


余りの音の大きさに驚いたのか、男たちが操る馬たちがたたらを踏んだように一斉に急停止する。


「次はあたしの番ね!」


間髪をいれずに史華がガスバーナーを男たちに向けて噴射する。


地獄の業火の如し炎の舌先が、男たちの寸前まで届く。


「火、火、火だあっ! ど、ど、どっから火が出てきたんだよっ!」


「熱っ! 熱くて顔が焼けちまうよっ!」


炎の出現に男たちも驚いた様子だが、それ以上に男たちの馬が驚いたらしい。馬は炎を間近に見て恐慌状態に陥ったのか、突然出鱈目な方向に疾走し始めた。


「うわあああーーーっ!」


「お、お、おいっ! オ、オ、オレの言うことを聞くんだっ!」


「ま、ま、まった! そ、そ、そんな暴れると……ば、ば、馬車から落ちちまうだろうが!」


混乱する馬の動きについていけなくなったのか、次から次に男たちが御者台から振り落とされていく。


ある者は地面に体を痛打して、そのまま白目を剥いて伸びてしまう。またある者は狂乱状態の馬から逃げるべく、自ら夜の海へとダイブする。


それでも何人かは自分の足を使って、果敢にも耀太たちの馬車に駆け寄ってきたが、馬車に近付いたところで今度は耀葉が窓から痴漢撃退スプレーを噴射したり、あるいは組木が腕を伸ばしてスタンガンで電撃ショックを男たちにお見舞いしたりする。


「うぎゃっ! し、し、痺れたっ! な、な、なんだ……これ!」


「目、目、目が……目がっ! い、い、いてっ……いてーよっ! もう我慢出来ねえ!」  


男たちは馬車に近付くことすらままならなかった。耀太たちは総合的な攻撃力でもって、暴走馬車集団の男たちを圧倒していた。


「お、お、おい、あの馬車……なんかおかしくねえか?」


「あの炎といい、この眼の痺れといい……も、も、もしかしたら――魔物かモンスターでも乗っているんじゃねえのか!」


「そうだとしたらオレたちには絶対に敵わねえよ! ここは逃げるしかねえぞ!」


残りの男たちは戦うことを放棄したのか、這う這うのていで退散していく。


「何よ、あれだけ威勢良く騒いでいたわりには、全然手ごたえがないんじゃん!」


ヨーコはまだ暴れたりないといわんばかりに手綱を引き絞る。


「良かったな、ヨータ。オレたちの出番がなくて」


「まあ、そこは否定しないけどな」


木刀を振り回す必要がなくなったので、耀太は一安心する。


「とりあえずこれで一掃できたみたいね! あたしの運転技術もまだまだ捨てたもんじゃないわね!」


「それじゃヨーコさん、今夜はもうこれで終わりということで、そろそろバリーポイントに帰り――」


「帰るのはまだみたいよ。どうやら、ようやくボスのお出ましみたいだからね!」


「えっ、ボスですか?」 


少し離れた場所に倉庫の扉が開く音が聞こえてきたので、耀太は咄嗟にそちらに視線を移した。


比較的大きな扉がゆっくりと上へと開いていく。篝火の届かない暗い倉庫の中から、ひと際派手な馬車がゆったりと外に進み出てくる。馬車を引いているのは夜の闇よりもさらに深い色をした漆黒の毛並みの馬である。


そして、その黒馬の手綱を握っているのは――。



つまり、あの御者台に座っているのがヨーコさんの恋人というわけか……。



耀太は木刀を一度握りなおした。この木刀を置くのはまだ早いみたいだ。

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