第46話 四日目 分かれ道、どちらに進む?
「今日の昼にも話したと思うんだけど、あたしはカスビサイドで馬車造りを生業にしているの。普段はバリーポイントに住んでいるんだけど、バリーポイントの街が年々寂れていくことに不安を感じていてね。それで何か街の為に何か出来ることはないかって常日頃から考えていたの」
ヨーコが訥々と語る。その話し方は耀太たちに聞かせると言うよりも、むしろ自分自身に対して言っているかのようだった。
まあ、たしかにあの街は寂れたというか、さびしいというか、どうにも活気があまり感じられなかったけどな。
さすがに声に出して言うのはヨーコに失礼なので、耀太は胸の中でつぶやくだけにとどめた。
「だけど、あたしの頭じゃ、街を活性化させるような良いアイデアをポンッと産み出すことなんて出来なくて、結局、街が廃れていく様子をただ漫然と眺めているしかなかった……。でもね、そんなときにバリーポイントにふらりと『あの人』が姿を現したの」
「『あの人』が何か今回の件と関係があるんですか?」
「大有りなのよ。実はあの派手な馬車の作り方をあたしに教えてくれたのも、さらにはあの馬車を客寄せに使って、街の活性化をしたらどうかっていうアイデアを出してくれたのも、全部、あの人だったの!」
ヨーコの声にはスゴイでしょうという響きがあった。
「なるほどね! あの派手な馬車を使って、所謂、町おこしをしようって考えたのか! それはナイスアイデアだな!」
慧真が感心しきりに頷いている。
「実際にあの馬車をお披露目するイベントの日取りも決まっていたんだけど、そこからいろいろあってね……」
そう言ってヨーコは遠い目をする。
「その言い方だと、何か問題が起きたっていう感じね」
耀葉が聞き難いことをズバリと質問する。
「まあ、そういうところかな……」
「何があったの、ヨーコさん?」
「馬車造りの工房にはあたし以外にもう一人、一緒に工房を切り盛りしてくれていた男性がいたんだけどね……」
「その男性はヨーコさんにとって、恋人、あるいはそれ以上の大切な存在だったの?」
耀葉がずけずけと聞くが、しかし決して無遠慮な感じはしない。相手の気持ちを汲み取った言い方だ。
「まあ、周囲からはそう思われていたみたいだけどね……」
ヨーコは少しだけ自嘲気味に言うと、一回、深いため息をついた。
「その男性というのが『アイツ』の正体っていうわけね」
腕組みをして、なにやら名探偵じみた佇まいを見せる耀葉。
「ご名答よ!」
ヨーコはもう隠すことは何もないとばかりに大きく首肯する。
えっ、『アイツ』って誰のことだよ? 今までの話の中に『アイツ』なんて出てきていないはずだろう?
耀太の頭の中に特大の疑問符が浮かぶ。しかし耀太の疑問に答えてくれる前に二人の話はさらに続く。
「そのアイツがね、どういうわけか突然、心変わりしちゃったの……。せっかく作った馬車で危険な運転を繰り返すようになって……。その噂がじょじょに広まるにつれて悪い仲間も増えていって、集団になっていったの……。今日馬車を暴走運転していた子も、その仲間のひとりよ。あたしとしてはアイツもすぐに目を覚ませて、元の馬車造りの仕事に戻ってくれると思っていたんだけどね……」
でも、そうはならなかったことぐらいは、ヨーコの言葉尻から簡単に察することが出来た。
「とにかくそんなトラブルが持ち上がったせいで、街を活性化するための計画が全部ダメになっちゃったの。台無し、水の泡よ。そりゃそうだよね。危険な運転をしている馬車で客寄せなんて出来るわけないから……」
「でもなんで、そのアイツとかいう男性は急に心変わりをしちゃったのさ? そこがいまいち理解出来ないんだけど……?」
アイツがトラブルの原因だというのは分かったが、なぜそうなったのかが耀太には皆目理解出来なかった。
「あんたは本当に察しが悪いわね! そんなんだから、想い人に気持ちが伝わらないのよ!」
なぜか姉君に突然キレられた。
「ど、ど、どういうことだよ! ていうか、今は想い人とか一切関係ないだろう!」
「あのね、アイツはヨーコさんとあの人との仲を疑ったのよ!」
「えっ……? そうなんですか……?」
耀太はきょとんとした表情のまま、ヨーコに解答を求めた。
「フッ、バカなヤツでしょ? 本当にバカなヤツなの……。あたしがアイツのことを裏切るわけないのに……。男女の仲違いが原因で肝心のイベントがお流れになるなんて、バカらしくて笑えないわよね、本当に……」
ここまで強気な表情を見せていたヨーコの顔に、初めて弱い部分が垣間見えた。目尻には光るものがある。
「そのアイツに今夜会いに行くんでしょ?」
耀葉が答えを知っているにも関わらず、確認するようかのように問い掛ける。
「アイツとちゃんと話し合わないといけないからね。いつかは話し合うつもりでいたんだけど、今日までアイツの居場所がなかなか掴めなくてね。でも今夜、港に来るということが分かった以上は行かないわけにはいかないから。きっと暴走馬車の集団もみんな集まるはずだからね」
そこまで話が進んだところで、ようやく耀太にも『アイツ』の正体の見当がついた。
そうか! アイツって、昼間、あの暴走馬車の御者が話していたアイツのことなのか!
「でも、なんでだろう? あの人のことも、それに特にアイツのことも、あなたたちには話すつもりはなかったのに……。気が付いたら、全部話しちゃっていたわね……」
ヨーコは自分自身に問い掛けるようにつぶやくと、さらに続けて聞き捨てならない言葉を放った。
「もしかしたら、あなたたちがあの人と似たような異国の服装をしていたせいかもしれないわね……」
「似た服装? 異国のってことは、まさか――」
耀太の頭の中で何かが閃こうとしていた。しかし、それを言葉にするよりも先に姉が動いていた。
「やっぱりそうだったのね! わたしの予想通りだわ! 話を聞いている途中で、もしかしたらと思っていたんだけどもね! 考えてもみれば、あの派手な馬車って、まんまお祭りのお神輿とか山車のアイデアそのものだもんね! 月屋橋次郎さんの例もあったけど、ヨーコさんが会ったあの人も、きっとこの世界に飛ばされてきた日本人だったのかもしれないわね!」
名探偵・耀葉は出来の悪い弟よりも先にすべてお見通しだったらしい。
「でもヨーコさん、その町おこしのアイデアをくれたあの人というのは、結局どうしちゃったんですか? あの人がいれば、誤解なんてすぐに解けるはずじゃ――」
アリアが当然過ぎる疑問を口にする。
「それがね、あの人は全部自分のせいだと思っちゃったのか、責任を感じて街を出て行っちゃって、それっきりなの」
「そうだったんですか。そうなると誤解だと説明してもらうわけにはいかないですもんね」
「――あーあ!」
不意にヨーコが大きな声を出した。両手を上げて、背筋を伸ばすようなポーズをする。
「なんだかしんみりした話になっちゃったわね! はい、この話はここで終わり! くだらない揉め事の話なんかつまらないからね! 分かれ道に差し掛かったところだし、ちょうど良かったわ!」
「えっ、分かれ道ですか? ヨーコさん、この街道って、カスビサイドへの一本道なんじゃないんですか?」
耀太が現地の人に路線馬車の話を聞いたとき、他の道の話は出てこなかったはずだ。
「地元の人間じゃないと見落としちゃうかもしれないけど、ここからすぐ行ったところにある脇道を入っていくとバリーポイントに着くの。路線馬車は走っていない細い道なんだけど、バリーポイントに住んでいる地元の人間はよく近道に利用している道なのよ」
ヨーコが馬車を細い道の方に向けようとする。
「――ヨーコさん、ちょっと待ってください!」
耀太はみんなの顔を見回した。耀太が言葉を発するまでもなく、皆が耀太と同じ気持ちだということはその顔を見て分かった。だから、耀太はこう続けた。
「ヨーコさん、このまま真っ直ぐカスビサイドの港に向かってください!」
「えっ? ねえ、今あたしの話を聞いたでしょ? これはあたしの問題なんだから。あなたたちが関わることはないわ! それに危険な話し合いになるかもしれないし……」
「だとしたら、なおのこと、ヨーコさんがひとりで港に行くのを黙って見ているわけにはいかないです!」
「あなたたち……。どうしてそこまで無関係のあたしなんかのために……?」
ヨーコは手綱を握ったまま、不思議そうな目で耀太たち一行を見つめる。
「あのね、ピザをご馳走してくれた人の恩は死んでも忘れちゃダメって、教師は教えられているの!」
組木の戯言に、しかし今回ばかりは耀太はツッコむことはしなかった。
「女性が一人で『
「ちょうど良かった。夜の港ならロマンチックな写真が撮れそうだし!」
「どうせなら夜の港でキャンプファイヤーとかいいかも!」
「フンッ、あの暴走馬車には、ぼくの魔法を一発食らわせないと気がすまないからな!」
「ヨーコさん、私たちはここまで何度も旅のトラブルに巻き込まれているんです。でも全部、無事に解決してきましたから。だから今回も大丈夫ですよ!」
アリアがヨーコにとびきりの笑顔で微笑みかける。
「そうですよ。ヨーコさん、おれたちの気持ちはもう決まっていますから! さあ、ヨーコさんの返事を聞かせてください!」
最後に耀太は全員を代表して確認の質問をした。
「――まったく、とんだお節介焼きの乗客を馬車に乗せちゃったみたいね!」
泣き笑いのようなヨーコの表情。
「分かったわ! 客を乗せたのは、御者であるあたしの責任だからね! その責任はしっかり果たすことにするわ! ――では、これから当馬車はカスビサイドに向かうわよ! この先、途中下車は出来ないから覚悟しておいてね! それじゃ、出発進行!」
ヨーコの声とともに馬車が走り出す。
目指す目的地は暴走馬車の一団が集結しているであろうカスビサイドの港。
夜はゆっくりと更けつつある――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます