第45話 四日目 ただいま、逃走中!

「フーミンさん、後方の様子はどうですか?」


耀太は一番後ろの座席に陣取っている史華に確認した。


「まだ数匹、頑固に追いかけてきている子がいるみたい!」


「ヨーコさん、追いかけてくる狼がまだいるんだけど、このまま逃げ切れそうですか?」


「さすがに狼が相手だとキツイかも……。あいつら、執着心と持久力が尋常じゃないからね。こうなったらもう一度あいつらを驚かして、様子を見てみる?」


ヨーコは今も信じられないくらいの超絶的な鞭捌きで馬車を疾走させて、なんとか狼の追撃を振り切ってくれている。しかし、狼の体力よりも先に馬車を引く馬の体力が尽きてしまったら、そこで勝負はついてしまう。


「それってさっきの破裂した袋のことを言っているんですか?」


「そうよ! あの袋の中には『爆音草』っていう植物の種を入れてあったの。火を点けると大きな音を出して弾ける性質があって、この辺では危険な野生の動物避けなんかに使われている植物なんだけどね」


「おれたちの世界で言うところの爆竹みたいなものって感じか。このまま手をこまねているよりはいいかもしれないな」


「でもさ、耀太くん。あいつら、あれだけの爆音をたてたのにまだしつこく追いかけてくるんだよ? ここはやっぱりコレの出番しかないでしょ! 野生の動物なら絶対に火は怖いはずだからね!」


言うが早いか、ガスバーナーを取り出した史華が後方の窓から半身を乗り出して、狼に向ける。


「フーミンさん、だから危険なことは――」


「ねえ耀太くん、今は非常事態なんだから、ここはフーミンさんに任せてみようよ! 今馬が狼に襲われて、また馬車での移動が出来なくなったらお終いだからね」


「うーん……分かったよ! アリアの言うことももっともだもんな。よし、ここはフーミンさんの腕を信じよう!」


耀太は馬車の後方に振り返った。史華は早く許可をくれないかと待っている。


「フーミンさん、お願いします! 狼を追っ払っちゃってください!」


「OK! あたしのとっておきのガスバーナーを炸裂させてやるから!」


史華が手にしたガスバーナーのレバーを躊躇なく引き絞る。瞬間的にゴーッという音を上げながら、ガスバーナーのノズルの先から盛大に炎が噴き出す。辺りがぱっと明るく照らし出される。


「えーと、フーミンさん、思っていた以上にガスバーナーの火の威力があったように見えたんですけど……? 今確実に5メートル近く炎が伸びましたよね? それって普通なんですか? おれの知っているガスバーナーはもっと大人しいというか……。なんだか火炎放射器にしか見えなかったんですけど? 本当に大丈夫なんですよね?」


「ああ、言い忘れていたけど、このガスバーナーもスタンガンと同じように機械いじりの好きな子に頼んで改造してあるの! ノーマルと比べて、炎の強さが何十倍も強くなっているから!」


「なんでガスバーナーを魔改造する必要があるんですか!」


こんなときだというのに大声でツッコんでしまった。


「あたし、せっかちだから、キャンプファイヤーでなかなか木に火がつかないとイライラしちゃうんだよね! それで改造してもらったの!」


「そんなことでいちいち改造しないでください!」


「ねえねえ、史華。キャンプファイヤーといえば、史華といった夏のキャンプを思い出しちゃった! みんなで火を取り囲んでダンスをしたり、歌ったりして楽しかったよね!」


組木が夢見がちな表情で夢見心地なことを言う。いや、もしかしたら現実逃避しているだけかもしれないが。


「そういえば久深はキャンプで上手く火を起こした男の人に一目ぼれしたんだよね! 久深は昔から熱い男がタイプだもんね!」


久しぶりに組木の恋愛事情を暴露するバスガイド。


「フーミンさんもクミッキー先生も、こんなときに呑気にひと夏の思い出話に浸らないでください! 狼たちが迫ってきているんですよ! ていうか、火を起こすのが上手い男性のことを世間では『熱い男』とは呼ばないですから!」


「ちょっと! 今の炎はなんなの! どこから火が出てきたの! あなたたち、まさか魔法が使えるんじゃないでしょうね?」


ガスバーナーの炎に驚いたのか、御者台に座るヨーコが目を丸くしている。


「いえ、違います! 断じて魔法なんかじゃありませんから! あれはおれたちの国にある火を起こすための道具のひとつです!」


詳しい話をすると長くなるので、かなり省略して説明した。


「そんな便利な道具があるんだ! いいな! あたしも狼に向けて使ってみたいかも! あいつら、いつか丸焼きにしてやりたかったんだよね!」


どうやらここにも危険な人物がひとりいたらしい。


「ヨーコさんも使ってみる? 誰でも簡単に使えるから! あたしが使い方を教えてあげる!」


「フーミンさんもヨーコさんも、いい加減にしてください! 狼が追いかけて――」


「ねえねえ耀太くん、その狼たちだけど、どうやら逃げ出したみたいだよ」


アリアが耀太の肩をツンツン突きながら指摘してきた。


「まさかあの炎の威力を見て、怖気づいたのか?」


耳をすませてみると、もう狼たちの荒い息遣いも地を蹴る足音も聞こえない。


「ヨータ、とにかく狼から逃げられたのなら、それで良かったじゃないか」


慧真が適当に話をまとめようとする。


「狼からの『逃走とうそう』に失敗して追いつかれていたら、今ごろ狼を相手に『闘争とうそう』しているところだからな!」


親友のダジャレを華麗にスルーして、御者台のヨーコの方に視線を戻すことにする。


「ヨーコさん、もうスピードを落としても大丈夫ですよ! 狼は逃げましたから!」


ヨーコに状況の変化を伝える。狼の件もあったが、実は今になってもの凄い速度で馬車を走らせるヨーコの運転に不安を覚えてきたのだ。



あの暴走馬車のスピードとそんなに変わらないからな……。もしかしてヨーコさん、スピード狂なのかな? 聞いてはみたいけど、答えを聞くのが怖いからな……。



耀太の内心の心配を他所に、ヨーコは馬車のスピードをゆっくりと落として、平常運転に戻してくれた。


「そういえば、どうしてヨーコさんが私たちのことを迎えに来てくれたんですか?」


ようやく落ち着いて話が出来るようになると、アリアが当然過ぎる疑問を口にした。


「ああ、そのこと。カスビサイドにいたら路線馬車が事故を起こして動けなくなっているっていう話を耳にして、急いで馬車の運行施設に聞きに行ったの。そうしたら馬車を運転していた御者さんが、見慣れない服を来た旅の一団が街道で待機しているって教えてくれてね。すぐにあなたたちのことだって分かったわ」


「あの御者さん、ちゃんと私たちのことを伝えてくれたんですね」


「あたしも新しい馬車に一緒に乗らせてもらおうと思ったんだけど、肝心の馬車の準備に時間が掛かりそうだったから、あたしが自分の馬車を出して、あなたたちを迎えに来たってわけ!」


「そうだったんですね。わざわざ迎えに来てもらって恐縮しきりです」


アリアが懇切丁寧に頭を下げてお礼を述べる。


「頭を下げなきゃいけないのは、むしろあたしの方よ」


「どういうことですか?」


「だってあなたたち、あの暴走馬車に煽られて事故になったんでしょ?」


「はい、そうですが……」


「あの、もしかしてですが……ヨーコさん、やっぱりあの暴走馬車の男と浅からぬ縁でもあるんですか?」


今度ばかりは教えてくれそうな気がしたので、耀太はここで思い切って聞いてみることにした。


「そのことを話し出すと少し長くなるんだけどね……。まあ、カスビサイドまではまだ時間があるから、昔話をするにはちょうどいいかもしれないわね」


そう前置きをした後で、ヨーコはこれまでの経緯をゆっくりと語り始めた。

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