第44話 四日目 狼の群れと救世主の登場!

薄闇の奥から、生き物が馬車に近寄ってくる気配がする。耀太たちに狙いを定めていることはもう明白だった。


「ナーロ、おまえが望んでいたモンスター退治のクエストがようやく発動したんだぞ。早く退治してくれよ!」


「いやー、残念だな。ぼくは見ての通り負傷中の身でね! このクエストには参加出来そうもないよ!」


菜呂が絆創膏をこれみよがしで見せ付けてくる。


「まったく都合の良いことばかり言いやがって! それじゃ、誰がこいつらの相手をするんだよ!」


耀太とて、正体不明の獣と戦う気などさらさらない。しかし現実は戦わざるをえない状況になりつつあった。


そして遂に、星明りの下に獣たちがその姿をはっきりと見せた。その数は優に十頭を超えている。耀太が考えていた以上の数だった。


「こいつら、どこからどう見ても狼だよな。野生の犬なら一か八かで戦っても良かったんだけど、狼の群れが相手じゃなあ……」


どう考えてもいち高校生が相手に出来る存在ではない。


「おいナーロ、あいつらはどう倒したらいいんだ?」


「あいつらは魔物じゃなくて野生の獣が凶暴化した連中だから、きっと物理攻撃が効くはずだ! ここは打撃攻撃に徹するのがベストだよ!」


「いや、その打撃攻撃を誰がするんだよ! おれは近付きたくないからな!」


狼たちがじりじりと距離を詰めるようにして馬車に近付いてくる。肉眼でもその凶暴な牙が見える。ひと噛みされたら簡単に肉体を抉られそうだ。


狼の群れが馬車の周囲をゆっくりと徘徊し始めた。明らかにこちらを襲うタイミングを探っている。


「とにかく馬車の扉と窓をしっかり閉じて、連中が中に入って来られないようにしよう!」


耀太たちは手分けして、馬車の防御を固める作業に入った。外に出られる箇所はすべて閉じる。これで狼の群れが諦めて去ってくれればいいが、そうなる可能性はかなり低いだろう。


「あとは新しい路線馬車が一秒でも早く戻ってきてくれたらいいんだけど……」


耀太が切実な願望をつぶやいていると、馬車の外から車輪が大地を駆ける音が聞こえてきた。


「やったーっ! グッドタイミングだぜ! 待ち望んでいた新しい路線馬車が来たみたいだ!」


「ちょっと待った! この荒々しい音の感じは……」


慧真が眉根をひそめる。


「急いで来ているのは分かるんだけど、余りにも車輪の音が荒っぽいというか……。この車輪の音の感じはあの暴走馬車と同じなんじゃ――」


「えっ、ケーマ、あの暴走馬車がまた戻って来たって言いたいのか?」


「音の感じはそう思えるけどな……」


「こっちは動きがとれないんだぜ。この状態で馬車ごと体当たりでもされたらひとたまりもないぞ! 今度こそ崖の下まで一直線だっ!」


「まさに『前門の虎、後門の狼』ならぬ『前門の狼、後門の暴走馬車』ってところね!」


横から会話に入ってきて組木が教師らしいアカデミックな言い回しをする。だが、その声は耀太の右の耳から左の耳にきれいに抜けていく。


「ねえ耀太くん、もしもこっちに近付いてきているのがあの暴走馬車だったら、ここは助けを頼むのもありなんじゃないのかな? さすがに私たちのことを崖から落として殺そうとは思っていないはずだし」


アリアが論理的な思考から導き出されたであろう案を示す。


「そうか! それも一考かもしれないよな! 昔から敵の敵は味方って言うからな!」


耀太は後方の窓を少しだけ開けて、馬車がやってくる様子を見守ることにした。



後はこのオオカミたちがこちらを攻撃してこないことだけを祈ろう。



「みんなー、だいじょーぶ! 今、助けるから待ってて!」


薄闇の向こうから聞き覚えのある女性の大声が聞こえてきた。


「この声って……まさか……ヨーコさんだ!」


速度を落とすことなく、もの凄い勢いのまま走ってきた馬車に驚いたのか、狼の群れが途端にぱっと方々に四散していく。


耀太たちが乗る馬車から少し離れたところで急停止したヨーコの運転する馬車は、狭い道幅の街道で器用に向きを変えると、すぐに耀太たちの乗る馬車にぴたりと横付けしてきた。それだけでヨーコが並々ならぬ運転技術を持っていると察せられた。


「狼が次の行動に躊躇している間に、急いでこっちの馬車に乗り込んで! あいつら、すぐに攻撃してくるはずだから!」


「わ、わ、分かりました!」


「ここは新卒の教師がみんなを引率しなきゃならないから、わたしが最初に逃げな――いや、移動するからね!」


この中で一番手の掛かりそうな人間が組木であることは間違いないので、ここは『教師が真っ先に逃げ出してどうするんですか!』というツッコミはぐっと堪えることにする。


目の前にいる獲物に逃げられると思ったのか、狼の群れが次々に馬車に体当たりを敢行してきた。その度に馬車の中に鈍い音が響く。


「もう! こうなったらガスバーナーでこいつらを燃やし尽くしてやる! 狼の丸焼きにしてやるわ!」


「ちょっとフーミンさん、無茶しないでください! 今はこちらからの攻撃よりも、逃げることを優先させてください!」


カバンからガスバーナーを取り出そうとしていた史華が残念そうな顔で馬車を移動し始める。


「アリアと耀葉も早く移動して――」


そのとき馬車がひと際大きく横に揺れた。外にいる狼の群れが同時に馬車に体当たりしてきたらしい。


ヨーコの乗る馬車との間に距離が生まれる。その距離は数メートル。しかしこの距離を移動するには、いったん今乗っている馬車から地上に降りて、そこからヨーコの馬車まで歩いていき乗り込まなくてはならない。


わずか数メートルの距離だが、そのタイミングを狼たちが狙ってくることは想像に難くない。


「くそっ! このビミョーな距離、なんとかならないのかよっ!」


耀太は必死に頭を働かせるが、すぐには妙案など浮かばない。


「ここはオレとヨータとナ-ロでアリアと耀葉の周囲をガードして、ヨーコさんの馬車まで注意しながら移動するしかないぜ」


「ケーマ、おれもその案に賛成したいところだけど、狼に飛び掛かられたら、こっちには防御する術がないんだぜ!」


「それじゃ、どうするんだよ? 狼の攻撃が止むまで、この馬車が壊れないようにって祈るのか?」


「そうだよ、祈るしかないんだよ! おおかみの群れが相手だからな。ここは神に祈ろうぜ! 『おおかみ』よ、我らを守りたまえってな!」


「ヨータ、冗談を言っている場合かよ! ていうか、冗談を言うのはオレのキャラだからな! キャラ泥棒はご法度だぞ!」


「おい、二人ともなに呑気なことを言ってんだよ! 狼の体当たりのせいで馬車の窓はもうガタガタなんだから! 進入してくるのは時間の問題だよ!」


「異世界マニアのおまえにツッコまれたら終わりだよ!」


路線馬車に残る男子三人が高校生のノリでアホなやり取りをしていると――。 


「ここはあたしに任せて!」


少し離れた場所で停まっている馬車の御者台に座っていたヨーコがいきなり立ち上がった。すぐにシュッという何かを擦る音があがり、ヨーコの右手に真っ赤な火が点る。その火を左手に持った小さな袋に近づけると、すぐに袋に火が燃え移った。



ヨーコさんはいったいなにをするつもりなんだ? 火で狼を遠ざけるつもりなのか?



耀太が疑問に思っていると、ヨーコが火の付いた袋を狼の群れのど真ん中に投げ入れた。


次の瞬間――。



バンガッ! バンガッ! バンガッ! バンガッ! バンガッ! バンガッ!



続けざまに何かが強烈に破裂する爆音が上がった。


「今よ! こっちに来て!」


ヨーコの叫び声が闇を切り裂く。


「わ、わ、分かりましたっ!」


馬車の中に残っていた耀太たち4人はいっせいに馬車から飛び降りると、死に物狂いの駆け足でもってヨーコと二人の大人たちが乗る馬車に駆け込んだ。


「連中が襲ってくる前に猛スピードで走って逃げるからっ! 馬車から振り落とされないように何かにしっかりしがみついていて!」


言うが早いか、ヨーコは馬にひと鞭入れて馬車を急発進させる。


しかし、すぐに後方から狼たちも追いかけてくる。


狼の群れの息遣いを聞きながら、ヨーコが操る馬車は夜の街道をひたすら走り続けた。

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