第五章 旅の四日目 暴走馬車族

第37話 四日目 モーニングサービス

翌朝起きた一行は宿の人にお礼を言って、始発便である7時10分発の路線馬車に乗るべく、オーショアの馬車の停留所に向かった。


時刻は7時過ぎ。素泊まりの宿だったので、当然朝食は食べていない。今朝は朝食抜きになりそうだ。


「朝食を食べないと一日の力が出ないからちゃんと食べましょうって、保健室の先生も言ってたんだけど」


朝食抜きと言うことで、新卒の教師は朝からご機嫌斜めらしい。


「クミッキー先生、我慢してください。食べるところがないんだから、こればかりは仕方ないです」


このままいくと学級委員長の仕事の中に『新卒の教師を慰める』という項目が新たに増えそうな気配である。


「ヨータ、そうは言うけどな、クミッキー先生の言うことももっともだと思うぜ。おれだって『朝食ちょうしょく』が食べられなくて『チョーショック』だからな!」


朝イチで慧真が渾身のダジャレを放つ。


「はい、くだらないことを言った慧真くん、今年の国語の通信簿は1に決定ね!」


お腹を空かした新卒の教師にはダジャレは通用しないらしい。


「とにかく始発の便に乗って次の街に着いたら、すぐに食事を取ることにしますから!」


機嫌の悪い教師が爆発する前に耀太は妥協案を提示した。


「たしか次の村は宿屋もあるっていうことだから、きっと食事処も充実しているはず。組木先生、それまでもうしばらくの間だけ我慢してください」


アリアも組木を宥める。生徒二人に説得されたので、さすがに組木もそれ以上は文句を言ってこなかった。


「それはそうと耀太くん、眼の下にクマが出来ているみたいだけど、昨日、寝不足だったの?」


「あっ、うん……昨日の夜、旅のことを考えていたら、少し眠るのが遅くなっちゃってさ……」


本当は菜呂がもらった『魔法の杖』のことを考えていたら、夢にまで『魔法の杖』が出てきてしまい熟睡出来なかったのだが、そんなことはさすがに恥ずかしくてアリアには言えない。


「あれ、おかしいなあ?」


ちょうどそこにトイレに立ち寄っていて遅れていた菜呂が停留所に姿を見せた。手にはもちろん昨日もらった魔法の杖をしっかり握っている。


「ナーロ、どうしたんだよ? おかしいって、出るものが出なかったのか?」


慧真は下半身の心配をしている。


「トイレは関係ないから! あのさ、この魔法の杖なんだけど、昨日『ステータスオープン』って唱えながら寝たんだけど、肝心の『ステータス』が全然出てこなかったんだよ。徹夜で何千回と唱えたんだけど、どうしてかなあ……?」


菜呂は不満そうに首を振っている。



おい、おれの寝不足の原因はおまえだったのか! どうりで耳元で『ステータスオープン』っていう気味の悪いつぶやき声が一晩中聞こえたはずだ! おれはそのせいで悪夢まで見たんだからな!



耀太は胸の内で全力で突っ込んだ。


こうして旅の四日目もまた騒がしくも賑やかに幕を開けた。


一行が路線馬車の停留所で待つこと数分――。


本日最初に乗る路線馬車がやってきた。耀太の目はすぐに御者台に向かった。なぜならば御者台に座っていたのは――。


「あれ? あそこに座っているのって、オーリーさんとオーリーさんのお父さんだよな?」


「皆さん、おはようございます!」


オーリーが馬車から降りてきて、元気よく耀太たちに挨拶をする。


「オーリーさん、どうしたの? 馬車を引く馬の世話をしているとは聞いたけど……」


「はい、わたしと母は馬の世話の仕事をしているんですが、父はこの路線馬車の御者をやっているんです!」


「えっ、そうだったんだ!」


驚く耀太に対して、御者台にどっしり座るオーリーの父親が和やかに微笑んできた。


「皆さん、おはようございます。今日はわたしが安全運転で皆さんを次の村まで運びますから」


「いつもは路線馬車の仕事は父がひとりでしているんですが、今日は皆さんがきっとこの馬車に乗ると思ったので、こうしてわたしも付いてきたんです。――さあ皆さん、そろそろ出発時間なので馬車に乗ってください!」


仕事モードに入ったオーリーが耀太たちを車内へと案内してくれる。


「それじゃ、今日最初の路線馬車に乗り込むとするか」


耀太はわざとオーリーと話しやすい御者台のすぐ後ろの席に着いた。


「わたし、オーリーさんたちに聞きたいことがあるから、ここに座らせてもらうね」


隣にアリアが乗り込んでくる。


「では、出発するよ!」


オーリーの父が馬車をゆっくりと進める。


馬車がオーショアの入り口を出て街道に入ると、さっそく御者台に乗ったオーリーが振り返って、耀太たちの方に顔を向けてきた。


「皆さん、たぶん朝ご飯は食べていないですよね?」


「うん、宿は素泊まりだったからね」


耀太はこちらの事情を説明した。


「やっぱりそうだと思いました! 良かったら、これを食べてください! わたしと母で作ったおにぎりです。モーニングサービスです!」


オーリーが布に包まれた一抱えもありそうな荷物を取り出す。


「わっ! オーリーちゃん、ありがとう! 感動の余り、先生、泣いちゃう!」


教え子たちよりも早く包みを受け取ると、すぐに中からおにぎりを取り出して、さっそくぱくつき始める新卒の教師。しかも両手に一個づつ持って、交互に食べるという離れ業まで披露してくれる。ちなみに涙は一滴もこぼれていない。涎は垂れていたが……。


待望の朝食にありつけたせいか、車内が一気に騒がしくなる。


「そういえば皆さん、何かわたしに聞きたいこととかはありますか?」


オーリーが皆の顔を見回す。もっとも、耀太とアリア以外はおにぎりを食べることに夢中で、果たしてオーリーの質問を聞いていたかどうかも怪しい。


「オーリーさん、次の街ってどんなところなのかな? 宿屋があるということしか情報がなくて困っていたんだ」


ちょうど聞きたいことがあったので、耀太はさっそくオーリーに尋ねることにした。


「次の街は『フーリマヤ』というところになります。規模としてはオーショアより少し大きいくらいです。街というよりは町といった感じですが、一応、宿屋も食事処も一通り揃っています。もっとも皆さんは西を目指しているということですから『フーリマヤ』に着いたら、すぐに別の路線馬車に乗り換えた方がいいかもしれません」


「ていうことは、『フーリマヤ』からも路線馬車が出ているんだ?」


「はい、出ています。この馬車は『フーリマヤ』停まりですけどね」


「それはいいことを聞いたよ。それで『フーリマヤ』からはどこに向かう馬車が出ているのかな?」


「少し内陸に入ったエリアにある『バリーポイント』という街に向かう路線馬車が出ています。それと馬車じゃないですが、歩きでなら『カスビサイド』にも行けますよ!」


「『カスビサイド』は海岸に面した港街だから、歩いて行くとなると『フーリマヤ』からは険しい崖の坂道を下って、海岸に向かうことになるんだ。だから、あまりオススメはしないけどね」


そこでオーリーの父親が話に加わってきた。


「『バリーポイント』まで行けば『カスビサイド』に向かう路線馬車があるから、特別急いでいるようでもなければ、その行程が一番無難だと思うよ」


器用に手綱を操りながらオーリーの父親がさらに詳しく教えてくれる。


「そういうことなら、ここはムリに歩かずに路線馬車を乗り継ごうかな」


耀太の気持ちはその方向で固まりつつあった。



それに先生の食べっぷりを見ていたら、とても『フーリマヤ』から歩けそうにないからな。



そう心の中で付け加える。組木はまるで遠足を楽しむ幼稚園児のようにおにぎりに夢中になっている。口元にはご飯粒が付いているが、さすがにそれを注意するのは面倒なので、ここは見て見ぬ振りをする。


「オーリーさん、『フーリマヤ』まではどれくらい時間が掛かるのかしら?」


アリアが大切なことを質問した。


「およそ二時間で着くと思います」


オーリーが懐から懐中時計を取り出して時刻を確認する。


「おにぎりを食べて、少し車内で休憩できる時間もありそうね。それじゃ、わたしもおにぎりを頂こうかしら。ていうか、この世界にもおにぎりってあるんだね! なんだか少し不思議な感じがするけど」


アリアが手に取ったおにぎりをさも珍しそうに見つめる。


「たしかに異世界でおにぎりって妙な感じだよな」


耀太もおにぎりをもらって一口食べた。


「うん! 現代日本で食べるおにぎりと遜色がないくらい美味しい! オーリーさん、絶対に料理の才能あるよ!」


「本当! ありがとう! 朝早く起きて、準備してきて良かった!」


オーリーも嬉しそうに微笑む。



天気は快晴だし、隣にはアリアが座っているし。これで何のトラブルもなく、路線馬車を無事に乗り継いで旅が出来れば最高の一日になるんだけどなあ。



そんなことを思いながら、おにぎりを頬張るアリアの横顔を眩しそうに見つめる耀太だった。

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