第36話 三日目 思いがけない贈り物

「えっ、オーリーさん! どうしたの? 家に帰ったんじゃなかったの?」


耀太は突然の闖入者に驚きの声を上げた。宿屋の入り口に姿を見せたのは、先ほど別れたばかりのオーリーだった。


「もしかしてオーリーさん、忘れ物でもしたの?」


アリアはそちらの方の心配をしている。


「いえ、忘れ物を取りに来たわけじゃないので」


「それじゃ、何か問題でも――あっ、まさか、あの男たちが懲りずにまたちょっかいを掛けてきたんじゃ――」


「そちらの心配もありませんから」


「それならいいんだけど」


アリアはほっと安心したような表情を浮かべる。さすがはアリアである。耀太が頭が回らないことまで先読みしてオーリーのことを案じている。


「実は一度家に帰って、夕食の準備をし始めてから気が付いたんですが――」


オーリーはそこで言葉を切ると、何事か確認するかのように耀太たちの様子を見つめてきた。


「もしかしたらですが、皆さん、夕食ってまだ食べていないですよね?」


「えっ、うん、食べていないけど……」


耀太は答えながらも、まだオ-リーの登場に戸惑っていた。


「やっぱりそうだったんですね! この世界では旅の費用を抑えるために、自炊用の食料を持って旅をする旅行者がたくさんいて、この宿のように素泊まり専門の宿泊所も数多くあるんですよ! そのことを思い出したんです。それで、もしかしたら皆さんは食事の準備をしていないんじゃないかと不安に思って、こうして確認をしに来たんです」


「実はおれたちもそのことをさっき宿の人に聞いて、初めて知ったんだ。おまけに近くに食事処もないっていうし……。それで仕方なく、今夜の夕食は諦めようと思っていたところなんだ」


耀太は正直にこちらの事情を包み隠さずにオーリーに伝えた。


「そういうことなら、ぜひわたしの家に来てください! 簡素な田舎料理しかお出し出来ないですが、皆さんに夕食をご馳走しますので!」


「えーーーーっ、オーリーちゃん、マジ女神! マジ感謝! わたしの生徒たちなんか、みんな、わたしに飢え死にしろって命令してきたんだよ!」


いきなりオーリーに泣きつく空腹の新米教師。どうやら組木は相当お腹を空かせていたらしい。



クミッキー先生、そういうデマを勝手に広げないでください! おれたちは一度たりとも飢え死にしろなんて言ってないですから! ていうか教師なんだから、マジとか言っちゃダメですよ!



いつもの内心ツッコミをしてしまう。


「ていうことは、これで今夜はキャンプファイヤーを楽しめるって言うことだよね! ラッキー! 今夜はパーティナイトに決定だね!」



そこのバスガイドさん、オーリーさんは夕食をご馳走してくれるとは言ってくれたけど、キャンプファイヤーの準備までしてくれるとは一言たりとも言ってませんから! 無断でパーティナイトを開催しないでください!



大人二人は相変わらず好き勝手なことばかり言う。


「ヨータ、わたしに感謝しなさい!」


「いきなりなんだよ、ヨーハ! なんでヨーハに感謝しないとならないんだよ?」


「わたしはこうなることを事前に予想して、ジフサワーの街でオーリーさんを旅に誘ったんだからね!」


耀葉が胸を張って言い張るが、絶対にウソに決まっている。


「ねえねえ耀太くん、せっかくだから今夜はオーリーさんのお言葉に甘えることにしない? 正直、私もお腹を空いているから」


姉の言葉にあきれ果てていた耀太にアリアが声を掛けてきた。


「ああ、もちろん、ここは断る理由はないし、今夜はオーリーさんに甘えよう!」


「日本では『旅は道連れ世は情け』っていうけど、それは異世界でも変わらないっていうことだな」


慧真がダジャレを封印して、真面目な顔でまともなことを言う。


「それじゃ、オーリーさん、こっちは七人もいるけど、ぜひ夕食をご馳走してもらえるかな?」


改めてオーリーの顔を見つめた。


「はい、喜んで! ぜひうちに来てください!」


オーリーが笑顔で大きく頷く。


こうして耀太たち一行はオーリーに先導されて、オーリーが住む家に案内された。オーリーの家は村外れに位置しており、家の裏手には広大な放牧場が広がっているのが見えた。


「そういえば馬にリンゴをあげるって言っていたけど――」


放牧場を見つめながら、ジフサワーで聞いたオーリーの言葉を思い出した。


「そうなんです。わたしの家では路線馬車を引く馬たちの世話をしているんです。今は夜なので馬たちは厩舎にいますよ」


誇らしげに言うオーリーの顔からは、本当に馬が好きなんだなという気持ちが伝わってくる。


「馬の他に、牛とニワトリも飼育しているんです! だから、今夜は新鮮な卵と牛乳を使った料理を皆さんにお出ししますね!」


「その言い方だと、期待してもいいのかな?」


「もちろん、期待してください! もっとも大きな街の食事処で出てくるような高級料理っていうわけにはいかないので、そこのところだけはあんまり期待しないでくださいね」


「こういう小さな村で出てくる素朴な田舎料理こそ、わたしたちにとっては一番のご馳走なんだよ!」


耀葉はスマホを取り出して、今から写真に収める気満々である。


ロッジハウス風の大きな丸太で組まれた家の入り口から室内に入った。


「うわっ! 広ーい! なんかわたしたちの世界で言うところの古民家レストランみたいな感じだね!」


耀葉は家主に確認することなく、さっそく写真をバシャバシャ勝手に撮り始める。


「気に入って頂けたみたいで良かったです! それじゃ、さっそく夕食の準備を始めますから、皆さんはこの先の広間で待っていてください!」


オーリーはキッチンがあるのだろう部屋の奥に姿を消す。


耀太たちが向かった広間には、暖炉が据え付けられており、部屋の中央に一枚板で作られたと思われる大きなテーブルがでんと置かれていた。すでに人数分の食器類が用意されている。


「クミッキー先生、良かったですね。この分だと、想像以上の豪華な料理が食べられそうですよ」


「さすが異世界で初めて出来たわたしの生徒ちゃん! わたしの目に狂いはなかったということね!」


「馬に牛に、それからニワトリも飼っているっていうことは、今夜のご馳走は『馬刺し』に『すき焼き』に『唐揚げ』かな?」


「フーミンさん、冗談でもそういうことは言わないでください! 本当にその料理が出てきたら、すごく食べにくいでしょうが!」


別に食肉文化を否定するつもりはさらさらないが、馬のことを語るオーリーの楽しそうな表情を見た後で、その肉料理を食するのは、さすがに食べ辛いことこの上ない。


「大丈夫、大丈夫! あたし、バスガイドだから、そういうのは気にしない性質なの!」


「いや、バスガイドは関係はないですから! ていうか、フーミンさんひとりだけの問題じゃないですからね!」


「耀太くん、大丈夫だよ。さっきオーリーさんも『卵』と『牛乳』を使った料理だって言っていたでしょ?」


イスに腰掛けたアリアはハンカチで手を拭いている。


「そういえばそんなこと言ってたよな。ていうことは肉料理は出てこないって考えていいのかな?」


耀太は少しだけ胸を撫で下ろす。


耀太たちがそれぞれ勝手に話していると、広間のドアが開いて、オーリーが姿を見せた。両手には料理を載せたお盆を持っている。


「用意が出来たので、テーブルに並べていきますね!」


オーリーはお盆をテーブルに置くと、そこから料理が盛り付けらたお皿を順番に並べていく。テーブル上に豪華な料理がずらっと並ぶ。部屋中に食欲をそそる香りが広がる。


「それじゃ、今夜のメニューを説明しますね! ほうれん草を混ぜた卵焼きに牛乳と野菜をじっくり煮込んだシチュー。それに卵と新鮮野菜のサンドウィッチ。そしてデザートは甘いホットミルクと卵プリンになります!」


「すごいなあ! 一流レストランの料理と変わらないよ!」


耀太は目の前に並んだ料理の数々を見て、お世辞抜きで感心してしまった。


「本当に量が多いだけの、ただの田舎料理ですから」


オーリーはしきりに謙遜する。


「では、さっそく召し上がってください。味付けも喜んでもらえると嬉しいんだけど」


一同はそれぞれ料理を口にした。その途端――。


「美味しい! 美味しすぎるよ!」


「ダジャレが吹き飛ぶくらいの最高の味付けだ!」 


「これが異世界の一般人が食べる料理なんだ!」


「写真を撮るのも忘れちゃうくらいの美味ね!」


「教師になってから食べた料理で一番美味しいかも!」


「バスガイドとして、この料理は五つ星をあげちゃう!」


「異世界料理、恐るべし……」


耀太を含めて、一同絶賛の嵐だった。


「おやおや、どうやら喜んでもらえたみたいで良かったよ」


「そんなに喜んでもらえると、作った甲斐があるというものね」


落ち着き払った深い声とともに二人の大人が姿を見せた。オーリーに似た顔付きを見るまでもなく、オーリーのご両親だと分かった。


「皆さんのことはオーリーから聞いております。なんでもジフサワーで娘がトラブルに巻き込まれたところを助けて頂いたとか」


父親の方はおっとりとした穏やかなしゃべり方である。


「いえ、助けたなんて大げさですよ! たまたま通りかかったところで、声を掛けたまでのことですから。それよりもぼくらの方こそ、こんな豪華な夕食をご馳走になって、なんだか申し訳ないです!」


食べることに夢中になっている教師に代わって、耀太はオーリーの両親の相手をする。


「あらあら。オーリーが言っていたみたいに、本当に皆さんは心がお優しいんですね」


母親の方は耀太たちのことを好ましげに見つめてくる。オーリーが耀太たちのことを両親にどんな説明をしたのか分からないが、とりあえず好印象は持たれているみたいだ。


その後、オーリーの両親も交えて楽しく食事は進んでいった。そして出された料理を半分ほど食べ終えたところで、それを待っていたかのように父親が奥の部屋に引っ込んでいった。


「実は菜呂くんにどうして渡したいものがあったから、お父さんに物置小屋の中を引っ掻き回して探してもらったの」


オーリーがまるでいたずらっ子がするようなチャーミングな笑顔を見せる。


「えっ、ぼくに渡したいもの?」


菜呂は突然名前を呼ばれてびっくりしたのか、きょろきょろと挙動不審なくらい頭を左右に振る。


「使い道がなくて物置の奥の方にずっとしまったままになっていたんだが――」


そう言いながら戻ってきた父親の手には、長さ2メートル弱はありそうな先端部分がクネクネと曲がった古めかしい木の棒が握られている。


「ほら、峠道で菜呂くんが持っていたおもちゃの魔法の杖が折れちゃったでしょ? その代わりといってはなんだけど、ここに来る途中でも話したと思うけど、わたしの曾祖母は魔法使いだったから、その曾祖母が使っていた魔法の杖を菜呂くんにあげようと思って」


「ま、ま、魔法の杖? それじゃ、その杖を持っていれば本当に魔法が使えるの……?」


驚きのあまりか、菜呂はおもちゃの魔法の杖と言われたことには気付いていないみたいだ。


「実際にこの杖を持てば魔法が使えるかどうかは分からないの。わたしも子供の頃、遊びで手にして振ってみたけど、全然魔法は使えなかったから。もしかしたら魔法を使用するには『能力』みたいなものが必要なのかもしれないし」


「でも、そんな大事なものを本当にもらってもいいんですか?」


菜呂は喉から手が出るほど欲しがっている顔をしているが、そこは一応常識をわきまえているのか、一度断りを入れる。


「わたしたち家族が持っていても使わないし、そもそも魔法も使えないからね。それなら本当に欲しい人に持ってもらった方が良いと思って」


オーリーは父親から手渡された魔法の杖を菜呂の前に差し出す。


「あ、あ、ありがとうございます! い、い、一生大事に使わせてもらいますので!」


菜呂が震える手で魔法の杖を受け取る。


「そうか、やっぱりあの峠道でのトラブルは『クエスト』だったんだ! その『クエスト』の報酬が、この『魔法の杖』だったんだ! ふっふっふっ、ついに時は来たりけり! 我が究極の魔法を今こそ発動したりけり! いざ、ステータスオープ、ステータスオープン――」


「はいはい、ちゃんとお礼を言ったら、その道具は大切にしまっておこうな!」


これ以上菜呂にくだらないことを言わせると、せっかく親切にしてくれたオーリーファミリーから白い目で見られること請け合いなので、耀太は強引に菜呂の時代がかった口上を封じ込めた。


「ステ……オー……」


耀太に両手で口を押さえられながらも、いつものセリフを言おうともがき続ける菜呂。


そんな無邪気に喜ぶ菜呂の姿を尻目に、耀太はこの魔法の杖に一抹の不安を覚えるのだった。



この魔法の杖が何かの前触れにならなきゃいいんだけど……。まさかこれで新たなトラブルのフラグが立ったとかいうわけないよな……?



一人悩む耀太を尻目に、他の者たちは偶然が引き合わせた楽しい夕食会に声を弾ませている。


それから一時間――。


宴もたけなわだったが、翌日の旅の日程も考えて夕食会はお開きとなった。


耀太たちは名残惜しさを感じつつも、宿屋へ戻ることにした。


その帰り道、夜中だというのに近所迷惑など顧みずにもらったばかりの魔法の杖をぶんぶんと振り回しながら『ステータスオープン!』と叫ぶ生徒がひとりいたが、もちろん、ステータスがオープンすることは一度たりともなかった。


耀太も本当に菜呂が魔法を使えるようになるとは思っていないが、なにせここは異世界である。まさかということもあるので……。


その晩、耀太は魔法の杖の存在が気になってしまい、結局、浅い眠りのまま翌朝を向かえることになってしまった。

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