第23話 二日目 人気食事処の主の正体は?

美味しそうな料理が載ったお皿がゆっくりと店内を流れている。その光景は現代日本でよく見かける、ある飲食店にとても似ていた。


「ケーマ、これって回転寿司にそっくりじゃんかよ!」


耀太は異世界でのありえない光景を見て、一瞬我が目を疑った。何度も目をパチクリさせて確認するが、店内を移動するお皿の流れは変わらない。


「そうだよ、ヨータ! どこからどう見ても、これは異世界回転寿司なんだよ! なっ、オレが言った通り、驚くこと間違いなしだろう? いや、驚きを通り越して、もはや奇跡に近いよ!」


慧真も店の様子に興奮を隠し切れない。


「異世界にこんな飲食店があるなんて思いもしなかったな……」


たしかに現代日本にある回転寿司店とよく似ていたが、しかし大きく異なる点がひとつだけあった。それは、お皿は動くレーンに載って流れているのではなく、水の流れに乗って移動している点である。


店内には小さな水路が所狭しと設置されており、そこをゆっくりと水が流れていた。水の上に浮いた皿は、その水流に乗って水路の中をどんぶらこどんぶらこと移動していた。


「電気で動くレーンを使わずに、水流の力だけを使って、回転寿司みたいにお皿を動かしているわけね」


才色兼備のアリアはすぐに仕組みを見抜いたみたいだ。


「なるほど、そういうことか。でも、それにしてもよく考えられたシステムだよな」


アリアの説明を聞いても、まだ異世界に回転寿司に似た食事処があるなんて信じられなかった。


「なあ、ヨータ、ぼーっと眺めていないで、肝心の料理を食べようぜ! 見ているだけじゃ、お腹は満たされないからな!」


慧真に促されるようにして、耀太たちは男子と女子に別れて、それぞれテーブル席に着いた。


テーブルのすぐ横には水路が設置されており、手を伸ばせば料理が載った皿を手で取ることができた。皿に載っている料理こそ異世界のものだが、システム自体はまさに水路を使った回転寿司といえた。


「これを考えた人って、チョー天才クリエイターなんじゃないの? ひょっとしてナーロくんが言う異世界スキルでも使って、このシステムを作り上げたのかな?」

 

我が姉上が大声をあげながら興奮した様子で写真を連写で撮っているが、ここは注意することよりも自分の食欲を満たすことを優先させる。


「早く地酒が流れてこないかな。もちろんワインでもいいんだけど! あっ、流行りの地ビールとかもいいかも!」


「おかしいなあ? いつもデザートで食べているベイクドチーズケーキが流れてこないんだけどまだかなあ? それとも今作っている最中なのかなあ? チーズケーキが無いのなら、抹茶ティラミスでもいいんだけどなあ」 


大人二人につっこむのは面倒くさいので、やはり自分の食欲を優先させる。


耀太たちはそれから一時間ほど掛けてランチを大いに楽しんだ。味は申し分なく、大満足で食事を終えた。


「さあ、食欲も満たしたことだし、そろそろお店を出ようか。いつまでもここに留まっているわけにはいかないからな」


耀太は旅の資金から食事の会計を支払った。全員が満腹と満足の両方を味わって店から出ようとしたとき、不意に呼び止められた。


「給仕係から見慣れない一団が来ていると聞いて、こうして見に来たんだが……。もしかしたら君たちは『東京』から来たのかい?」


「えっ、どういうことですか? ていうか、どうして東京のことを知っているんですか?」


思いもよらない掛け声に、耀太は素早く声の方に振り返った。そこに厨房から顔を覗かせる二十代後半くらいの男性の姿があった。耀太たちのことを信じられないといった目で凝視している。


「まさか……あなたも――」


何かに気付いたらしいアリアが真っ先に声を上げる。


「あっ、その話は待ってくれ! 詳しい話はここでは出来ないから! とにかく、ちょっと奥に来てもらえるかい!」


そう言って耀太たちを人気のない店の奥へと急いで誘う男性。耀太たちは店の食材置き場として使用されている一角に案内された。


「私はこの店の主で名前はギザーン・デ・シースーという」


男性は売れないハリウッド俳優みたいな名前で自己紹介をした後、衝撃的な言葉を続けた。


「もっともギザーンというのはこの世界での名前で、本名は月屋橋次郎つきやばしじろうというんだ。君たちと同じ、れっきとした日本人だよ!」


「えーーーーっ!」


耀太たち7人は同時に驚愕の声を上げた。それほどまでに衝撃的な告白だった。


「あ、あ、あの……それじゃ、月屋橋さんもこっちの異世界に――」


「ああ、気が付いたら元いた世界からこっちの世界に飛ばされていたんだ」


耀太の質問に、月屋橋は予想通りの返答をした。



これってマジなのか……? おれたちと同じように現代日本から異世界転移してきた日本人がいたなんて……。



驚きがあった。衝撃もあった。しかし同時に自分たちと同じ境遇の日本人がこの世界にいるという事実を知って、どこかホッとした部分もあった。


「あの、月屋橋さんはどういった経緯でこの世界に――」


月屋橋に一番聞きたいのはまさにそこだった。


「私は仕事から家に帰ってきたある晩に、疲労のせいで玄関で倒れてしまったんだ。そして次に目を覚ましたら、なぜかこの世界にいたんだよ」


「何らかの衝撃が身に起きて、こちらの世界に転移したというのは私たちと似ていますね」


アリアが論理的に指摘する。


「私も最初こそ戸惑いもしたがすぐに気持ちを切り替えて、この世界で生きていく方法を考えることにしたんだ。まずは働かなくてはいけないから、そこで日本で人気のある回転寿司をなんとかこの世界で再現出来ないかと考えて、試行錯誤の上、ようやく今のこの店のアイデアにたどり着いたというわけさ。むろん、この世界にはまだ電気がないから、レーンを電機で動かすことは出来ない。そこでレーン自体を無くして、その代わりに高いところから低いところに流れる水の力を使うことにしたんだ」


口では簡単に説明したが、きっと実現するまでには計り知れない努力があったであろうことは察せられた。


「そうだったんですか。やっぱり回転寿司からアイデアを思いついたんですね。でも自分の働き口を考えるよりも先に、日本に帰りたいとは思わなかったんですか?」


「生憎と元いた世界には良い思い出がなくてね。私が勤めていた企業はいわゆるブラック企業というやつで、それで私も倒れるまで働かされていたんだよ」


月屋橋はさびしそうに視線を床に向けたが、すぐにパッと顔を上げた。さらに続けて――。


「だから私がこの世界に飛ばされてきたのは、きっと神様がくれた第二のチャンスなんだと思ったんだ!」


目を輝かせてそう話す月屋橋の姿からは後悔や悲哀は一切感じられない。



そういう考え方も、そういう生き方もあるんだろうな。もっとも、おれは一秒でも早く元の世界に戻りたいけど。



胸に抱えた事情は人それぞれ違う。きっと月屋橋も何度も考えた上で、そういう結論に至ったのだろう。だとしたら外野がどうこう言うことではない。


「それに私はこの世界でやっと本当の幸せを見つけることが出来たんだよ。元の世界にいたときには決して見つけられなかった幸せをね!」


月屋橋が見つめる視線の先には、こちらを心配げな顔で窺うひとりの女性の姿があった。エプロンを付けているところを見ると、おそらくこの店の給仕さんなのだろう。その表情から二人がどういう関係であるかは一目瞭然だった。


「あの女性は月屋橋さんの――」


「ああ、この世界で結ばれた私の最愛の女性だよ。元の世界にいたときは毎日深夜まで働き詰めで恋愛なんて一切してこなかったが、まさか異世界で恋に落ちるなんて思いもしなかったけどね」


「月屋橋さん、もしかしてあの女性の方は――」


アリアはさらに何かに気付いたらしい。その視線は女性の腹部に向けられている。心なしか少しふっくらしているようにも見える。


「ああ、そうだよ。私たちとっての初めての子供なんだ。お腹の赤ちゃんに障るから家でじっとしているようにと言っているんだけど、体を動かした方がいいってきかないもんでね」


困ったもんだとばかりにそう言うが、その顔には隠しきれないほどの幸せオーラが浮いている。


「まあ、私の話はここまでにして、君たちの方こそ、いったいどういう事情でこの世界に来たんだい?」


「実はぼくたちは――」


耀太が代表してこれまでの事情を説明した。


「そうだったのか……。崖から転落した衝撃が原因で……」


「その後で今度は騎士団に率いられて、王宮まで連れて行かれたんです」


さらにそこからの経緯についても詳しく話した。


「そんなことがあったんだ……。私がこの世界に飛ばされてきた二年前は王様の評判も良かったんだが……。ここ一年くらい変な占いに凝っているらしくて、良くない話をお客さんからたくさん聞くから、もしかしたらそれが原因で無謀な旅の賭け話を持ち出したのかもしれないな……」


月屋橋が難しい顔をする。



やっぱり占いか……。でも、王様の悪評が庶民にまで伝わっているのは少し気になるよな……。



耀太は記憶をたどってアヴァンベルトが話してくれた占い師のことを思い出した。


「あのー、この国には魔物やモンスターがいるって聞いたんですが、魔物を倒すような魔法とかは存在しているんですか?」


菜呂はまだそこに拘りを持っているみたいだ。


「いや、私は魔物は見たことないし、魔法の話も聞いたことがないな」


月屋橋が首を振る。


「そうなんですが……」


目に見えてがっくりと落ち込む菜呂。


「ただ、この世界の過去に『大魔法使い』がいたという伝説や言い伝えは残っているみたいだ。まあ、私たちの元いた世界で言うところの神話に出てくる神様みたいなものだろうから、本当に魔法や魔法使いが実在したのかどうかは怪しいと思うけどね」


「そうか! その大魔法使いの生まれ変わりとして日本から召喚されたのがこのぼくなんだ! 絶対にそうに違いない! そうだとしたら魔法の練習を今からしておかないと!」


なぜ菜呂がそういう結論に至ったのか理解に苦しむが、もうすっかり元気を取り戻している。そして例によってまた――。


「ステータス・オープン! カロヒ・アマチャ・ドセ!」


さっそくおもちゃの魔法の杖を振り回し始める。


「とにかく君たちも旅を続けるのならば気をつけて。もしも困ったことがあったら、いつでもここに来るといい。食事も出すし、泊まるところが見付からなければここに泊めてあげるから」


「はい、いろいろと教えていただいてありがとうございました!」


礼を言ってその場から辞そうとしたとき、史華がぽろっと重要なことをつぶやいた。


「日本人がここにいるっていうことは、もしかしたらまだ他にも日本人がこの世界にいるっていうことなのかな?」


「ちょっと史華さん、それってすごく重要なことですよ!」


珍しくアリアが大きな声を上げた。


「月屋橋さん、そのあたりの事情はどうなんですか? 史華さんが言ったみたいに他の日本人というのは――」


「いや、私の店に来た日本人は君たちが初めてだよ。自分以外の日本人がいるなんて、私も今日まで考えたことがなかったからな……。でも今の発言を聞いて、たしかに私たち以外の日本人、あるいは地球人がこの世界にいてもおかしくない気はするな。もしかしたら私と同じようにこちらの世界でちゃんと生活をおくっていて、逆に名乗り出にくいということもあるかもしれないし……」


月屋橋は腕を組んで、しきりに首をひねって考え込む。


「そういう可能性もあるのか……」


月屋橋の考えを聞いて、耀太もそれは一理あるように思った。異世界から転移してきたことが周囲にバレて諍いが起こるのを防ぐために、あえて元の身分を隠している可能性は十分にありえる気がする。現に月屋橋も元の身分を隠して生活しているのだから。


「――まだまだ話をしたいんですが、ぼくらはそろそろ旅に戻らないといけないので」


後ろ髪を引かれる思いもあったが、耀太たち一行は月屋橋に別れの挨拶をすると、今度こそ本当に店を出た。


「同じ現代日本から転移してきた月屋橋さんに出会えて、なんだか気持ちがだいぶ楽になった気がするなあ」


独り言のようにつぶやくアリアの口元には春の日差しような温かい笑みが浮いていた。



おれもアリアと同じで、月屋橋さんと出会えて、なんだか勇気を貰った気がしたよ。



口に出して言うのは恥ずかしいので、心の中でアリアの言葉に返答した。



さあ、おれたちもこの先旅を頑張らないと! 次の目的地はショウスサウだ!



耀太たちは今宵の宿泊先に決めたショウスサウに進むべく、路線馬車の停留所に向かった。

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