第24話 二日目 またまた宿屋トラブル発生
午後二時にキサリスを発車した路線馬車は、定刻通りに夕方の四時にショウスサウに到着した。
ショウスサウは海に面した一大観光地と教えられていたが、耀太は実際に自分の目で見て、それが本当だと実感できた。
目の前には鮮やかな青い海と白い砂浜がどこまでも広がっている。現代日本でもあまり見かけない、美しい海岸風景だった。
通りを行き交う人々の服装も今までの町と大きく異なっていた。カラフルなリゾートファッションに身を包んだ観光客が通りを陽気に闊歩している。若者から家族連れまで幅広い世代の人々の楽しげな声がそこかしこから聞こえてきて、街全体が非常に活気に満ちている。
通りから見える海岸には海の家が何件も並んでいた。店頭で食べ物を販売している店もあるらしく、潮風に乗って美味しそうなニオイが運ばれてくる。
日没までまだ時間があるためか、この時間でもまだ波打ち際では若者のグループがきゃっきゃっと大きな歓声をあげながら水遊びをしている。
「今まで一番賑やかな街だよな。旅の途中じゃなければ、オレたちも楽しめたのにな」
馬車から顔を出した慧真が観光客を羨ましげに見つめている。
「まあ、しょうがないさ。おれたちにはおれたちの旅の目的があるんだから」
耀太は親友を慰めた。耀太だって出来ることならば浜辺でアリアと水遊びをしたい心境だ。二人で波打ち際を走りながら、青春の思い出の1ページを作りたかった。
いや、ヤバイ、ヤバイ! こんなことを考えていると、またヨーハのやつにどやされるからな!
耀太は頭を振って、妄想を振り払った。
「ねえ、なんでこんなにカップルが多いの! これって新卒の教師に対する嫌がらせでしょう! こうなったら文部科学省に訴えるしかないわね!」
噛み付かんばかりの顔で海岸の方を睨んでいる教師がいる。どうやら問題児は耀太ばかりではなかったようだ。
「新卒の教師はキツキツの学校行事の日程のせいで、休日に遊ぶ時間さえないのに!」
クミッコー先生、教え子が目の前にいるのに学校のグチを叫ばないでください!
「あっ、海岸でバーベキューをやってるんじゃん! あたしも後で仲間にいれて貰おうかな!」
完全にリゾート気分のバスガイドもいる。
バスガイドさんも勝手なことを言わないでください! まったく、この大人二人は旅の目的をすっかり忘れているみたいだよな。
耀太もここまでの短い旅の間に、すでに組木と史華の対する認識を改めていた。
「耀太くん、この街並みを見る限り、宿もたくさんありそうだし、昨日みたいに宿泊施設に困ることはなさそうだね。それだけでも良かったよね」
さすがにアリアは観光地の雰囲気に浮かれることなく冷静に分析している。
「うん、そうだよな! それじゃ、さっそく今夜の宿を探そうか!」
耀太は意気込んで馬車から降りたが、すぐに我がままな姉上から注意された。
「これだけ大きな観光地なんだから、みんなで宿探しをするなんて効率が悪すぎるでしょうが!」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ?」
「ここは宿探し班と食事処探し班と路線馬車の聞き込み班の三班に分かれて行動するの! そうすれば時間の短縮になるでしょうが!」
耀葉の鶴の一声で耀太たちは三班に別れて、それぞれ行動することになった。宿探しは慧真と菜呂の二人。食事処探しは耀葉、組木、史華の女性三人組。そして路線馬車の聞き込みは耀太とアリアの二人の担当になった。
ヨーハもたまにはいいこと言うよな。これでまたアリアと二人きりになれたよ。
耀太は内心ほくそ笑んだ。
「それじゃ、三十分後にまたこの海岸前の広場に集合ということで一旦解散しようか」
「よし、オレたちは良い宿を探して来るから、楽しみに待っていてくれよな!」
慧亜と菜呂は宿がありそうなエリアに向かっていく。
「フーミンさん、組木先生、わたしたちもご当地グルメを探しに行きましょう!」
耀葉を先頭にして人ごみの中を颯爽と進んでいく女性トリオ。
これでアリアと二人きりだ。
耀太が満面の笑みをアリアの方に振り向けようとしたとき――。
「弟くん、ここが観光地だからって、浮かれ気分で二人だけのアヴァンチュールを楽しもうだなんて、ふしだらなことを考えたらダメだからね」
いきなり背後から悪魔の声で囁かれた。
「おい、ヨーハ! いきなり耳元で囁くなよ! 驚くだろうが! おれはいつでも旅のことをちゃんと考えているからな!」
胸の内の高揚した気分を悟られるのを恐れて、あえて大きな声で言い返す。
「分かっているのならばよろしい。それじゃ、わたしは行くから」
耀葉が今度こそ本当に人ごみの中に消えていく。
まったくヨーハの勘の良さにはつくづく驚かされるよ。これじゃ、アリアと二人きりになっても気持ちが落ち着かないな。
耀太は耀葉の姿が完全に見えなくなるのを確かめてから、ようやくアリアと二人で路線馬車の聞き込みに向かった。
ショウスサウは観光地ということもあり、路線馬車の案内所は大きな観光案内所の中に併設されていた。耀太たちは中に入ると、窓口の順番が来るのを待って、さっそくこの先の路線馬車について聞き込みを始める。相手をしてくれたのは若い女性だった。
「すみません。ぼくたちここからローカル路線馬車だけを乗り継いでヅーマヌを目指しているんですが、ここから西に向かうにはどうしたらいいですか?」
「ここから西に行く路線馬車は二経路あります。まずは東にある観光地のランドベガスを経由して――」
その女性は観光客相手の説明に慣れているらしく、ぱっぱっと教えてくれる。
「あっ、その路線はいいです。ぼくたちは観光が目当てではないので。とにかく一秒でも早く西に向かいたいんです」
観光地のショウスサウから同じく観光地のランドベガスには直接路線が繋がっているらしい。遊ぶことが好きな史華がこの場にいないのは幸いだった。
「そうすると、あとは北西の『ジフサワー』に向かってもらうしかないですね。『ジフサワー』行きならば朝昼夕方に一便ずつ出ていますが」
「『ジフサワー』からはさらに西に向かう路線馬車はありますか?」
「直接西に向かう路線はないですが、遠回りでよいのであれば『ジフサワー』から路線馬車は出ているはずですよ」
どうやら、この先は『ジフサワー』行きの一択になりそうだ。
「ちなみに路線馬車を使わずに、ここから徒歩で直接西に向かうルートはありませんか?」
アリアが細かいところを確認してくれる。
「ショウスサウから直接西に向かうには、切り立った崖沿いの危険な道を進むことになります。道幅も狭く、路線馬車も通っていません。その道を徒歩で行くとなると、歩き慣れていない人には危ないと思いますが――」
「そうですか。そんなに危険なら徒歩で行くのは止めておいたほうがいいかな。――ねえ、どうする耀太くん? 安全な遠回りルートで進むことにする?」
アリアが可愛らしく小首をかしげて、耀太の顔をのぞき込んでくる。こんなときだというのに胸のキュンキュン度がマックスになってしまう。
ダメだ、ダメだ。こんな気分になったら、また双子のシンクロニシティーでヨーハにこっちの気持ちが伝わっちゃうからな。
高揚した気分を必死に押し止める。
「あっ、うん……。そのルートが無難だと思うよ……。歩きがないから、きっと組木先生も文句は言わないと思うし……」
そわそわした気分のまま答える。
「それじゃ、明日は『ジフサワー』行きで決定だね」
行き先を決めた耀太とアリアはその情報を持って、集合場所の広場に戻ることにした。
広場には食事処探し班の三人がすでに首を長くして待っていた。
「遅い! 待ちくたびれて首がキリンになっちゃったでしょうが! それでしかたないから時間つぶしのために、そこの屋台でご当地スイーツを買うハメになったんだからね!」
耀葉は両手に赤と黄色のアイスクリームらしきスイーツを持っている。耀太たちが早く広場に戻ってきていたとしても、きっと耀葉のことだからスイーツを絶対に買っていただろう。
「集合の時間までまだ十分もあるだろうが。それで肝心の食事処は見付かったのか?」
「最高に美味しそうな海鮮のお店を見つけたから、姉に感謝しなさい!」
いや、そんなことでいちいち感謝していたら、感謝の安売りになるからな!
耀太は心中でぼやいた。
「あたしもビアガーデンみたいに外でお酒を楽しめるお店を見つけておいたからね。他にも朝までやっている居酒屋さんも発見しちゃった。さすが観光地ね、こうでなくちゃ!」
史華はすっかり飲む気満々のご様子である。
だから史華さん、高校生の前で嬉しそうにお酒の話をしないでください!
観光地ならではの状況に耀太のボヤキも止まらない。
「とにかく、あとは宿探し班が戻ってくるのを待つだけか」
腕時計で時間を確認する。四時二十五分。
「この規模の観光地なんだから『星〇リゾート』の高級ホテルとかあるかもしないよね。バスガイドとして、あたしも一度は『星〇リゾート』に泊まってみたかったんだ!」
「史華さん、ホテル事業を手広くやっている『星〇リゾート』も、さすがに異世界ではホテル経営をしていないと思いますよ!」
一応、バスガイドさんにツッコミをいれておく。
「とにかく宿探し班が戻ってきたら、すぐに宿にチェックインして一息つきましょう。休めるときに体を休ませておかないと」
耀太たちは広場でぼんやりと観光客を眺めながら、さらに十分待ち続けた。
「おかしいな? もう約束の三十分はとっくに過ぎているんだけどなあ」
耀太は通りの方に目を向けたが、そこに慧真たちの姿はまだ見当たらない。
「もしかしたら、ナーロがまたくだらないお土産でも探しているんじゃないだろうな?」
通りには水着や日差しよけの帽子を売るお店だったり、カキ氷や冷たい飲み物を販売するお店が軒を連ねている。さらに色鮮やかな貝殻を使ったアクセサリーショップなんかもある。菜路が道草を食っている可能性は大いにありそうだ。
「もう少し待とうよ。きっと宿が多すぎて、どこにするか決められなくて遅れているだけかもしれないし」
アリアはこんなときでもクラスメートを思いやる心を忘れない。
「アリアがそう言うのならば、もう少し待とうか」
さらに待つこと五分――。時刻は四時四十五分。
「いあ、これ以上は待てないぞ。ていうか、二人に何かあったんじゃないのか?」
さすがに慧真たちのことが心配になってきたので、耀太は広場のベンチから立ち上がると、慧亜と菜呂を捜しに行きかけた。
「おーい! みんなー!」
ちょうどそこに大きく手を振りながら慧真がやってきた。
「遅いぞ、ケーマ! 何かトラブルがあったんじゃないかと心配していたんだからな!」
「そのトラブルが発生したんだよ!」
走り疲れたのか肩で息をつく慧真は、なぜか当惑した表情を浮かべている。
「慧真、どういうことだよ?」
「泊まれる宿がひとつも見付からなかったんだよ! 空いている部屋がひと部屋もないんだ!」
「マジかよ……」
新たなトラブルの発生に、耀太はまたまた頭が痛くなるのを感じた。
おいおい、おれたちの旅はなんでこうもトラブル続きなんだよ……!
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