第25話 二日目 そして、ぼくらは途方に暮れる
「部屋がないっていっても、こんなに大きい観光地なんだから、人目につきにくい路地裏とかに小さな宿とかあるんじゃないのか? 隠れ宿みたいなものが」
耀太は考えられる可能性に賭けて慧真に聞いてみた。しかし慧真の返答は――。
「ナーロと一緒に街中を隅から隅まで探したけど隠れ宿なんてなかったよ!」
慧真が大きく首を振る。
「とにかく最高級のリゾートホテルも最安の民宿みたいな宿も、どこも満室なんだ! それで宿屋の人に聞いてみたら、今日はこの世界でいうところの休日の前日にあたって、宿はどこも観光客で満員なんだってさ!」
「えっ、今日って休日前なの? それじゃ、どこも満室なのも納得だね。あたしもバスガイドをしていて、よくそういう部屋に困っている人たちをたくさん見てきたから」
さすが現役のバスガイドである。言葉に重みがある。
「でもそうなると、おれたちは今夜どうすればいいんだよ? この分だと最悪の場合、野宿するしかないっていうことか?」
耀太は思わず広場を見回してしまった。ベンチが何脚かあるので、無理をすれば寝られないこともないが……。
「野宿? わたし、布団がないと熟睡出来ないからね! 新卒の教師としてここまで生徒たちの面倒を見てきたんだから、せめて夜ぐらいは布団の上でぐっすり眠らせてよ!」
組木は野宿には断固反対らしい。
いや、組木先生、お言葉を返すようですが、むしろ逆に生徒のおれの方が先生の面倒を見てきたと思いますよ。
喉元までその言葉が出かかったが、きっと声に出して言ってしまうと組木がまた拗ねることになりそうなので、泣く泣く言葉を飲み込むことにした。
「ここは観光地だから街灯もたくさんあるし、夜は真っ暗になることはないと思うから、頑張れば野宿も出来なくはないけど……」
さすがのアリアも野宿という選択肢に頭を悩ませているみたいだ。
「ふっふっふっ! ついにこの瞬間が訪れたみたいね! バッカスは我に微笑みたり!」
なぜか菜呂みたいな口調で高らかに宣言をするバスガイド。
「ちょっと史華さん、部屋が見付からなかったからって、いきなり叫ばないでください! 周囲の人たちが白い目で見ていますから!」
「違うよ、耀太くん。史華さんは喜んで叫んでいるんだよ」
「喜ぶ? アリア、どうして史華さんは喜んでいるんだ? 今夜の宿泊先に困っているっていうのにさ」
「本当に残念な弟ね。教養がないのをわざわざ自分でひけらかすんじゃないの! いい、フーミンさんはバッカスが微笑んでくれたから喜んでいるの! バッカスというのはローマ神話でいうところのワインの神様だからね!」
「ワインの神様? あっ、まさか史華さん――」
「野宿がダメなら、朝まで営業している居酒屋で過ごすしかないでしょ! 朝まで時間があったら、異世界のお酒を全種類コンプリート出来ちゃわね!」
「いや史華さん、それはダメです! 居酒屋で朝まで過ごすなんて、おれは絶対に反対ですからね!」
酒好きの史華が朝まで居酒屋にいたら、どんな惨劇が起こるか想像に難くない。
「でも、泊まるところがないんでしょ?」
「いや、史華さん、たしかにまだ部屋は見付かっていませんが、居酒屋なんて論外もいいところですよ! ちょっと組木先生、お友達を注意してくださいよ!」
「細山くん、教育委員会も担任が付き添えば生徒が朝まで居酒屋で過ごすのを許可しているから、大丈夫よ! さあ、みんなで朝まで騒ぎましょう!」
組木も『居酒屋案』にノリノリである。
「先生、そんなこと教育委員会が許可するわけないでしょ!」
「ほら細山くん、あの海岸を見て! カップルが一組、カップルが二組、カップルが三組……。あっ、キスを迫ろうとしてビンタをされた男がひとり! これであのカップルは別れること確実ね!」
呪いの言葉を吐くが如く、低い声でつぶやく新卒の童顔教師。どうやら今朝の灯台での失恋をまだ引きずっていたらしい。
「こんな光景を見せられたとあっては、今夜は朝まで飲み明かしてウサ晴らしをするしないでしょ! いい、わたしの生徒として朝まで付き合ってもらうからね!」
いや、生徒を飲みの席に誘わないでください! 完全にアルハラですから!
「ついでに新卒なのに無理やり担任を任されたわたしのグチを全部吐き出してやる!」
いや、学校のグチまで生徒に聞かせないでください!
大人二人は完全に居酒屋案に気持ちが傾いてしまっているらしい。ここはなんとしてでも居酒屋案を廃案に追い込まなくてはならない。
「あっ、そうだ。お酒に回すお金はないですからね! この旅では無駄遣いは『
「ヨータの言う通りだな。『
慧真がすぐに茶々を入れてくる。
「おれはそういう意味で言ったわけじゃないぞ! だいたいケーマは居酒屋で朝まで過ごすことに賛成なのか?」
「部屋がないんじゃ、しょうがないだろう? 少なくとも野宿よりはマシだし」
「こんなときに得意の前向き精神を発揮しなくても良いから!」
「ねえねえフーミンさん、その朝まで営業している居酒屋さんって、スイーツもありますか?」
耀葉がどうでもいいことを聞く。
「うん、いっぱいあったと思うけど」
「それじゃ、わたしは居酒屋で朝まで過ごすのに賛成!」
姉が予想通りの決断を下す。
「おい、スイーツの有無で今晩の予定を決めるなよ! どんだけスイーツ好きなんだ!」
さすがにこのときばかりは普段頭の上がらない姉に対して反論した。
そんな風にして耀太たち一行が居酒屋に行くかどうかで揉めていると、人の良さそうな若い男性がこちらに近寄ってきた。
「すみません。向こうにいたら話し声が聞こえたので来たのですが、少しだけ私の話を聞いてもらえませんか? 決して悪い話ではないと思うので」
男性は低姿勢な態度で話しかけてきた。
「私、観光客相手に宿を手配する仕事をしているギーサと言います。実は本日、急にキャンセル客が入ってしまって困っていたところなんです」
「えっ、キャンセル客? それって急遽部屋の空きが出たということなの?」
同じ観光業に身を置くバスガイドがギーサの話に食いつく。
「はい、まさにそうなんです。一度、このパンプレットを見てもらえますか?」
ギーサは観光パンプレットを耀太たちに見せてきた。現代日本の旅行代理店の店頭に置かれているような写真付きのカラフルなものではなく、活版印刷で紙に刷られた簡易なものだった。
「ほら、コレコレ。コレを見てください! コレが私が事前に予約しておいたホテルなんです! この辺りでは一番高級なホテルなんですよ!」
パンフレットには城を模したような立派なホテルのイラストが描かれている。
「通常なら五万マルの代金がする部屋なんですが、こういう事情なので特別価格の一万マルでお譲りしますが、どうでしょうか?」
ギーザがパンフレットを示しながら熱心に勧めてくる。
「一万マルか……。さすがにちょっと高いかな……」
耀太はギーサの言葉を聞いて考え込んでしまった。一日の旅の資金は路線馬車代、食事代、宿代の全部を含めて、一万マルと決まっている。一泊のホテル代に一万マルは耀太たちの懐事情からするとかなりの割高になる。
「ねえねえ、このリゾートホテルにはお酒が飲めるラウンジはあるの?」
「もちろん、ありますよ! おまけにお酒は部屋代に含まれているので飲み放題です!」
「あたし、このホテルに決ーめた!」
「わたしもホテル中のお酒を全部飲んでやる!」
お酒好きのバスガイドと新卒の教師が真っ先に賛成する。
「女子ウケしそうなスイーツはある?」
「はい、ルームサービスで頼めますよ! もちろん、それも料金はホテル代に入っています!」
「まあ、昔から袖振り合うも他生の縁って言うからね。わたしとしても目の前で困っている人を無下に見捨てることは出来ないし、ここは気は進まないけど、今夜はこの高級リゾートホテルに泊まるしかないみたいね!」
言葉と裏腹に嬉しさを隠そうとしない姉の目は、スイーツにあり付けるとあって早くも喜々と輝いている。
絶対に自分の欲求に正直になっただけのことだろうが!
耀太はこの事態を自分に都合よく解釈する姉につっこんだ。
「なあケーマ、お前からもみんなになんとか言ってくれよ!」
「いや、ヨータ、ここは人肌脱ごうぜ。オレたちだって、この世界の人たちに助けてもらうことがきっとこの先あるだろうからさ。たしかに一晩一万マルは高いかもしれないけど、その分、どこかで節約すればいいだけだろう?」
慧真も高級リゾートホテル宿泊案に賛成らしい。
「ナーロ、おまえはどう思う?」
「ぼくはどこでも構わないけど。出来れば魔物やモンスターが出てくるホテルならばいうことないんだけどね!」
菜呂らしい解答である。
魔物とモンスターが出てくるホテルで泊まるって、もはや罰ゲームを通り越して、ちょっとした試練になっているからな!
こんなときだというのに、いや、こんなときだからこそ、いつものつっこみが止まらなくなる。
「なあ、アリア。アリアはどう思う?」
「私も賛成かな」
「えっ、アリアまで?」
意外すぎる返答に即座に聞き返してしまった。
「ねえ耀太くん、考えてもみてよ。朝まで居酒屋で過ごすよりは、高級リゾートホテルで過ごす方がよっぽど安全で健全的でしょ? 組木先生と史華さんの様子からして、今夜は絶対に飲まないと暴れそうな雰囲気だし。あの様子のまま居酒屋に行ったらどうなることか……」
アリアが大人二人に聞こえないようにするためか、耀太の耳元に顔を寄せてきて早口で囁いた。
「ああ、たしかにそういう考えも一理あることにはあるけど……」
組木と史華の顔にそっと視線を振り向ける。二人ともまだ酒が入っていないというのに、完全に宴会モード全開の顔をしている。
やれやれ、あの様子じゃ、これ以上反対したところで、こっちの話を到底聞いてくれそうにないよな。
耀太はそこで判断を下すことにした。
「すみませんが、そのホテルに案内してもらっていいですか?」
「はい! ありがとうございます! さっそくご案内いたします!」
こうして耀太たち一行はギーサを先頭にして歩き出した。
ちょうど水平線にきれいな夕日が沈み始め、海岸で遊んでいた観光客がいっせいに宿に戻り始める時刻になろうとしていた。たちまち通りは観光客でごった返してくる。
「これだけ観光客がいるんだから、それりゃ、どの宿も部屋は満室になるか」
耀太は観光客の波を起用に避けながらギーサの後を追う。
「こちらがみなさんが今夜お泊まりになるホテルです!」
ギーサが案内してくれたホテルはパンフレットに描かれていたイラストの何倍も豪華で豪勢な外観だった。耀太たちが気軽に泊まるようなホテルとは明らかに『格』が違った。
「今からあちらのフロントに行って事情を説明してくるので、しばらくここで待っていてください。それと申し訳ないんですが、私は宿代をすでに支払っているので、皆さんの宿代の方を先にお預かりしてもよろしいですか?」
「あっ、はい。分かりました」
耀太は七人分の宿泊代金である七万マルをギーサに手渡した。
「では、ホテル側に説明して、すぐに戻ってきますので!」
ギーサがホテルの入り口に走っていく。ホテルの大きな透明の窓ガラス越しに、フロントにいる男性と話し込むギーサの姿が見える。しばらく話したのち、しきりにフロントの男性に深々と頭を下げると、早足にこちらに戻ってくる。
「ホテルにはこちらの事情を了解してもらいました。向こうもせっかく用意してある部屋をそのままにしておくのは無駄になるということで、皆さんを案内してくれるそうです。部屋の準備に15分ほどかかるかるそうです。15分後に先ほどのパンフレットをフロントの係に見せれば、すぐにお部屋にご案内してくれるそうです!」
「分かりました。いろいろとご丁寧にありがとうございました」
耀太はギーザに丁重にお礼に言った。これで朝まで居酒屋という破滅的な状況は回避出来そうである。二人の大人がホテル内のラウジンで酒を飲んで暴れるかもしれないが、耀太は部屋に閉じこもって知らんぷりを決め込むつもりだった。そこまで面倒は見切れない。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました! これで大赤字にならずにすみます。――それでは皆さん、良い旅を続けてください!」
ギーサは最後まで丁寧な態度を崩すことなく、通りの向こうに消えて行った。
15分後――。
一行はホテルに入った。意気揚々とフロントに向かう。フロントには蝶ネクタイをした生真面目そうな男性が立っていて、耀太たちを出迎えてくれた。
「すみません、今夜こちらに泊まらせてもらうことになった者ですが」
「あの、どういうことでしょうか?」
「あっ、このパンフレットを見せるのを忘れていました。これを見れば分かると思いますので」
耀太はギーサから貰ったパンフレットをフロントの机に広げてみせた。
「あっ、これは――」
フロントの男性は目に見える形で、明らかに顔をしかめてみせた。それからなぜか不憫そうな目で耀太たちのことを見つめてくる。
「あの……なにか問題でも……?」
言い知れぬ不安が耀太の胸中に沸き起こる。異世界に来てからというもの、何度も経験している『イヤな予感』というやつである。
「失礼ですが、みなさんはなんと言われて、当ホテルに来られたのですか?」
なぜかフロントの男性から逆に質問をされた。
「さっきここに来た男性に『コレが事前に予約してある部屋』と言われて、格安で譲ってもらったのですが……」
こちらの事情を包み隠さずにフロントの男性に伝える。
「お見受けしたところ、どうやらみなさんは異国からの観光客のようですね。まことに言いにくいのですが、最近、我が国の観光地で観光客を狙った『詐欺』が多発しているんです」
フロントの男性は言葉を選ぶようして説明を始めた。
「えっ、詐欺……ですか?」
「はい、宿泊場所に困っている観光客に『コレコレ』って言い寄りながら、予約をしてないホテルの部屋を案内して、ホテル代をくすねる手口なんです。おそらく皆さんも、その『コレコレ詐欺』に遭われたのではないかと思いますが……」
「えっ? 『コレコレ詐欺』? それじゃ、さっきの男は詐欺師だったのか? おれたち、まんまと詐欺師にカモられたっていうことかよ!」
耀太のイヤな予感はこうして現実と化して無事に回収されることになった。
ていうか、なんで異世界に来てまで詐欺に遭わなくちゃいけないんだよ! だいたい『コレコレ詐欺』ってなんだよ! 『オレオレ詐欺』の親戚かよ!
耀太の胸のぼやきは一向に止まらなかった。しかし、いくらぼやいたところで現実は変わるはずもなく、今夜の宿泊予定先だった高級リゾートホテルに泊まれなくなった今、耀太たち一行は途方に暮れるしかなかった――。
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