第12話 初日 路線選びは慎重にしましょう
馬車から降りた耀太たちは総合発着施設にぽつんと取り残される形になった。さっそく周囲から好奇の視線が向けられる。
「ふんっ、俗人どもが! 未来の勇者様がよっぽど珍しいらしい! 未来の勇者をこんな間近で見られるチャンスはこれが最後かもしれないぞ! その目によく焼き付けておくがいい!」
朝から完全に妄想に浸っているのか、はたまた昨夜見た夢の続きをまだ見ているのか、菜呂は自分の世界に入り浸っている。耀太は緊張から昨晩は寝不足気味だったので、菜呂にツッコむ元気もなく、ここはスルーしておくことにした。
「とりあえずアヴァンベルトさんが言っていた案内所へ行って、どの路線を選べばいいのか話を聞こうか? アリアはどう思う?」
「うん、それが一番無難だと思うよ。史華さんも一緒に来てもらえますか?」
「もちろん、あたしも行くよ!」
耀太はアリアと史華と一緒に案内所に向かった。頼りになりそうもない組木と菜呂のことは慧真に任せる。耀葉は相変わらず総合発着施設の様子をスマホのカメラに収めるのに必死なご様子である。
案内所は現代日本で見かけるのとあまり変わらない内装だった。
「ねえねえ、オジサン! あたしたち、これから信じられないくらいすっごい長旅をしなきゃいけないんだけど、ちょっとアドバイスをもらえる?」
いきなりタメ語で話しかけられた中年の男性は初めて見る生き物のように史華のことを凝視している。
「あのね、あたしたち怖い人に脅されて、これからローカル路線馬車だけを乗り継いで、この国を一周しなきゃいけなくなったんだけど、ここから時計回りにヅーマヌを経由して行った方がいいのか、それとも先にエルターナ山を目指して反時計回りに一周した方がいいのか、迷っているんだよね!」
気楽に話しているように見えて、その実、しっかり地図は頭に入っているみたいだ。
やっぱりフーミンさんは頼りになるな! さすが現役のバスガイドさんだよ!
耀太は話には加わらずに見守ることにした。
「行き先については、フーミンさんに任せて話してもらうのがいいかもしれないな」
「そうだね。地理についてもしっかり分かっているみたいだからね」
耀太の考えにアリアもうなずいて賛成してくれた。
「えーとね、出来れば旅の途中で、美味しいお酒がある所に立ち寄りたいんだけど――」
「フーミンさん! 観光旅行じゃないんだから!」
「フーミンさん、お酒はダメですよ!」
耀太とアリアは慌てて話に加わることにした。史華に一任していたら、王国一周旅行が王国美酒旅行になってしまう。
「あなた方がなぜローカル路線馬車だけを乗り継いでこの国を一周するという奇矯な旅に出るのかよく知らないが、今の時期『エルターナ山』付近は雪解けが始まったばかりで、その区間はまだローカル路線馬車は運休しているんだがね」
おじさんが地図上のエルターナ山の辺りを指でちょんちょんとつつく。
「そうなると、ここから西に向かって行くしか方法はなさそうだね」
アリアが案内所の窓口の前で可愛らしく小首をかしげて考え込む。そんな何気ない姿を見て、胸が弾む思いがする耀太だった。
「おや、ニヤニヤしながらエロい目つきで、なにを見ているのかな、我が弟くん?」
突然、耳元で悪魔のささやき声がした。
「うわっ! な、な、なんでここにいるんだよ!」
「我が弟が変な妄想をして警察の厄介になる前に、姉として注意をしに来ただけのことでしょうが」
「そ、そ、そんなこと、おれはこれっぽっちも考えていないからな!」
「そういえば修学旅行の最中、わたしのことをまるでそこに居ないかのように振る舞っていたけど、なんでなのかな?」
耀太の弁明など一切聞かずに、意味深な顔で訊いてくる。
「べ、べ、別に深い理由はないから! だいたい家にいるときは一緒にいるんだから、学校にいるときぐらいは無視してもいいだろう!」
「へえー、そうなんだ。てっきりこの修学旅行中に愛の告白でもするつもりで、それで邪魔者のわたしのことは考えないようにしていたんじゃないかと思ったんだけど」
「ははは……バ、バ、バカ言っちゃってるよ……。お、お、おれは学級委員長として、クラスメイトを見守ることに集中して――」
「まあ、そういうことにしといてあげる」
それから殊更に体を密着させるようにして耳元に顔を近づけてきた。
「そうそう、アリアちゃんはあんたの気持ちを知っているの?」
「おい、ヨーハ!」
さすがに怒りを込めてにらみつけてやった。
「はいはい、怒らない、怒らない。それじゃ、わたしは停留所でみんなと待っているから、早く行き先を決めてね!」
「勝手にしろ!」
周囲の視線も省みずに耀太は声を張り上げた。
「耀太くん、どうかしたの? なんか大きな声を出していたみたいだけど」
当のアリアが心配げに見つめてきたので、逆に耀太としては焦ってしまった。
「あっ、いや……その、なんでもないから。――それよりも乗る馬車は決まったの?」
「うん、ここから一番路線距離の長い馬車にしたみたい」
「一番長い路線?」
「ここは首都だから路線がたくさんあって、史華さんもどの路線を選べばいいのか迷っちゃったみたい。それで単純に一番遠くまで行ける路線に決めたみたい」
「たしかに分かりやすい決め方だけど。まあ、フーミンさんらしいといえばフーミンさんらしいかもな」
「それじゃ二人とも、乗る路線馬車は決まったから停留所へ戻ろうか!」
行き先を決めて満足したのか史華が意気揚々とした足取りで案内所を出て行く。耀太とアリアも後に続く。
「フーミンさん、おれたちがこれから向かうのはなんていう場所なんですか?」
「えーと、『カレッジガレージ』とか言うところが終点だったかな」
「えっ、カレッジ? それって大学のことですか? この世界にも大学があるのかな?」
「さあ、あたしも名前しか聞いていないからよく分からないけど」
「うーん、カレッジガレージということは大学の車庫っていうことなのかな?」
「耀太くん、もしかしたら大学に通う生徒たちの通学に使われている路線なんじゃないの?」
「その可能性もあるか」
「大学なら発着する路線とかもたくさんあるかもしれないよ!」
「それならば、たしかに乗り継ぎも安心だけど……」
そう答えながらも、なぜか胸に一抹の不安を覚える耀太だった。
うん、大丈夫だよ。フーミンさんは現役のバスガイドなんだから。うん、大丈夫に決まっている。
不安を抱えたまま慧真たちの元に戻ると、何やら興奮した面持ちの組木が話しかけてきた。
「ねえねえ、向こうにいい路線馬車があったよ!」
「えっ、クミッキー先生も路線馬車を探してくれていたんですか? なんだ、ちゃんと旅のことを考えてくれていたんですね! おれ、先生のことを見直しましたよ!」
思いもかけないことだったので驚いたのだが――。
「一番向こうに停まっている路線馬車の運転手さんがすっごいイケメンなんだよ! ステキな服を着ていてカッコイイんだから! 絶対にあの馬車に乗るしかないよ!」
はい、終了! 先生に少しでも期待したおれがバカでした。それからクミッキー先生、馬車の場合は運転手のことは御者と呼ぶんですよ!
組木が身振り手振りでいかにイケメンの運転手なのか説明するが、耀太は他人を装いつつ足早に目的の停留所に向かうことにした。
「そういえばクミは昔から制服姿の男性に弱かったんもんね!」
史華が頼まれてもいないのに、いつもの組木の青春時代の恋愛事情を暴露してくれる。
「えっー! 本当にこの馬車に乗るの? 運転手さん、オジサンなんだけど……。これで大丈夫なの?」
組木が今から乗る馬車の御者を見て、露骨に顔を歪める。
いや、運転手さんの外見で決めようとしている先生の方こそおかしいですから!
ここはツッコまざるを得なかった。
「なあ、ヨータ。オレたちはこの馬車に乗るのか?」
「ああ、フーミンさんが決めてくれたんだよ」
耀太は慧真と一緒に『カレッジガレージ』行きの路線馬車に乗り込んだ。
馬車は二十人ほどが乗れる大きさで、座席はまだ三割ほどしか埋まっていない。乗客が耀太たちのことを物珍しげに見つめてくるが、声を掛けてくるということはなかった。
「ヨータ、どうせ終点まで行くのなら一番後ろに座ろうぜ」
「ああ、そうだな」
耀太たち一行は最後部の座席に腰を下ろした。耀葉は座るなり、さっそく車内の写真を撮り始めている。これから先、ずっと一緒に行動をしなくてはいけないので、仕方なく今のうちに確認しておくことにした。
「ヨーハ、そんなに写真を撮ってどうすんだよ? 昨日もずっと撮っていただろう?」
「我が弟くんは本当に残念な頭なのね」
アリアの前で残念とか言うんじゃない!
声に出すと絶対に姉に負けるので、心の中で言い返す奥ゆかしい性格の耀太である。
「あのね、せっかく異世界に来たんだから、ここでの記録を残しておくのは重要でしょうが! そして日本に帰ったら、即行でこの写真をSNSにアップするの! 世界中の誰も見たことのない写真なんだから、アクセスが殺到して、その結果、莫大な収入を産むことになるから!」
結局は金かよ!
我が姉ながらとんでもないことを考えているもんだと、感心が半分、呆れが半分の思いだった。
「さあ馬車に乗っちゃえば、あとは終点まで座っていればいいだけだからね! 地図で見ると時間はだいたい二時間ぐらいかな。まあ道路の状況にもよるけど」
史華がバスガイドらしく的確に説明してくれる。
なんだかんだ言っても、フーミンさんは思っていた以上にしっかりしているのかもしれないな。さっきは少し不安に思ったけど、おれの勘違いだったみたいだ。
耀太はようやく胸中から不安が消えていくのを感じた。昨夜は寝不足だったので、馬車に乗って十数分後にはうつらうつらと舟をこぎ始めてしまい、自分でも気付かぬうちにそのまま熟睡してしまった。
そして次に気付いたときは――。
「お客さん、終点だよ! お客さん、起きてください! 終点ですよ!」
体を揺さぶられる刺激で目が覚めた。目の前には御者のおじさんが立っている。
「あれ? もう着いたんだ……?」
なんとはなしに馬車の外に目を向ける。そして視界に広がる風景を一目見るなり、耀太は大声で叫んだ。
「えぇぇぇーーーーーっ! ここはいったいどこなんだよおおおおーーーーーっ!」
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