第11話 初日 旅立ちの時

翌朝――。


ローカル路線馬車乗り継ぎの旅の選抜メンバーに選ばれた神セブンこと耀太たち7人は、王宮に居残ることになる生徒たちとともに巨大な門の前にいた。お見送りの会である。


街の通りには風変わりな服装の集団を一目見ようというのか、相変わらずたくさんの住人たちの姿があった。


「みんな、先生たち行ってくるから! 本当は行きたくないんだけど、メンバーに選ばれたからには頑張ってみるから! 新卒なのになんでなの、とか全然思っていないからね!」


「先生、絶対に無事に帰ってきてくださいよ! おれたち、奴隷になんかなりたくないから!」


「あたしも処刑はイヤなので、絶対に旅を成功してください!」


「私、処刑されたら、先生の枕元に毎晩現れますからね! 毎晩先生の耳元で『まだバージンだったのに』って泣き言を囁き続けるから!」


「えっ、緋衣音ひいねって、バージンだったの? おれ、カレシに立候補しようかな?」


「うん、大丈夫! 先生のことを無理やり選抜メンバーにしたみんなのことを裏切るわけないでしょ! 先生、みんなことを1ミリたりとも恨んでないから! 本当に本当に恨んでないからね!」


お互いの気持ちを激しく吐露し合う、心のこもったお見送りの会である。



クミッキー先生は心底恨んでいるみたいだな。ていうか、やっぱり行きたくないんだ。



耀太は今にも涙を浮かべそうになっている組木の顔をみてそう思った。いや、それを言うのなら、耀太だってこんな賭けのような旅行なんか行きたくないのが偽らざる本音だ。


「クミッキー先生、居残り組のことは大丈夫です。わたしが副委員長としてしっかりまとめておきますから! 安心して旅に集中してください! 本当はわたしも副委員長の務めとして、先生と一緒に行きたかったんですが……。でも、でも……体力がないから……長旅は無理だから……ていう設定を使って――」


副委員長の美藤香津音は目頭を押さえている。



おい、設定ってなんだよ! いや、なんとなくウソなのかなあとは思っていたけど。ていうか、完全に泣いた振りをしているよね、副委員長!



副委員長の巧妙なワナにはまったと、今さらながらに知る耀太だった。


「先生はおれたちにとっての『メロス』なんですから!」


男子生徒が文学的表現で叫ぶ。それに対して――。


「先生は『メロス』になった覚えは一度たりともありません!」


真っ向から否定する生徒思いの教師である。


「ねえねえ、なんでクミのことを『メロン』って呼んでいるの?」


史華が頓珍漢な質問をしてくるが、耀太は説明する気にもなれなかったので苦笑でごまかした。


「なあなあ、ヨータ。走れメロスって言えばさ、メロスは走っているときにどんなことを考えていたと思う?」


「いきなりクイズかよ? そんなの国語の時間に習っただろう。親友の『セリヌンティウス』のことを考えていたんだろう?」


「残念! 正解はエロいことを考えていたんだよ! これが本当の『走れエロス』って言ったりしてな!」


朝からくだらないダジャレを言う親友である。もっともこれがいつもの慧真なので、ある意味、旅立ちの前でも一切緊張をしていない証ともいえるのだが。



お前のその前向きな気持ちがこういうとき本当に羨ましく思うよ!



耀太はいつもと変わらぬ親友の横顔を頼もしく見つめた。


「別れが惜しいのは分かるが、そろそろ馬車の停留所に向かうとしよう。これからは時間との戦いになるだろうからな。少しでも早く旅立った方が良いだろう」


アヴァンベルトが珍しく穏やかな口調で促してきた。


「そうですね」


当てにならない2人の大人に代わって、アリアがアヴァンベルトに答える。


耀太たちは門の前に用意された位の高い貴族が乗るような豪勢な馬車に乗り込んだ。


「それでは出発!」


アヴァンベルトの掛け声の元、耀太たち7人を乗せた馬車が動き出した。馬車の後方では耀太たちを応援する意味なのか、なぜか居残り組による『万歳三唱』が盛大に行われていた。



100日後、無事にここに帰ってきて、またみんなの『万歳三唱』を聞きたいよ。



正直な気持ち、ほんの少しだけセンチな気分になった。


そして馬車に揺られること十数分――。


「ここがイーストレーテの交通の中心地になる。ここからおまえたちの旅が始まることになる」


最前列に座っていたアヴァンベルトが耀太たちの方に振り返った。


馬車の窓から外を見ると、そこはいわゆる現代日本でいうところの『駅前ターミナル』あるいは『バスターミナル』といった様相の場所だった。今も十数台の馬車が停まっている。20人くらいが乗れそうな大型のものから、5~6人しか乗れないような小型のものまで多種多様だ。


馬車同様にそこで待っている人々も多種多様だった。商品と思われる荷物を持った商人の姿。儀礼的な服装をした宗教関係者の一団もいる。耀太たちと同年齢と思われる学生風の少年少女たちに、幼い子供を連れた親子の姿もある。


「そうだ。一番大事なこれを渡すのを忘れるところだった」


アヴァンベルトが筒状に丸めた紙を取り出した。それを耀太たちに見えるように大きく広げる。


「これが我がイーストレーテ王国の全体地図だ。見て分かると思うが、イーストレーテの国土は三角形のような形になっている。先ほど出立した王宮や、今我々がいるローカル路線馬車の総合発着施設があるのは、右下の角の部分にあたる。この国の首都で都市の名前でいうと『イーストパレス』と言う。ここから西に直進すると、三角形の左側の角の部分にある港街『ヅーマヌ』に着く。そして三角形の一番上の部分にあるのが、我が王国で最高峰の山である『エルターナ山』だ」


その地図は現代日本で見かける精細な地図ではなく、歴史の教科書で見たことがあるような歪な形をしていた。耀太はアヴァンベルトの言葉に沿って、視線を地図上で動かしてそれぞれの都市の場所を確認する。






                  エルターナ山

                   /\

                 /    \

               /        \

             /            \

           /                \ 

         /    イーストレーテ王国      |    

       /                     |

     /                       |

   /_________________________|

 ヅーマヌ(港街)                イーストパレス(首都) 

~~~~~~~~~~~~~~~~大~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~海~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~原~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「つまり、おまえたちは時計回りにヅーマヌを経由して進むか、それとも反時計回りにエルターナ山を目指すかの二択から選ぶことになる。エルターナ山とヅーマヌは必ず通過することになるゆえ、そこには私の部下を配置しておく。おまえたちがそこを通ったのか実際に肉眼で確認させてもらう。ゆめゆめズルはしないことだ」



つまりその二つの都市がチェックポイントっていうことになるわけだな。



アヴァンベルトの説明を聞いて耀太はそう理解した。


「ねえねえ、その地図、あたしに貰える?」


「ああ、いいが」


史華がアヴァンベルトから地図を受け取ると、さっそくその地図とにらめっこを始める。史華の観光バスガイドとしての知識を知った今、地図の確認は史華に任せても問題ないだろうと耀太は考えていた。


「なんかこの地図、かなり大雑把な書き方をしているね」


「詳細な地図については現在製作している最中で、この地図が一番細かいものなんだ。そこは我慢してくれ」


「縮尺とかは正しいの?」


「縮尺? ああ、距離のことか? まあ、完璧とは言えないが、概ね間違ってはいないと思う」


「その言い方だと、あまり当てにならないっていうことね」


せっかくアヴァンベルトが言葉を濁したのに、はっきり言い切ってしまう史華だった。


「まあ、いいわ。この地図で頑張ってみるから! それに縮尺があっても、あたし、計算は苦手だしね!」


それで納得したのか、史華は地図を丸めて仕舞い込んだ。


「ここはイーストレーテの首都ゆえに旅の案内所もあるから、まずはそこで話を聞くのが良いかもしれん」


持ってきた地図の精度を気にしたのか、アヴァンベルトがそんなアドバイスをくれる。


「では最後に旅の資金を渡しておく。一日ひとりにつき一万マルを支給する。7人いるから7万マル。100日間で合計700万マル。馬車の運賃に、一日三食食べて、さらに夜の宿代も含めて、一日1万マルあれば、まあそれなりの生活は出来るはずだが、無駄遣いはしないことだ」


マルというのがこの国の通貨単位らしい。耀太は早速頭の中でお金の計算をしてみた。この国で言うところの1マルは、日本円で1円とほぼ同じと考えて良さそうだ。そう考えると極端に無駄遣いでもしない限りは、お金に困ることはなさそうに思える。


「それからこれは昨日も言ったが、700万マルというのはこの国では大金になる。この金を持ち逃げした場合、居残り組は全員処刑となる。まあ、私としてはそんなのは陛下の戯言だと信じたいが、このところの陛下はいったい何を考えているのか、私でもよく分からないことがあるゆえ、お前たちも仲間の命が惜しかったら、持ち逃げやズルは絶対にしないことだ!」


アヴァンベルトは最後にひと際強い口調でそう言って、話を締めくくった。

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