第三章 旅の二日目 本日もトラブル続きです!

第20話 二日目 朝から寝耳に水です!

顔に当たる柔らかい朝日と、同じくらい柔らかい潮騒の音で目が覚めた。



あれ? ここ、どこだっけ? 見慣れない部屋だけど、修学旅行で泊まったホテルかな……? でも、ホテルにしてはあまりにも古臭い内装だけど……。



寝惚けていたせいか、耀太は自分がどこにいるのか思い出せなかった。なんとはなしに隣のベッドに目をやる。そこに親友の姿はない。夜中に何度も『ステータスアップ』と大声で寝言を叫んでいた菜呂の姿もない。


そこで唐突に昨日のことを思い出した。



そうだ! おれは今、異世界いるんだよ! そして、この国の王様と賭けをして、旅をしている最中だった! 



一瞬で昨日の出来事を鮮明に思い出した。


ローカル路線馬車で巡る、初めての異世界旅行。旅先での数々のトラブル。そして暗がりの中、ようやく見付けた宿。



昨日はいろいろありすぎて、朝が来たのも気付かないくらい爆睡していたみたいだな。



ベッド上で体を起こして、改めて部屋の中を見渡す。


「でも、なんで二人はいないんだ……?」


小さな部屋なので、二人が隠れる場所はどこにもない。


「二人してトイレにでも行っているのかな?」


そこで腕時計で時間を確かめると、もう七時を回っていた。


「あっ、そうか! もしかして、もう朝食の時間なんじゃ――」


飛び起きて、急いで制服に着替える。寝癖の付いた髪形を整え、いざ昨夜夕食を食べた食堂に向かおうとしたとき、部屋のドアが勢いよく開いた。


「ヨータ、いつまで寝ているんだよ! もう朝食の時間だぞ! みんなお腹を空かして待ってるから!」


さすが我が親友である。わざわざ起こしに来てくれたらしい。


「悪い悪い、ケーマ。今起きたところなんだよ」


耀太たちは急いで食堂に向かった。廊下を駆けていき食堂に入ると、この旅のメンバーがすでに一堂に集まっていた。エプロン姿のミカオもいる。


「耀太くん、おはよう」


アリアが朝日に負けないくらいの神々しいまでの笑顔で迎えてくれる。



この笑顔があれば今日も一日頑張れるぞ!



寝坊したことなどすっかり忘れて、朝イチの幸運をちゃっかり享受する。


「アリア、おはよう! 遅れて悪かったよ」


耀太はアリアに軽く謝りながら素早く席に着いた。


「我が弟くん、どうして寝坊したのかな?」


さっそく耀葉がニヤニヤ顔を向けてくる。


「昨日は疲れ過ぎていて、逆に寝付けなかっただけだよ!」


相手が姉なので、ここは当たり障りのない返答をする。


「本当にそれならいいんだけど」


「他にどんな理由があるっていうんだよ?」


「今朝はアリアもなんだか眠そうな感じだったからね。もしかしたら『ゆうべはお楽しみでしたね』ってことがあったのかなと、姉としては心配しているんだけど」


耀葉が意味深な目つきで耀太の顔を見つめてくる。


「そ、そ、そんなことあるわけないだろう! ていうか心配するなら、もっと違うことを心配してくれよ!」


言い返しながらも内心では、さすが双子の姉だけのことはあるな、と感じ入ってもいた。もちろん、アリアとの間にやましいことはなかったが、夜中に二人きりで話したのは事実だ。双子ならではの以心伝心で、こちらの感情の波を敏感に感じ取ったのかもしれない。


「全員集まったみたいだから、そろそろ朝食の準備を始めるとしようか」


ミカオが出番とばかりに服の袖を腕まくりする。


「あっ、遅れてきたから、おれも配膳を手伝いますよ!」


これ以上耀葉のくだらない話に付き合っていると、ぽろっと昨夜のことを話してしまいそうなので、渡りに船とばかりに配膳の手伝いを申し出ることにした。


「あなたはお客さんなんだから、そこで座って待っていて」


「いえ、手伝いますから」


耀太はミカオを追って調理場に向かった。


調理場に入ったミカオはさっそく手際よく料理を作り始める。


「ここにある食器を食堂に運んでもいいですか?」


「本当に悪いね。実はまだ腕がなまっているみたいで、本調子が出なくて。手伝ってもらえるとありがたいよ」


鍋を火に掛けたまま、こちらに顔を振り向けるミカオ。その顔には、しかし宿を切り盛りする主としての生き生きとした表情が浮いている。


「泊めてもらったお礼ですから。こんなお手伝いしか出来ないけど」


「わたしも一緒にお手伝いさせてください」


いつのまにかアリアも調理場に入って来ていた。


「二人とも本当に悪いね。それじゃ、最初に飲み物を運んでくるかい」


「任せてください!」


「はい、分かりました!」


耀太はアリアと分担して飲み物を食堂に運ぶことにした。


「あれ? 目覚めのアルコールがないんだけど。耀太くん、頼める?」


「フーミンさん、もう朝ですよ! 寝言を言うのは寝ているときだけにしてください!」


史華のお願いをきっぱりと切り捨てる。


「わたし、朝は紅茶って決めているんだけど。文部科学省からも、そういう通知が来ているから」


「クミッキー先生、異世界に紅茶はありませんから! だいたい、今おれとアリアが配膳しているこの飲み物だって、なんていう名前の飲み物か分からないんですからね!」


「このブラウン色の飲み物はミルクがたっぷり入ったコーヒーに決まってるじゃないか! 現代日本の食べ物がなぜか問題なく食卓に出てくるのが『異世界作品』では常識なんだから!」


菜呂がいつもの異世界論について熱弁する。



昨日から何度もナーロの異世界講義を受けてきたけど、なんだか異世界って、随分とおれたちにとって都合良く出来ているよな。まあ、だからといって困ることじゃないからいいけどさ。



異世界の事情はこの先、旅を続けていけば、自然と学習していくだろうと踏んでいた。


「ナーロがそう言うのならば、この飲み物はおれたちのよく知るコーヒーとそう変わらないんだろうな。ということでクミッキー先生、今朝は紅茶のかわりにこのコーヒーを飲んでください」


「えー、わたし、苦いのダメなんだよね。コーヒーなら砂糖を一杯入れないと飲めないし」


化粧をしていないすっぴんのせいか、より童顔が強調されて子供みたいな顔になっている組木が子供みたいな我がままを言う。


「分かりましたから。ミカオさんに砂糖がないか聞いてみますから、これ以上駄々をこねないでください」


これではどちらが教師か分からない。


耀太とアリアが何度か食堂と調理場の間を行ったり来たりしていると、テーブル上に朝食の準備が整った。最後に後片付けを始めようとしているミカオに声を掛ける。


「ミカオさん、せっかくだから、ぼくらと一緒に朝ごはんを食べませんか?」


「私はまだ後片付けが残っているからいいよ」


「後片付けならば、食事が終わった後に私と耀太くんで手伝いますから」


アリアと一緒にいられるのならば、後片付けでもなんでもやる覚悟が耀太にはある。


「でも、お客さんにそこまでさせちゃ――」


「みんなでわいわいしながら食べたほうが絶対に美味しいですから!」


耀太の言葉が最後の一押しになった。


「そこまで言ってくれるのならば、逆に断るのも失礼だね」


ミカオはエプロンを近くのイスの背に掛けて、やっと肩の力を抜く。


三人が食堂に戻ると、待ちに待った朝食が始まった。


テーブルの上に並んだ数々の料理は現代日本の喫茶店で見かけるようなモーニングセットとそう大差はなかった。菜呂が言っていたように異世界の食の事情が現代日本とそう変わらないというのは、案外本当なのかもしれない。


もっともお皿に盛り付けられている料理の中には、見慣れない初めて見る食材も幾つかあった。耀葉がパンを齧りながら、せっせとそんな珍しい料理をスマホで撮影しては、カミオに料理について質問したりしている。


和気あいあいとした雰囲気のまま朝食を終えると、食後のコーヒーを飲みながらのくつろぎタイムになった。耀太はミカオに今日の予定について話した。とりあえず、今日は宿を出たら、まずは西に向かって歩いていき、次の路線馬車の停留所を目指す。そこから先の情報は例によって馬車の御者さんに尋ねることにする。


「あんたが目指す路線馬車の停留場は、灯台の近くにあるから迷うことはないと思うよ。たぶん、停留所には馬車を待っている灯台守がいるはずだから、何か聞きたいことがあったらその人に聞いてみるといい」


「燈台守の人たちが乗る路線ということなんですね」


「ああ、そうだよ。その灯台はこの辺りでは一番高い建物だから、もしも次の馬車の時間まで余裕があったら、灯台に登ってみるのもいいかもしれないよ。周囲の景色を一望出来るから、このあたりの地形を肉眼で把握するにはもってこいの場所だから」


「分かりました。ミカオさん、有益な情報をありがとうございます。そういうことならば、ぼくらもそろそろ時間的にこちらをお暇しないとならないですね」


耀太は腕時計に目をやる。出発の時間が迫っていた。


「そうだね。いつまでもこうして話していたいけど、あんたたちには大事な旅が待っているんだったね」


昨晩ミカオにこちらの事情を話したことは、朝食の席上で皆に伝えてあった。耀太の独断について文句を言う者は誰一人いなかった。


「私も今日から宿の再開に向けていろいろと準備をしないとならないし、お互いに忙しくなりそうだね」


「ミカオさんも宿の経営を頑張ってください!」


話を終えて、耀太がイスから立ち上がりかけたとき、思い出したようにミカオが言葉を続けた。


「そうそう、あんたたちに大事なことをひとつ言い忘れていた!」


「えっ、大事なこと?」


「ひとつだけ注意しておくけど、夜中はあまり外を出歩かないほうが良いわよ」


「たしかにこのあたりは街灯がひとつもなくて、真っ暗で宿を探すのが大変でした」


耀太は昨夜の宿探しの苦労を思い出した。


「暗いのも危険だけど、もっと危険なことがあるから」


「えっ、もっと危険なことなんてあるんですか?」


「だって暗闇で野生の獣や、恐ろしい『魔物』にでも出くわして、襲われたり喰われたりしたら、旅どころの騒ぎじゃないでしょ?」


平常運転のまま、ミカオが特大の爆弾を食堂に投下させた。


「ちょっと待ってください! まさか、この世界って魔物がいるんですか? それって初耳ですよ! 日本にも野生の猪や熊がいるから、もしかしたら危険な野生の動物ぐらいはいるかもしれないと思ってはいたけど……。まさか魔物だなんて……」


魔物まものはオレたちにとっては文字通り『邪魔者じゃまもの』だもんな!」


「これで旅をする上での不安材料がひとつ増えたことになるね。いろいろ対策を考えないと」


「魔物って、写真で撮っても大丈夫なのかな? 襲ってこなければ、バシバシたくさん撮りたいんだけど!」


「新卒の教師は魔物の相手なんて絶対に出来ないから!」


「バスガイドとして一度くらいは本物の魔物を見てみたいかも!」


「やったーーーっ! ついにぼくの出番が来たーーーっ! ステータスオープン! ステータスオープン!」


二日目の旅の出発を前にして、耀太たち七人はそれぞれに驚きの声をあげるのだった――。

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