第21話 二日目 高みの見物と失恋
街道を軽快に進んでいく耀太。しかし、その表情は険しかった。ここまで歩いてきた疲れのせいではない。ミカオから聞いた『魔物』の存在が頭からずっと離れずに気になっていたのだ。
まあ、ここは異世界なんだから、魔物やモンスターがいる方が普通なんだろうけど、実際に言葉に出して言われると不安しかないよな……。
魔物のことを考えると、どうしても気が重くなるし、足取りも重くなってしまう。
もっとも、そんな魔物の存在を肯定的に捉えているメンバーもいた。その人物は歩きながら『ステータオープン』とか『カロヒ・アマチャ・ドセ』とか、何度も楽しそうに叫んでいる。
ナーロみたいに能天気でいたいけど、おれにはムリだよな……。
振って沸いたように持ち上がった魔物の存在が、耀太の小さな脳みそを大いに悩ませた。学級委員長として、またこの旅のリーダーとして、この先、魔物の危険を常に考えなければならない。
ミカオの宿を出発して、すで二時間近くが経過していた。天気は快晴で街道を行き交う旅人の姿も多く見受けられたが、耀太の気持ちはどんよりムードだった。
「クミッキー先生は魔物の存在についてどう考えていますか?」
一応、担任の意見を聞いてみる。
「魔物の心配なんていらないでしょ? だって魔物が現れてピンチになったら、きっと白馬の王子様が助けに来てくれるはずだから! そして私と王子様は恋に落ちて――。もしかしたら、その王子様はアヴァンベルト様だったりして――」
組木が確信に満ちた口調で自分勝手な願望を吐露する。どうやらもうひとり、魔物の怖さをまったく気にしていないメンバーがいたみたいだ。
クミッキー先生に意見を求めたおれが愚かでした!
胸の中で今日最初のツッコミを入れる。
「魔物のことを気にしているみたいだけど、耀太くん、もしも本当に魔物が現れたら、あたしが『コレ』で撃退するから大丈夫だよ!」
大きな声で高らかにそう宣言したのは史華だった。そして、背負っていたリュックからごそごそと黒い棒状の物体を取り出す。
「フーミンさん、まさか何か武器になるようなものでも持っているんですか?」
「もちろん! じゃじゃーん! ギャルサー時代にエロイ目で近づいてきたオヤジたちを何人もあの世に送ったスタンガンだよ! しかも電子工作が得意な子に頼んで、パワーを百倍にアップさせたスペシャルスタンガンだから!」
「そんな物騒なものは早くしまってください! ていうか、勝手に百倍にするのは違法ですからね!」
「でもスケベオヤジたちはこの電撃ショックを受けるとみんな白目を向いて、泡を吹いて気絶したから、この世界の魔物にも絶対に効くと思うんだけど!」
武勇伝のごとくさらっと怖いことを言ってのける。
「あっ、そういえばあたしも痴漢撃退スプレーを持っていたんだった! しかもアメリカからの輸入品で、凶暴なグリズリーも戦意喪失するくらい威力があるやつ!」
耀葉がスカートのポケットから細長い筒を取り出して史華に自慢げに見せる。
「おい、ヨーハ、なんでそんな危ないものを持っているんだよ!」
「産まれついてのこれだけの美貌の持ち主なんだから、いろいろ変なことを言ってくる男たちが山ほどいるの! そいつらを撃退するのに使っているだけのことよ! それとも姉の貞操が破られても良いって言うの?」
そう言われたら、こちらとしては反論の余地もない。
「耀葉ちゃん、それいいなあ。あたしにも今度使わせてよ!」
「もちろん、いいですよ! このスプレーをかけると相手は地面の上で面白いくらいに何度ものたうち回るんです! もう、それは
相手が悪いとはいえ、いくらなんでも
我が姉君の恐ろしい一面を垣間見た気がする。
「わたしもフーミンさんの改造スタンガンを使ってみたいです!」
「耀葉ちゃんなら、いつでも使わせてあげるよ! このスタンガンを使うと、大の大人が全身を痙攣させて、簡単に気絶するんだから! その後でオヤジの服を脱がせて、全裸で渋谷の街に放置しておいても、朝まで目を覚まさないんだから、威力がスゴくない?」
「渋谷に全裸のオヤジって、その写真をSNSに上げたらバズること必至ですよ!」
二人が凶悪な武器をそれぞれ手に取り談笑する。
いや、この二人に持たせたら絶対にダメなやつ! もしかしたら魔物やモンスターよりも、この二人が一番怖いかもしれないよ!
楽しげな顔で背筋が凍るようなことを話す二人の姿を見ていると、そう思わざるをえない。
「とにかく一応、こちらは武器らしいものを所持しているわけだから、魔物についてはそんなに深刻に考える必要はないんじゃないのか」
相変わらず慧真は楽観的で前向き思考である。
「いや、現代日本の武器が異世界の魔物に
「それは魔物に直接『
「はいはい、お前に聞いたおれが悪かったよ!」
「本当に君たちは分かっていないな! いいかい、異世界の魔物に現代日本の武器が効くかどうかというのは――」
菜呂の『異世界講座』が開始されかけたので、耀太はこのメンバーの中で一番頼りになる存在に話を振ることにした。
「ちなみにアリアも何か身を守る道具を持っているの?」
「わたしはそういうものは持っていないけど、いざというときはみんなで力を合わせて戦うつもりだから。もちろん、そのときが来ないのが一番いいけどね」
間違っても、わたしのことは耀太くんが守ってくれるんだよね、とアニメのヒロイン染みたことを言わないところが、いかにもアリアらしかった。
そんな風に話しながら歩いていると、前方に灯台らしき白い円筒の建物が見えてきた。
「クミッキー先生、教えてもらった灯台が見えてきましたよ! あともう少しで着きますから」
「えー、まだ歩くのー。わたし、もうヘトヘトなんだけど……。もうここから一歩も動けないかも……」
疲れると大人から子供に幼児退行してしまうという、本当に困った担任である。
「もしもわたしのことがお荷物だったら、ここに置き去りにしてもいいからね。絶対に怒らないし、恨んだりしないから! 新卒は置き去りにしても良いって、教育委員会も認めているから!」
ここまで言われたら、逆に置き去りにしたら何をされるか分かったもんじゃない、という心境になる。
「クミッキー先生のことを置き去りにするわけないでしょ! とにかく地面にしゃがみ込んでいないで、立って歩いてください!」
なんとか組木を灯台まで歩かせる努力をする。
こうして耀太たち一行はミカオの宿から約二時間掛けて、本日の最初の目的地である灯台に到着した。
「パッと見た感じだと、オレたちの世界にある灯台とそう変わらないように見えるけどな」
慧真が首を曲げて、灯台を見上げる。
「灯台っていうのは要するに遠くまで光が届くように作られているわけだから、形もそう変わらないんじゃないのか?」
耀太は個人的な見解を述べた。
「二人とも分かっていないな! いいかい、異世界の建物というのは――」
「えーと、肝心の馬車の発車時刻は何時かな?」
菜呂の『異世界講義』はもちろんスルーして、停留所の時刻表を確認することにした。
「おっ、ラッキー! 始発が出るのは30分後だ! しかも一日一便で、この始発を逃したら、もう次の便がないみたいだ。本当にベストなタイミングだったな。さて、あと30分あるから、ここでゆっくりと待つことにしようか」
耀太は停留所の横にあった木の腰掛けに座ろうとしたが、さっそく自分勝手に行動をする者が現れた。
「せっかく目の前に灯台があるんだから、あそこに行かなきゃしょうがないでしょ!」
耀葉が誰の返事も聞く前に、もう歩き出している。
「あたしも灯台に上りたいかも! 灯台の上で大海原に向かって叫んで、やまびこを聞きたいし!」
バスガイドが後に続く。
えーと、そこのバスガイドさん、やまびこは山でしか発生しませんから。だからやまびこって言うんですよ!
説明するのも面倒なので聞き流すことにする。
「耀太くん、わたしたちも一緒に行くしかないみたいだね」
「実はおれも内心では行きたいと思っていたんだ! いや、灯台って最高だよな!」
アリアが灯台に行くのならば、当然耀太も付いて行く。
「すみませーん! 誰かいませんか?」
耀葉が入り口のドアに設置されているゴツイ金属のドアノッカーをこれでもかと打ち付ける。中にいるであろう燈台守に迷惑になるという発想など、はなからないらしい。
幸い、燈台守は寛大な心の持ち主らしく、怒ることもなく対応してくれた。
「はーい! 今、ドアを開けますから!」
顔を覗かせたのは二十代前半くらいの優しい顔つきをした男性だった。海に近いせいか日に焼けている。それがさらに格好良さに磨きをかけていた。
「あ、あの……わたし、教師をしています! 親戚には灯台研究家の学者がいます! 灯台の明かりがどこまで届くのか朝まで議論しましょう!」
新卒の教師の目の奥でたちまちハートマークが点灯する。
「そういえばクミは昔から『海の男』がタイプって言ってたよね!」
例によって、史華が頼まれもしないのに組木の過去の恋愛事情を暴露する。
燈台守って、『海の男』と呼んでもいいものなのか? ていうか、クミッキー先生はイケメンなら誰でもいいんじゃないのかな?
そんな風に思わなくもなかったが、これで組木の疲れが吹っ飛ぶのなら安いものなので、口に出して言うのはやめにする。
「わたしたち、灯台の中を見学したいんですが、いいですか?」
言いながら、もう図々しく中に入り込んでいるのが、いかにも姉らしい。
「どうぞどうぞ。久しぶりの見学者だから大歓迎するよ! えーと、服装からして、異国から来た旅人さんかな?」
「はい、そうなんです。この王国を一周旅行しているところなんです」
一行は灯台の中に入った。
「一番上から見物したいんだけど、いいよね?」
史華が壁のすぐ脇にある螺旋階段を指差す。
「そういうことならば、ぼくが上まで案内するよ。そこからなら景色が一望できるからね。そうそう、自己紹介が遅れたけど、ぼくはここの燈台守をしているリンマだ」
リンマを先頭にして急な階段を上っていく。一番上まで上ると、外に通じるドアを開けて、そこから灯台の外側をぐるっと囲むような回廊に出た。
「わたし、高所恐怖症なんです。きゃー、こわーい!」
組木はなぜか笑顔でリンマの腰にぎゅっと抱きつく。
クミッキー先生、高所恐怖症なら下で待っていてください! ていうか、現代日本ならば逆セクハラって言われますからね!
声に出して言ったところで組木が聞く耳を持つようには見えないので、耀太は心の中で注意するにとどめた。
外の回廊に出ると、南側に広大な海が望めた。反対の北側には、遥か彼方にぼんやりと山が見える。山頂付近が白く見えるのは、おそらく積雪しているからだろう。
「あの遠くに見える山というのは、もしかして――」
「ああ、あの山は我が国で一番高いエルターナ山だよ」
アリアの言葉に反応して、リンマが説明してくれる。
つまり、おれたちはこれからあの山まで行かなくちゃいけないっていうことか。
アヴァンベルトの部下が耀太たちの到着をエルターナ山で待っているはずだった。
「わたしたちはヅーマヌを目指して旅をしているんですが、ヅーマヌの港街はここから見えますか?」
アリアがリンマに尋ねている。
「ここからだと見えないかな。ヅーマヌはまだ遥か遠くだからね」
「そうなんですか。私たち下にある停留所から路線馬車に乗るつもりなんですが、どこまで行けますか?」
「ここから出る路線馬車は『キサリス』という港街まで行くよ。『キサリス』はヅーマヌほどじゃないけど大きな港街なんだ。美味しいものはたくさんあるし、賑やかで活気があるよ。ここからは二時間もあれば着くから」
「それなら、ちょうど昼食の時間でいいじゃん! 今日の昼食はキサリスで決定ね!」
自己中心的な姉は他人の意見を聞くことなく、勝手に昼食の予定の決定を下す。
「あっ、そろそろ馬車が来る時間だね。停留所に向かった方がいいよ」
リンマが懐中時計を取り出して時刻を確認する。
「すみません、最後にもうひとつだけ質問しても良いですか?」
慌てて耀太はリンマに声を掛けた。
「実は昨日泊まった宿でこの国では魔物やモンスターが出ると教えられたんですが、本当に出るんですか?」
「ああ、魔物だったり、モンスターはたしかに出るよ」
「やっぱりそうなんですか……」
「ただ、人里離れた辺境だったり、山奥でもない限り魔物は姿を見せないよ。ぼくの祖母の時代はまだよく近所でも現れたそうなんだけど、騎士団による大規模な掃討作戦によって、魔物たちは一掃されたんだ。もっとも、それでも少なからず生き残りはいるみたいだけどね。まれに街中に魔物が現れたという話も聞くしね。でも、そういうときは、すぐに街の治安維持を務める警護騎士団が駆けつけてくれるから、安心して旅は出来ると思うよ。とはいえ、だからといって積極的に街道を離れて人跡未踏の地を目指したり、夜中に出歩こうとは思わないけどね」
耀太たちが旅に不慣れだと思ったのか、リンマが懇切丁寧に教えてくれる。
「分かりました。ぼくたちも危険な場所には近付かないようにします」
「それからこれは同じ国民として言いたくはないんだけど、魔物も怖いけど、良からぬ者もこの国にはいるから、そっちにも気をつけたほうが良いよ。この国は比較的治安が守られている方なんだけど、残念なことに、ここ一年で犯罪が増えている傾向にあるんだ。だから怪しい人には絶対に近付かないように」
「はい、そちらにも気をつけます!」
犯罪に手を染める人間というのは、どこの世界にもいるんだな。まあ、それは現代日本でも変わらないけどさ。
これで新しく気をつけなければいけないことがひとつ増えた。
灯台見学を終えた一行は路線馬車の停留所に戻ってきた。一週間の仕事を終えたリンマも一緒の路線馬車に乗るとのことだった。組木が嬉しそうにリンマの隣を歩いている。あれほど疲れた様子を見せていたのに、今はこれ以上ないくらいの嬉しそうな表情をしている。
程なくして、馬車が街道をやってきた。馬車には男女ひとりずつの先客が乗っている。男性の方はリンマと交代する灯台守だろう。
一方、女性の乗客は停留所で馬車が停止するかしないうちに馬車から飛び降りてきた。そして、リンマの元に駆け寄ってくる。
「リンマ! 会いたかった!」
「おいおい、ルーシー。一週間、離れ離れになっていただけだろう」
「だって、あたしたちまだ新婚なんだよ! それなのに燈台守の仕事で家を留守にして……。だから馬車に乗って、ここまで迎えに来ちゃった!」
「それが燈台守の仕事なんだから仕方ないだろう。さあ、今日から一週間はずっと一緒にいられるから!」
誰の目にも二人の関係性が伝わってくる。
「――菜呂くんの魔法の杖を使って攻撃すれば、二人の仲を壊すことは可能かも……」
ブツブツと怖いことをつぶやいている童顔の女性がいた。
教師が恋の逆恨みをしちゃダメでしょうが!
「クミッキー先生、馬車に乗りますよ!」
耀太は組木の体を無理やり馬車に押し込めた。
「それではキサリス行き、発車しまーす!」
御者さんの掛け声の元、馬車がゆっくりと動き出す。
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