第四章 旅の三日目 急がば回らないのが吉

第28話 三日目 朝からサプライズプレゼントをゲット!

旅の三日目は観光地の最高級ホテルのふかふかのベッドの上で目を覚ますという極上の気分で朝を迎えた。


「さあ、今日も一日頑張るとするか!」


耀太は自分に気合を入れると、さっそくベッドから降りて着替えを始めた。同部屋の二人はまだ夢の中にいるらしく、いびきが聞こえる。


「そういえば朝食はどんなご馳走が出るんだろう?」


昨夜遅くにこのホテルにやってきたので、そのまま部屋で寝るだけになってしまい、ホテル内の施設はまだ堪能出来ていない。



せめて朝食だけでも楽しみたいよな。今日一日の活力になるし。高級ホテルならではのご馳走ならいいけど。



大事な旅の途中とはいえ、内心では今の状況を楽しんでいるのを自覚していた。


「あれ? なんだ? もう朝になったのか……?」


慧真が目を覚ましたらしい。


「ケーマ、お腹が空いたから、おれは先にレストランに行ってるぜ」


「お、お、おい……待ってくれよ! オレだって腹が減っているんだからさ! 『空腹くうふく』過ぎて、思わず服を食べちゃいそうなくらいなんだぜ! これが本当の『ふく』だよな! とにかく一分で着替えるから!」


寝起きだというのに得意のダジャレは忘れないという、キャラに忠実な慧真はある意味、尊敬にすら値する。そして言葉通り、慧真は実際に一分きっかりで支度を整えた。


「よし、ヨータ、行こうぜ!」


「あっ、ナーロはどうする?」


さすがに菜呂ひとりを置き去りにするのは忍びない。


「ナーロはまだ昨日の疲れが抜け切れていないみたいだから、もう少し寝かせておいてやろう」


慧真の言う通り、これだけ二人が騒いでいるのに菜呂は少しも起きる気配がない。


「なんてたって昨夜のMVPはナーロだからな!」


耀太は慧真の言葉に頷いた。菜呂が組木と史華の相手をしっかり努めていなければ、悪酔いした二人がどんな騒ぎを起こしていたかは想像に難くない。


「それじゃ、オレたちはさっそく朝食に向かうとするか」


慧真が部屋のドアを開けて廊下へと出る。耀太もそれに続いた。


昨夜は疲れていたせいで気にも留めなかったが、最高級ホテルというだけあって内装も造りもびっくりするくらい立派だった。今耀太たちが歩いている廊下も足のくるぶしまで沈むんじゃないかというぐらい柔らかい絨毯が敷かれている。


「この豪華な感じからして、朝食もさぞかし立派なものが出てくるんだろうな」


眠気がすっかり取れたのか、慧真は食べる気満々の様子だ。


レストランに着いた二人が中に入ると、こちらのことを目ざとく見つけた少女が声を掛けてきた。


「二人とも遅ーい! いつまで夢の国で彷徨っていたの! 夢の中でいくら食べても、空腹は満たされないって知らないの?」


耀葉が朝からさっそく毒舌攻撃を仕掛けてくる。


「わたしとアリアなんか一時間前に来て、全メニューを制覇したんだからね!」


いくら耀葉でも全種類は無理だろうが、あながちウソとも言い切れない部分があるから怖い。


「おはよう、ふたりとも!」


朝から女神が声を掛けてくれる。


「おはよー! アリア!」


耀太は締まりのない笑みを浮かべて挨拶を返した。



朝から女神の笑顔が拝めるなんて、今日は絶対に良いことがあるはずに違いないぞ!



根拠もなくそう思う。


「他のお客さんがたくさんいる場で、そういう気持ち悪い顔をしないでくれる! せっかくの朝食が不味くなるかでしょうが!」


すぐに姉からお小言が飛んできた。



気持ち悪い顔で悪かったな! ていうか、おれの顔はおまえと同じなんだぞ!



口に出して言うと百倍の反撃を食らうので、心の中だけでグチる。


「そういえばクミッキー先生とフーミンさんの姿が見えないけど、やっぱり二人ともまだ夢の中なのか?」


レストランをぐるっと見回したが、大人二人の姿はどこにも見当たらない。


「二人ともまだ夢の中よ。あれだけ悪酔いしたんだから、夢の中でもまだ酔いが覚めていないんじゃない?」


姉がもっともな説明をしてくれる。


「それで弟くん、今日の旅の予定はどんな感じなの?」


「本当ならば朝9時30分に出るジフサワー行きの馬車に乗って、11時過ぎにはジフサワーに到着しておきたかったんだけどさ。それでジフサワーで情報収集と時間に余裕があれば昼食を取って、次の目的地に向かうつもりだったんだよ。でも大人二人の状態を考慮すると、出発時間をズラすしかないよな」


「クミッキー先生とフーミンさんの寝姿を見る限り、昼前まではスリープモードが解除されそうにないわね」


「そっか、分かった。幸い、ジフサワー行きの馬車は朝昼晩と3便出ているらしいから、この街で少し早めの昼食を取って、それでお昼に出るジフサワー行きの馬車に乗ることにしよう。さすがに夕方の便だと遅すぎるからな」


「昼前まで時間があるなら、さっさと朝食を終えて、ホテル内と周辺の観光に行かないと!」


耀葉は今にもイスから立ちそうな勢いである。



おい、観光目的でこの街に宿泊したわけじゃないんだぞ!



思わずそう注意しそうになったが、今の状況からしたら、余った時間を有効に使うのも悪くはないなと思い直した。



アリアと一緒に観光地をゆっくり巡るのも良いよな。



頭の中でさっそくアリアと観光するシーンを妄想する。


「起きたばかりだというのに、もういやらしい夢を見ているのはどこの誰かしら? 我が弟くんじゃないことを祈るばかりね」


耀太の浮ついた気持ちに気付いたのか、姉が間髪入れずに指摘してくる。


「誰がいやらしいことなんか考えるか! そんなことよりも、おれたちだけが観光を楽しんだら、クミッキー先生とフーミンさんに後で怒られないか?」


アリアにこちらの下心を見抜かれる前に、耀太は強引に話の流れを変えた。


「二人は夢の中で楽しんでいるんだから、わたしたちも楽しまないと! それのどこが悪いっていうの?」


実に姉らしい都合の良い解釈である。


耀太は内心でクミッキー先生とフーミンさんに悪いなあと思いながらも、ここでアリアとの観光をみすみす見逃す手はないので、反論することなく、素直に姉の意見にのることにした。


「それじゃ、おれたちはすぐに朝食を食べ終えるからさ!」


耀太と慧真は豪華な朝食を急いでかきこんで済ませた。そして四人はさっそくホテル周辺の観光に繰り出すことにした。



――――――――――――――――――――――――――――――



三時間後――。


観光を楽しんだ耀太たちは昼前にホテルに戻ってきた。短時間だったが旅の緊張から開放されて、英気も養えた気がする。これで今日の旅も頑張れるだろう。


「じゃあ、おれたちはナーロを呼びに行ってくるからさ」


耀葉とアリアとはロビーで一旦別れ、耀太たちは菜呂を呼びに部屋に向かう。幸い菜呂はもう起きており、着替えも済ませていたので、そのままレストランへと歩いていく。


耀葉とアリアに連れられて大人二人もすぐにレストランに姿を見せた。二人とも明らかに寝起きのようで、まだ眠たそうな顔をしている。あるいは二日酔いのせいかもしれないが。



これは二人の機嫌が心配だなあ。また『わたし、新卒なんだから夕方まで眠らせてよ』とか駄々をこねなければいいけど……。



耀太は若干の不安を抱いたが、組木と史華はレストランのテーブルに並べられた現代日本でもあまりお目にかかれない貴族が食するような豪勢な料理の数々を目にした途端、文字通り目の色を変えた。


「わあー、ステキ! こんな豪華な昼食が取れるなんて、嫌々ながらも新卒で修学旅行に付き添って良かった!」


「スゴイ料理! まるで『星〇リゾート』に来たみたいじゃん! ううん、もしかしたら『星〇リゾート』よりも上かも! こんな場所でランチが出来るなんてバスガイド冥利に尽きるよね!」


どうやら耀太の心配は完全に杞憂だったみたいだ。



はいはい、少しでも二人のことを心配したおれがバカでした。



そう思い込むことで心のダメージを少しでも軽減させる。


「でも史華、わたしたちって本当に昨日ここに泊まったの? なんだかまるで記憶がないんだけど……?」


「久深もそうなの? あたしも記憶が曖昧なんだよね……。居酒屋でお酒を飲んだところまではしっかり覚えているんだけど、そこから先の記憶が途切れているというか、完全に空白というか……」


この様子では、昨日の夜にこのホテルに背負われて連れて来られたことも覚えていないだろう。


「まあ、こうして美味しいランチが目の前にあるんだから、細かいことなんか気にする必要ないよね!」


「そうだよ、久深! アルコールだってすっかり抜けたことだし、今度はしっかり食事を楽しまないと!」


さっそく二人は楽しげに料理をぱくつき始める。



恐ろしきは酒の力よりも、酔って記憶をなくしたことをまるで気にしない二人の脳内回路のほうかもしれないな。



そんなことを思っていると、レストランにエストレーヤが入ってきた。


「あっ、チャンス到来かも!」


なぜか姉がイスから立ち上がって、早歩きでエストレーヤに近寄っていく。


「ちょっと、なーに、あの成金趣味の服を着た人? もしかして耀葉ちゃんの知り合いなの? 耀太くん、ちゃんとした人とお付き合いしないとダメだよって、お姉さんに注意しないと」


無知ということがどれだけ罪なことなのか、耀太は身をもって実感した。



クミッキー先生、あの人はスターリゾートの代表で、このホテルのオーナーでもあり、さらに宿泊場所に困っていたおれたちに無料でホテルの部屋を提供してくれた恩人でもあるんですよ!



口に出して教えたいところだが、エストレーヤのことを説明するとなると、結局、昨夜の顛末を全部説明しないとならなくなる。それは時間的にも精神的にも面倒なので、ここは口を噤むことにした。


「ちょっとヨータ、こっちに来てくれる?」


姉が手招きしてきた。


「うん? なにか用なのか?」


仕方なく姉の元に寄ると、なぜかそのままレストランの隅の方に連れて行かれる。


「ねえねえ、耀太。今、コレをもらっちゃった!」


「コレ?」


他人が見れば魅力的な笑みに見えるだろうが、肉親からすると不敵な笑みにしか見えない耀葉の笑顔。


「なんと、コレはホテルの宿泊チケットよ!」


耀葉がこれ見よがしに見せ付けてきたのは金色に輝く紙切れだった。


「あのおじさんに、こんなにステキなホテルに宿泊させてもらったのに時間がなくて隅々まで楽しめなくて残念ですって涙ながらに話したら、なぜかこのチケットをすぐに用意してくれたの! なんでだろう? もしかしたら私の人間性と純粋な涙が相手の心をうったのかもしれないわね!」


姉は小悪魔フェイスに蠱惑的なスマイルをにんまりと浮かべている。



どうせ最初からチケット狙いで近寄ったんだろうが! だいたい、チケットをくれた人のことをおじさん呼ばわりするんじゃない!



心の中で姉に全力でツッコミを入れる。


「あのおじさんが代表を務めているスターリゾートはここのホテルだけじゃなくて、国内の観光地に幾つかホテルを持っているんだって! そのうちの一番豪華なホテルの招待券をくれたんだよ!」


「それってどこの観光地のホテルなんだよ? そもそも、おれはこの国の観光地について詳しくないし……」


「耀太もきっと知っていると思うけど」


耀葉が意味深に言う。


「おれが知っている……?」


耀太の脳裏にこの世界に来てから何度も聞いたある地名が浮かんだ。


「それってまさか……ランド――」


「ご名答! 残念な弟にしてはなかなか冴えてるじゃん! なんとこの国で一番大きな観光地であるランドベガスにあるスターリゾートの最高級ホテルのチケットを貰っちゃった! 今からランドベガスに行くのが楽しみでしかたないでしょ!」


大喜びをする耀葉とは裏腹に、耀太は内心から沸き起こる不安を隠せずにいた。



どう考えても高級リゾートで楽しむというよりは、高級リゾートでトラブルに巻き込まれるという映像しか浮かばないんだけど、おれは……。



果たして耀太の不安が的中するかどうか、それはまだ分からない――。

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