第29話 三日目 遠回りするか、ショートカットするか?

後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、耀太たち一行は贅の限りを尽くしたスターリゾートの最高級ホテルを昼過ぎに出立した。大人二人は最後まで、もう少しだけ遊んでいこうよと我がままを言ってきたが、無論、耀太は丁重に拒否の姿勢を貫いた。


耀葉がエストレーヤからランドベガスのホテルのチケットを貰ったことを話せば、二人も文句は言わなかっただろうが、二人には内緒にしたままである。



二人に話したら絶対に今すぐランドベガスに向かおうって言われるからな。ここは二人には黙っておくのがきちだよ。危地きちに陥らない為にもな。――って、やばっ! いつのまにか慧真のダジャレがうつっちゃっているよ!



耀太は胸の内で自分ツッコミをする。


一行が乗り込んだローカル路線馬車は12時10分にジフサワーに向けて出発した。


「ジフサワーから次に乗る馬車が何時に出ているかが重要になってくるな」


耀太は久しぶりにアヴァンベルトから貰った地図を開き、ジフサワーの周辺地域を確かめる。


「地図で見るとジフサワーの西側に山が横たわっているから、この山を避けるように前進して行くしかないみたいだ」


「ショウスサウの案内所でも西に向かうには遠回りするしかないって教えられたからね。その山が遠回りの原因みたいだね」


アリアが顔を寄せて横から地図を覗き込んでくる。


「ああ、そうみたいだ。でも、この山って内陸の奥の方まで山裾が伸びているから、かなり遠回りすることになりそうだよ。これならいっそうのこと山越えをした方がいいかもしれないな。まあ、その変の事情についてはジフサワーでの聞き込みしだいだけど」


「あと問題になるのが、この遠回りルートで行く場合、どこに宿屋があるかだよね」


アリアが地図上の山裾に沿って指をゆっくりと動かしていく。


「う、う、うん……。その点もジフサワーでしっかり確認しないと……」


アリアの細くて白い指先に目がいきそうになるのをぐっと堪えて、耀太は平常心を装いながら答える。


二人が顔を付き合わせて相談している間、いつもは茶々を入れてくる姉は外の景色の写真を撮ることに夢中になっていた。珍しく黙っている慧真は懸命にダジャレを考えているのか、しきりにうーんうーんと唸っている。どうやら手持ちのダジャレがネタ切れになったらしい。大人二人と昨晩その二人に付き合わされた菜呂は食後の睡眠タイムに突入して、静かに寝息をたてて船を漕いでいる。


こうして平和裏に馬車に揺られること一時間半――。


馬車は本日最初の目的地であるジフサワーに到着した。耀太はアリアとともに降りると、さっそく馬車の案内所に聞き込みに向かった。まだ眠り足りないのか覚束ない足取りで大地に降り立った大人二人は、例によって慧真と耀葉に任せることにする。


今日はこの旅で初めてとなる午後の便での出発だったので、ここから少しでも先に進んでおきたかった。その為には情報収集が重要になってくる。


「すみません。ここからローカル路線馬車だけを乗り継いで西に向かいたいんですが、どのようなルートがあるのか教えてもらえますか?」


耀太は開口一番尋ねた。


「そうだね、西に向かうにはこの山に沿って大きく迂回するルートしかないよ」


応対してくれた年配の男性は机の上に開いた地図をこちらに見せながら、丁寧に指で指し示して教えてくれた。耀太の予想通り、やはり遠回りルートは山を迂回するということで合っていた。


「この山って地図で見るとかなり内陸まで延びていますが、山の反対側に出るには時間はどのくらい掛かりますか?」


「この山をぐるっと半周することになるから……一日、いや、馬車の乗り継ぎ時間なんかも考えると、一日半以上はかかるかもしれないね」


「えっ、一日半もかかるんですか?」


思ってもみなかった返答にオウム返しで聞き返してしまう。


「全行程が馬車で繋がっていればもっと早く着くと思うけど、所々、馬車の路線が途切れているからね。当然、その区間は歩かないとならないから時間がかかってしまうんだよ」


「そうなんですか……」


路線馬車が繋がらない区間が存在するであろうことは事前に予想していたが、それでも一日半も掛かるというのは想像を越えていた。


「ちなみにこの区間に宿屋や宿泊施設はありますか?」


驚きのあまり二の句が告げない耀太に変わって、アリアが大事なことを聞いてくれる。


「宿泊施設はどうかなあ……。基本的にこの迂回ルートは地元の人しか通らない道だからね。もしかしたら小さな宿屋ぐらいならあるかもしれないけど、今ここではっきりあるとは断言出来ないかなあ……」


男性が難しそうな表情で首を振る。


「それじゃ、今夜はどこかで野宿しないとならないっていうことで決定なのか……? またクミッキー先生に文句を言われそうだよ」


耀太はため息をついた。一日半掛かるということは日を跨ぐことになるので、どこかで絶対に夜を過ごすことになってしまう。


「馬車と徒歩で進みながら、尚且つ宿屋も探さないといけないとなると、かなり大変な行程になりそうだね」


博識のアリアも頭を悩ませているらしく困惑の表情を浮かべている。


「例えば、この山を徒歩で乗り越えることは難しいんですか? この地図で見ると、そんなに標高があるようには見えないんですが……?」


耀太は事前に考えていた山越えルートについて尋ねた。もしも山越えが無理となると、今夜は野宿覚悟でここから山の迂回ルートを進んでいかなくてはならない。出来れば、それだけは避けたかった。なにせこの二日間、連日宿の手配に苦労したので、今日こそは宿の心配をすることなく前進したかった。


「あーなんだ、徒歩でもいいのかい? それなら断然、徒歩で進むのが良いよ。山越えなら簡単に向こう側の村に着くからね! 山自体もそこまで高くはないし」


案内所の男性は、それなら問題ないと云わんばかりの笑顔で答える。


「えっ? そうなんですか? ていうか、そんなに簡単に山を乗り越えられるのに、なんで馬車は通っていないんですか?」


拍子抜けの返事に耀太も少し戸惑ってしまった。


「それには理由があるんだよ。この山は標高は低いけど岩山といってもいいくらい硬い岩肌が剥き出しの山で、大きな道を切り開く工事が困難だったのさ。それで最低限、人が通れるだけの幅の切り通しの道を作って、馬車は迂回するルートを走っているっていう訳なんだ」


「そういう訳があったんですね! それでその山越えルートを進む場合はどのくらい時間が掛かかりますか?」


「まあ、普通の旅人の足なら、そうさね、三時間もあれば向こう側の村の『オーショア』に着けると思うよ」


「三時間! 迂回ルートに比べて、めちゃくちゃ短くて済むじゃん!」


「この山越えルートは『オーショア』の人たちもジフサワーに買出しに来るのに使っている道なんだ」


話を聞く限り、山越えルートに難点はないように思われる。


「えーと、オーショアに宿はありますか?」


最後に一番重要なことを確認する。


「いや、オーショアにはなかったと思うよ。でも、オーショアを出る最終の馬車に間に合えば、今日中に宿がある街に行けるはずだから」


宿の心配もこれで回避出来た。


「アリア、これは山越えルートで決定みたいだな」


「うん、そうだね!」


「よし、さっそく慧真たちに報告しに戻らないと!」


最高の成果を手にして意気揚々とした気分で慧真たちに合流した耀太は、さっそく案内所で聞いた山越えルートについて説明した。


「――ということで、今から山を徒歩で乗り越えるから! 多分――」


耀太はぐるっと辺りを見回すと、すぐにお目当ての山を見つけた。


「あの山を越えていくことになると思う」


それほど高くはない丘のような山を指で指し示す。


「えーっ、あの山を本当に徒歩だけで越えるの?」


案の定というか、やはりというか、組木が難色を示す。


「クミッキー先生、たかだか三時間ですから。ピクニック気分で歩いていけば、すぐに山の向こう側にあるオーショアの村にたどり着けますから! そこから最終の路線馬車に乗れれば、今夜の宿も確保出来るんですよ?」


生徒が教師を全力で説得するという、あまり見かけない構図が展開される。


「それにクミッキー先生、迂回ルートの場合、馬車がない区間は歩かなければならないし、それに迂回ルートの場合は宿の心配もありますから。もしも組木先生が野宿してもいいというのならば、迂回ルートで進みますがどうしますか?」


「……フンだ。それなら山越えでもいいもん……。新卒なのに無理やり山越えさせられたって、後で教育委員会に絶対に訴えるから……」


子供のように拗ねて答える困った教師。



なんでこの人が教員免許の試験に合格出来たのか疑いたくなるよ!



担任への説得工作だけで、なんだか一仕事した気分になるくらい疲れてしまった。


「それじゃ、今からみんなで歩いて――」


「ちょっと待ってよ!」


姉が突然声を張り上げて耀太の言葉を制した。


「なんだよ? 何かまだ文句でもあるのか? 文句を言うのは先生だけにしてくれよ……」


「せっかく新しい街に来たのに、この街のグルメを楽しんでいないでしょうが!」


「ヨーハ、おれの話を聞いていなかったのか? 今日は出発時間が遅かったから、時間との勝負になるんだぞ? グルメどころじゃないだろうが!」


「あんたの方こそ、その空っぽの頭を全力で回転させなさい! いい、山越えに三時間も掛かるのならば、それなりの準備が必要でしょうが! ほら、ちょうど目の前に果物屋さんがあるから、そこでおやつを買っておいても罰は当たらないでしょうが!」


確かに果物屋と思える店舗の前には、色取り取りの新鮮な果物が並んでいる。


「山道を歩くとなると体力を削られるから、糖分補給の甘いものは必須かもな」


慧真が耀葉の案に賛成票を投じる。


「分かったよ! 高額にならない範囲で買い出しを許可するから!」


これ以上姉と不毛な言い争いを続けても精神的に疲れるだけなので、早めに妥協案を出すことにする。


「我が弟くんが全面的に賛成してたれたから、みんなでおやつを買い出しに行こう! でも、おやつはひとり1000円までだからね!」



ヨーハ、遠足じゃないんだぞ! ていうか、普通、おやつの金額は500円までだろうが!



心の中で無駄なツッコミを入れる。


やれやれといった感じで耀太が果物屋に向かいかけたそのとき、当の果物屋の店先から男女が言い争う声が聞こえてきた――。

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