異世界ローカル路線『馬車』乗り継ぎの旅100日間王国一周の賭け ~異世界でムチャな賭けに巻き込まれたおれたちは奴隷になりたくないから、ローカル路線『馬車』を乗り継いで頑張ってゴールを目指すことにした~
第27話 二日目 結局、今夜の宿泊先は此処になりました!
第27話 二日目 結局、今夜の宿泊先は此処になりました!
観光地の薄暗い袋小路にギーサの絶望的な悲鳴が響き渡る。それほどまでにギーサの状態は凄惨を極めていた。
目からはダラダラと無限とも思えるほどの涙をこぼしている。鼻からは絶えることなく鼻水が流れ続けている。口元からも涎が延々と垂れ落ちている。おそらく自分で体の制御が出来ないのだろう。
「さすが凶暴なグリズリーも戦意喪失くらいの痴漢撃退スプレーだけのことはあるな! ほんの少しプッシュしただけなのにこの破壊力だもんな!」
耀太は手にした缶スプレーをまじまじと見つめた。
「おごっ……ごぶっ……おぐえっ! ぐぶぼっ! ぐえっ、ごぶっぶぎゅ……。み、み、み、水を……み、み、水を……。顔を洗う……水を……」
ギーサが息も絶え絶えに口を開く。
「先にやることがあるんじゃないのか? おれたちから騙し取った金はどうしたんだ?」
ギーサの状態に同情は禁じえないが、取られたものを返してもらうまではこちらも手を抜くつもりはない。
「わ、わ、分かったよ……! わ、わ、分かったから! か、か、金なら……す、す、すぐに返すから!」
ギーサはポケットに手を突っ込んで紙幣を引っ張り出すと、無造作に路上にバラ巻いた。
「一枚、二枚、三枚――」
慧真がわざとゆっくりとした動作で紙幣を拾っていく。
「――六枚、そして、これで七枚と! たしかに金は全額返してもらったぜ!」
「か、か、金は返したぞ! だから……み、み、水を……水をくれよ!」
「悪いがあんたに聞きたいことがひとつある。それに答えてくれるまで水はやれないな」
耀太はギーサを突き放した。
「はあ? どういうことだよ! このままじゃ、オレの目が見えなくなっちまうよ!」
「そう思うのならば、今からおれが聞くことに正直に答えてもらうおうか」
居酒屋で耳にしたギーサの自慢話の中にひとつ気になる点があった。そこを確認しないとならない。
この男は『ある人物から金稼ぎの方法を教えてもらった』と話していた。その人物の正体は――。
耀太の脳裏にはなぜか予感めいたものがあった。それも毎度毎度の嫌な方の予感である。
もしも、おれの予感が当たっていたら――。
耀太はギーサに直接質問を投げ掛けた。
「あんたに『コレコレ詐欺』のやり方を教えたのはどこのどいつなんだ?」
「名前なんて知らねえよ! たまたま居酒屋で知り合っただけなんだからな!」
「それを信じろっていうのか? 何度もあんたのウソに付き合うつもりはないからな!」
「ほ、ほ、本当だよ! 金がなくて居酒屋でちびちび酒を飲んでいたら、知らない男がオレに話しかけてきたんだ! そいつはこの国に来たばかりで、この国の事情について詳しく知らなかったみたいだったから、おれが親切にいろいろと教えてやったんだ。そうしたらそのお礼にって、金の稼ぎ方を教えてくれたんだよ! そいつが言うには、そいつの国ではそういう詐欺が流行っているらしくて、簡単に大金を稼げるからすぐに金持ちになれるぞって言われたんだ!」
痴漢撃退スプレーの痛みのせいか、ギーサがあっさりと真相を語る。
「それで、その男はどういう素性のヤツだったんだ?」
「さあな。よく知らねえよ。自分のことは話したくなさそうだったから、オレも詳しくは聞かなかったんだ。ただ今思い返してみると、おまえたちが着ている服と同じような服装だったと思うが……。おい! まさか、おまえたちはあの男と同じ国から来たのか! ていうか、あの男のことを知っているんじゃねえだろうな?」
ギーがは今さらながらに気付いたように耀太の顔を睨みつけてくる。
やっぱり、そうだったのか。
果たして、耀太の嫌な勘は当たっていた。ギーサの話を耳にしたときから、どこか引っかかりを感じていた。それは『コレコレ詐欺』のやり方が、あまりにも現代日本の『オレオレ詐欺』に酷似していたからである。そして同時に耀太はキサリスで出会った月屋橋次郎の存在を思い出していた。そのふたつを結びつけて考えたとき、導き出される解答はおのずと限られてくる。すなわち――。
どこの誰かは知らないが、おれたちのように現代日本からこの世界に転移してきた日本人が、ギーサに『オレオレ詐欺』を真似た『コレコレ詐欺』を教えたんだ!
そう確信した。
「そいつは今どこにいるんだ?」
「そんなの知るわけねえだろう! 最初に会った居酒屋で別れてから、一度も再会していないからな! なあ、もういいだろう? 水をくれよ!」
ギーサの様子を見る限り、ウソをついている様子は見られない。これ以上、ギーサから詳しい話を聞くことは出来なさそうだ。
「ケーマ、水を汲んできてくれるか? こいつから聞きたいことは全部聞けたから」
「ああ、分かった。すぐ近くに井戸があったはずだからすぐに持ってくる」
慧真が走って路地を出ていく。
やれやれ、まいった事態になったな。お金は戻ったけど、新たな問題がまた出てきたよ。いったい、いつになったらおれたちはトラブルから解放されるんだよ……。
耀太は口からはため息をこぼし、心の中ではグチをこぼした。
「ほら、水を持ってきてやったぞ。これで急いで顔を洗いな」
水が入った桶を持って慧真が戻ってきた。ギーサの前に桶を置く。
「やっとこれで顔を洗えるぜ!」
ギーサが直接桶に顔を突っ込んで、これでもかといわんばかりの勢いでごしごしと両目を擦り洗う。
「ふぅー、これでようやく痛みが少し引いたぜ」
五分近く目を洗い続けたギーサが顔を上げたが、それでもまだ目は真っ赤に充血している。催涙スプレーの威力、恐るべしといったところだ。
「それじゃ、オレはこれでオサラバさせてもらうからな」
ようやく人心地が付いたのか、それとも自分が吐露した犯罪の話に急に怖気づいたのか、ギーサがこの場から逃げ出そうとする。
しかし、正義が悪の存在を見逃すことはなかった。
「悪いがそういうわけにはいかないな」
威圧的な低い声とともに袋小路に姿を見せたのは十数人の騎士団だった。おそらく、この街の警備の任に就いているのだろう。そのまま雪崩をうって袋小路に駆け込んでくる。
「お前さんにはいろいろと聞かなければいけないことが山ほどあるからな。まあ、牢屋の中でいろいろと聞かせてもらうとするか。時間はたっぷりあるからな。――よし、おまえたち、この男を直ちに捕縛しろ!」
リーダー格の命令一下、丈夫そうな縄を持った若い騎士たちがギーサを取り囲み、たちまち縄で雁字搦めにする。
「旅の者よ。いろいろと迷惑を掛けてしまったようですまなかったな」
リーダーが耀太と慧真に声を掛けてきた。
「いえ、おれ――いや、ぼくたちはお金を取り戻せたので、それで十分です。一緒に旅をしている仲間が待っているので、ぼくたちはこれでもう行ってもいいですか?」
ここで騎士団にいろいろ説明を求められると困ってしまうのは耀太たちも同じだったので、素早く話を切り上げて、この場から離れることにする。
「ああ、もちろんだとも。この不埒な不届き者は我々が責任を持って処罰をするから、君たちは安心して旅を続けてくれ!」
「はい、ありがとうございます!」
騎士団のリーダーに挨拶をして、耀太と慧真は居酒屋に戻ることにした。これでもう金輪際ギーサとは会うことはないだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――
行きはよいよい帰りは怖いという童謡の歌詞があるが、耀太たちの帰り道は『怖い』ではなく『汚い』だった。
通りのあちこちには目を背けたくなるような異臭を放つ吐しゃ物が大量にぶちまかれている。さらには、今だにげーげーと吐き気を堪えきれずにえずいている酔いどれたちの姿もそこかしこにあった。食事処の店の前では嫌そうな顔をした店員と思われる男性が掃除をしている。
耀太は被害者とはいえ、少しだけ申し訳ない気分を感じながら通りを歩いていった。
居酒屋に戻ると、飲みすぎたのかすっかり眠り込んでいる二人の大人の女性と、ぐったりと脱力したようにイスに座り込んでいる菜呂の姿があった。
二人の酒飲みモンスターを相手によく耐え抜いたと褒めてあげないとな。
耀太は珍しく菜呂に高評価を与える。
「その様子じゃ、何事もなく無事に解決してみたいね」
イスに座って優雅にドリンクを飲んでいる姉の姿からは、先ほどのトラブルの存在は一切感じられない。周囲の状況など気にせずにマイペースを貫く姉にとって、トラブルはもう過去のことなのだろう。
「ヨーハのスプレーが役に立ったよ。ありがとうな」
「もしかしたら詐欺師の逆襲にあうんじゃないかと思ったからね。我が弟と異世界の地で死に別れずに済んで良かったわ」
「そんなにおれのことを心配してくれていたなんて感涙ものだな」
「だって、あんたがいなくなったら家の家事は誰がやるの? 両親とも出張中なんだから、あんたが率先して年上であるわたしの身の回りのお世話をするのが筋でしょ? だから、あんたに死んでもらっちゃ困るのよ!」
「はいはい。そうでした、そうでした……」
いつもの姉らしいに解答に言い返す気力すら沸いてこない。
「結局金は戻ったけど、ここで一晩過ごすことに変わりはないっていうことみたいだな」
慧真は口ではそうに言いながらも、満更でもなさそうな顔で並べたイスにごろりと寝転がる。
「おれも夜のマラソン大会で疲れたから今日はもう寝るかな」
耀太の疲労もピークに達していた。
「ねえアリア、先生たちも爆睡しちゃっているし、わたしたちもそろそろ寝る準備を始めようか?」
「うん、そうだね」
耀葉とアリアがいそいそと就寝の準備に取り掛かると、居酒屋のドアが開いて、見るからにお金がかかっていそうな仕立てのよい服に身を包んだ紳士が、二人の従者らしき若い男性を引き連れて店内に入ってきた。
へえー、こういう上流階級の人たちもこんな庶民的な店に飲みに来るんだな。
他人事のように思っていると、なぜかその紳士は耀太たちの方に迷うことなく向かってくる。
「あの悪名高き『コレコレ詐欺師』を追いつめた若者というのは君たちのことかね?」
紳士が前に進み出てきた。貫禄があり、押し出しの強い印象である。
「あ、はい、そうですが……。あの、なにか……?」
相手の態度に少しだけ威圧されながら返答する。
「そうか、やっぱり君たちだったんだ! 私はこのショウスサウの観光を取り仕切っているエストレーヤというものだ! スターリゾートの代表を務めている!」
「観光を取り仕切っている……?」
背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
もしかして『集団げーげー事件』のことで怒られるんじゃ……。
脳裏に不安が過ぎる。いくら不可抗力だったとはいえ、観光地の大通りを吐しゃ物まみれにしてしまったのは間違いない。あるいは怒られるどころか、もしかしたら罪に問われるかもしれない。
「あの、ぼくたちは……その……ああいう事態になるとは、これっぽっちも思っていなくて……だから、なんて言えばいいのか……」
こちらの正当性について、しどろもどろに答える。それに対してエストレーヤの反応はというと――。
「いやー、あの詐欺師には困り果てていたんだ! 観光に携わる者の代表としてお礼を言うよ! 本当にありがとう! これで安全に観光が楽しめる街に戻った! 本当にありがとう!」
いきなりがしっと耀太の手を握り締めたとかと思うと、ぶんぶんと振りながら、しきりにありがとうありがとうを繰り返すエストレーヤ。
怒られるんじゃないかという耀太の予想は完全に杞憂に終わったみたいだ。
「ぼくらは自分たちのお金を取り戻したかっただけなので……」
「いやいや、そう謙遜しなくてもいいんだよ! 君たちはこの国の観光を助けてくれた大恩人なんだから!」
知らない間に耀太たちの評判がすごいことになっていた。そんな風に言われると耀太としてはますます恐縮してしまう。
「あっ、そういえば君たちは宿泊先に困っていると聞いたがそうなのかい?」
「はい、そうなんです!」
なぜかここで姉が前にしゃしゃり出てきた。
「実は今夜泊まるところがなくて、この居酒屋で困り果てていたんです。野宿するわけにもいかないし、どうしたらよいのかと……。くすんくすん……」
泣いている振りまでする姉。
「そういうことならば、わたしが営んでいるホテルにすぐに部屋を用意させよう!」
「えっ? いいんですか? ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を述べる姉であるが、姉がはじめからこういう展開を狙っていたと耀太には分かっていた。
我が姉ながら、こういうときは抜群に鼻が利くというか、抜け目ないというか、世渡り上手というか……。まっ、この場はヨーハに任せていいか。
利用できるものは最大限に利用するのが耀葉である。その最たるものが、年下の弟の扱いであるのは言うまでもない。
とにもかくにも、こうして今夜の宿を確保した一行は、エストレーヤを先頭にしてさっそくホテルへと移動を始めた。
十分後――。
「ここがわたしのホテルだよ! このショウスサウでは一番高級なホテルなんだ! さあ、今夜はここでぐっすりと眠って、旅の疲れを取ってくれ!」
エストレーヤが両腕を大きく広げてホテルを自慢げに紹介する。
「えっ、このホテルってまさか……」
耀太は案内されたホテルの全景を驚きの目で見つめた。
なぜならば、一行が案内されたホテルはギーサにダマされたまさにあのホテルだったのである。
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