第33話 三日目 Dの誘惑
「雷帝様に仕える巫女か……。ヨーハも上手いこと考えたよな。巫女さんなら魔法が使えるイメージがあるし、不審がられることもそうないだろうからな」
姉の咄嗟の判断に耀太は舌を巻いた。耀太の頭脳ではそこまで思いつかない。
「スタンガンって単語を使うよりも、巫女さんだという風に言った方が説得力もあるからね」
アリアも耀葉のことを褒める。
この世界の住人にとってみればスタンガンは立派な魔法に見えるだろう。逆にスタンガンが機械だということを説明する方が難しいくらいだ。それを逆手に取った耀葉の策略が功を奏した形となった。
「あ、あ、あの……も、も、もしかして……やっぱり、みなさんは魔法を使えるんじゃ……?」
この国の住人であるオーリーは目を丸くさせて耀葉のことを見つめている。オーリーの目にはきっとスタンガンが放った白光が魔法に見えたのだろう。
「オーリーちゃん、これは魔法とは少し違うの。わたしたちの国で使用されている身を守る道具のひとつなの。でも今はそんな話より、ケガの方は大丈夫なの?」
耀葉がスタンガンの説明を省いて、無理やりオーリーのケガの話にすり替える。
「あっ、はい……だ、だ、大丈夫です……。ちょっと足首を捻っただけなので……」
口ではそう言っているが、オーリーの顔色を見れば、それが本心でないことぐらいは誰の目にも明らかだった。
「私、湿布を持っているから、それを足に貼ってあげる! ちょっと待ってて。今、バッグから出すから」
アリアがバッグから急いで湿布のイラストが描かれた四角い箱を取り出す。ドラッグストアでよく見かけるやつだ。
「さすがアリア! いつでも準備万端だな。湿布まで準備していたなんて!」
アリアの容易周到さには頭が下がる思いだ。
「たまたまバッグに入れていただけのことだから。体育の授業で突き指をしたときに使った湿布の残りが入っていたの」
我が女神様はこんなときでも偉ぶらずに謙虚な姿勢を貫く。
「オーリーさん、この湿布を貼れば痛みはだいぶ引くと思うから」
「すみません。道案内役のわたしがケガをしてしまって……」
すまなそうに謝るオーリーの右足のくるぶしに、アリアが丁寧に湿布を貼る。
「わっ、なんですかコレ? この湿布スゴイ! とっても冷たいのに、痛みがすぐに引いていく感じがする! ひょっとしてこれこそ魔法なんじゃ――」
「魔法みたいに思うかもしれないけど、これもジャポングで使われている医療品のひとつなの」
「そうなんですか! ジャポングって本当にすごい国なんですね!」
関心したようにつぶやいたところで、オーリーは急に何かを思い出したように顔をはっとさせた。
「そうだった! こんなところで立ち止まっていないで、皆さんは早く馬車の停留所を目指してください!」
そこでオーリーは慌てて時計に目を向ける。
「この時間ならまだ最終の馬車に間に合いますから! わたしは足の痛みが引くまで、ここで少し休んでいきますので」
「いや、さすがにそれは……」
耀太は口淀んでしまった。オーショアの次の街にあると教えられた宿屋に宿泊する為には、絶対にオーショア発の最終の馬車を逃すわけにはいかない。しかし怪我をしたオーリーをここに一人で置いていくことも出来るわけなかった。
「クミッキー先生、どうしますか? 最終便に間に合うように、ぼくたちだけで馬車の停留所を目指しますか?」
ここは大人の判断にすがるしかない。
「この子はもうわたしの生徒にするって、さっき決めたから! オーリーちゃんはわたしの大切な生徒なんだから、当然置いていくわけないでしょ!」
組木が天高くこぶしを突き上げて、高々と宣言する。
「クミッキー先生……」
耀太はこの旅を通じて初めて組木のことを見直した。
例え新卒だとしても、なんだかんだいってクミッキー先生は生徒思いのしっかりとした教育者だったんだな。おれ、少しクミッキー先生のことを誤解していたかも。あとで謝っておこうかな。
そんな風に反省する耀太だった。
「それじゃ耀太くん、ちょっとこっちに来てしゃがんでくれる? オーリーさんを背負って、馬車の停留所まで運んであげてね! もしも最終便に一分でも遅れたら、修学旅行の評価がどうなるかは分かるよね?」
組木は耀太に全てを任せる腹積もりらしい。
はい、前言撤回しまーす! 立派な教育者なんかじゃなくて、生徒をいじめる横暴教師でした!
少しでも組木のことを評価した自分が愚かだったと痛感させられた。
いや、こんなオチになるんじゃないかとは分かっていたけどさ……。
「ちなみにクミッキー先生はぼくの体力をご存知ですか? オーリーさんを背負うのは構わないんだけど、さすがに最終に間に合わせるのはムリですからね!」
「そこをなんとかするのが学級委員長でしょ? その為に任命されたんだから、職責はちゃんと果たさないと!」
「いや、例え学級委員長でもなんとかは出来ないですから! ていうか、学級委員長の仕事を遥かに逸脱してますからね! もはやパワハラレベルの命令ですから!」
「じゃあ、耀太くんはここにオーリーさんを置いていけっていうの? そんな自分勝手なことを言う生徒がわたしのクラスにいたなんて、先生、とってもとっても悲しいです! 先生、泣いちゃいます! しくしく……」
わざとらしく泣きまねをする新卒の教師を前にして、いったいどうしろというのか。
号泣したいくらい悲しいのは、むしろぼくの方ですから!
「あ、あ、あの……わ、わ、わたし、やっぱりここで休憩していきますから! 皆さんは急いで――」
場の空気を読んだのか、オーリーが割って入ってくる。
「オーリーちゃん、大丈夫だから。こうみえて、わたしの弟はジャポングで重量挙げの選手をやっているの。オーリーちゃんを背負うことぐらい朝飯前どころか、前日の夕飯前ぐらいだから! だから安心して弟の背中を使って!」
意味不明の言葉でオーリーの説得工作に掛かる姉。
「ヨーハ、勝手にそういうありもしない設定を捏造するなよ!」
「あら弟くん、あんたの目はいつから節穴になったの? あの二つの山が目に入っていないのかしら?」
耀葉がオーリーの胸元に意味深な視線を向ける。
「わたしが見たところ、あの山の高さはざっと『D』ってところに見えるけど? あの『D』の山に挑戦しなくてもいいの? それとも見す見す挑戦をふいにするつもりなの?」
姉の視線の先を追って、耀太の視線もオーリーの胸元にロックオンされる。
「ま、ま、まあ……そうだよな。ここは誰かがやらないといけないわけだから……。うん、おれがオーリーさんを停留所まで背負うよ! そして必ず最終便に間に合わせてみせるから!」
姉の策略にまんまと乗ってしまう耀太だった。
「あの耀太さん、本当にいいんですか……?」
「オーリーさん、もちろんいいですよ! Dの誘惑には勝てませんから!」
「Dの誘惑……?」
オーリーが不思議そうに小首をかしげるが、間違ってもここで詳細を説明するわけにはいかない。
「あっ、いや、こっちの話だから……。とにかく、ぼくの背中に早く乗って!」
耀太はボロが出る前にオーリーを急かせた。
「それではお言葉に甘えさせていただきますね」
オーリーが耀太の背中に恐る恐るといった感じで乗る。耀太の背中に柔らかい二つの山が押し付けられる。
うん、たしかにこの感触は『D』レベルだ! いや、ひょっとしたら『E』レベルかも! オーリーさんって案外と着痩せするタイプなのかもしれないな。
思わず顔がにやけそうになる。
「それじゃ、出発進行!」
耀太の掛け声の元、一行は最終便の馬車に間に合うように山道を急いで下っていくことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます