第34話 三日目 今夜は宿探し問題を回避?

耀太はオーリーを背中におんぶして、早足で山道を歩いていく。道は下りだったが、さすがに女性ひとりを背負っているので、どうしてもスピードは思うように出ない。


「オーリーさん、ひとつ聞きたいことがあるんですが、さっきのあの男、こん棒を持っていたけど、この国では武器の所持は違法だったりするんですか?」


馬車の最終便の時間も気になったが、さきほどの一件も気になっていたので背中越しにオーリーに質問してみた。耀太が想像するに、こういったファンタジーの世界では剣を持っている人の方が多いような気がするのだ。


「君は戦士のくせにそれくらいも分からないのかい! それじゃ、このパーティの戦士としては失格だぞ!」


オーリーを差し置いて、真っ先に菜呂が答える。



何度も言うけど、おれは戦士になった覚えはないぞ! だいたい、このグループのリーダーはおれなんだからな! だとしたら、リーダーの職業は戦士じゃなくて、勇者じゃないとおかしいだろうが!



胸の中でくだらない反論をしつつ、オーリーとの話に集中する。


「えーとですね、この国では剣の所持には制限があるんです。基本的に剣を所持できるのは王国所属の騎士か、もしくは限られた貴族だけなんです」


「それじゃ、一般市民は武装してはいけないということ?」


「いえ、完全に禁止されているわけじゃないです。国民でも、いざというときのために自衛用に家に剣を置くことは許されています。最近はないですが、例えば魔物が街を襲ってきたときに、武器がないと身を守れないですからね。あとは深い山奥で猟や薬草収集をする人たちだったり、人里離れた場所を移動する旅人なんかは、例外的に護身用の武器の所持が認められています」


「それでさっきのあいつは剣じゃなくて、こん棒を持っていたのか。あれが剣だったら、さすがに勝負にならなかったからな」


「ヨータ、もしも剣を向けられたときは静かに『そーと』逃げればいいんだよ! 『ソード』だけにな!」


先を歩く慧真がわざわざ振り返ってまでしてくだらないダジャレを放つ。


「剣を向けられた後じゃ、そんな余裕はないだろうが! とにかく剣を持った不審者と出会ったら、急いで回れ右をしろっていうことですよね、オーリーさん?」


「はい、わたしもそれが一番良い判断だと思います」


「あれ? ねえ、みんな、木々の間から建物みたいなものが見えてきたんだけど! ひょっとしたら、あれが目的地なのかな?」


スマホを片手に疲れた様子も見せずに先頭を歩いていた耀葉が立ち止まった。


「あっ、耀葉さん、そうです! そこから見えるのがオーショアの集落です!」


耀太の背中にいるオーリーが頭を精一杯前方に伸ばす。


「みなさん、あと少しで村に着きますので!」


「オーリーさん、時間的にどんな感じかな? 最終便に間に合いそうかな?」


耀太はすぐに確認した。


「馬車の停留所は村の入り口にあるので、ここからだとあと二十分弱といったところですね。今五時過ぎなので、ギリギリ間に合うかどうかといったところです」


「それじゃヨータ、ここからは急がないと! ほら走って! 走らないと間に合わないからね!」


弟の体の状態などお構いなしに姉が簡単に命令を下す。


「さすがに今から走るのは体力的にムリだから! むしろ、こっちは少し休ませて欲しいくらいなんだぞ!」


「な、な、なんか……す、す、すみません……わたしが重いせいで……。あっ、わたし、背中から下りましょうか?」


「あっ、オーリーさんは悪くないですから! ていうか、オーリーさんは全然重くないですよ! それにここで『E』レベルを離すわけにはいかないですから!」


「『E』レベル……?」


「あっ、いえ……こっちの独り言なので気にしないでください……。とにかくヨーハ、おれの体力はもう限界だから!」


「耀太くん、先生はとても悲しいです。わたしが知っている有名な先生はこう言ってますよ。『諦めたらそこで人生の落伍者になる』って!」


耀太の抗議の声に対して、なぜか組木が答える。



クミッキー先生、多分、その言葉少し違いますから! ていうか、たった一度諦めたくらいで人生の落伍者になるって、どんだけスパルタな教育方針なんですか!



「いい耀太くん、先生は泣き言なんか一切言わずに、常に前向きに行動してるんだよ! 耀太くんも先生を見習って、最後まで全力で頑張って! 倒れるのはそれからでも遅くはないから!」



誰よりも先に弱音を吐くのはクミッキー先生でしょうが! いや、その前になんで倒れることが前提なんですか! やばい! くだらないツッコミをしていたら、さらに体力が奪われていく。



時間の無駄でしかないやり取りをしたせいか、ドッと疲れが押し寄せてきた。


「耀太くん、私が少し力を貸すから、もう少しだけ頑張ろう!」


アリアが耀太の背中にそっと手を置き、耀太の体を優しく前に押し出してくれる。


「アリア、ありがとう! 歩くのがだいぶ楽になったよ!」


アリアの協力のお陰か、そこから耀太は立ち止まることなく道を下っていき、オーリーの言葉通り、二十分ほどでオーショアに辿り着いた。


村の入り口には木で作られた素朴な馬車の停留所が設置されている。しかし、目に見える範囲に馬車は停まっていない。


「停留所があったぞ! オレが一足先に行って確認してくるから!」


慧真が一目散で駆け出す。


「頼んだぞ、ケーマ!」


「えーと、この時刻表によると、やっぱり最終は五時三十分みたいだな。今が五時三十五分だから……ダメだ! ヨータ、やっぱり最終便は出ちゃったみたいだ!」


「そんな……。あんなに頑張って山越えをしてきたのに……」


「あの、すみません、ちょっと聞きたいんですが、五時半の最終便はもう出発しちゃいましたか?」


耀太の背中から下りたオーリーが、近くにいた鍬を担いだ男性に尋ねる。


「なんだ、オーリーじゃないか。今、ジフサワーから帰ってきたのか? 最終の馬車なら少し前に出発したぞ」


「そうですか……。やっぱり間に合わなかったですね……。わたしが足をケガさえしなければ……」


オーリーがしゅんとした表情で大きなため息をつく。


「あーあ、耀太のせいで最終便に間に合わなかった! あーあ、耀太が手を抜いて走ったから遅れちゃった!」


耀葉がわざとらしいくらい大げさに首を左右に振る。


「あのな、おれはこれでも全力で頑張ったからな!」


姉相手では敵わないと分かってるがつい反論してしまう。


「ごめんね、オーリーちゃん。せっかく案内してもらったのに、耀太のせいですべてが台無しになっちゃった! 姉として、これ以上ないくらい恥ずかしいわ!」


「さすがにそこまで実の弟を貶めなくてもいいだろうが!」


「ねえ耀太くん、耀葉ちゃんって本当に優しいよね」


アリアが耀太にだけ聞こえる小さな声で話しかけてきた。


「えっ? だっておれに全部責任を押し付けたんだぜ? 優しいどころか、あれじゃ鬼姉だよ!」


憤懣やるかたない耀太にはアリアの言葉の真意が分からなかった。


「だって耀葉ちゃんはケガをしたオーリーさんが責任を負わないように、わざと馬車の時間に間に合わなかった責任を耀太くんに擦り付けたんだと思うよ」


「えっ? まさか、そういうことだったのか……?」


気落ちしているオーリーを優しく慰めている耀葉の横顔からは、そんな様子は微塵も感じられない。



まったくヨーハもそれならそうと、最初から言ってくれればいいのに。やっぱりヨーハには敵わないよな。



我が姉の思慮深さに、疲れも忘れて感心しきりの耀太だった。


「もう耀太くん、最終の馬車に間に合わなかったじゃん! これじゃ学級委員長失格だからね! ついでに卒業旅行の評価もマイナスに決定!」


ひとりだけ耀太の責任を追及し続けるひどい新卒の教師がいたが、これは無視しても構わないだろう。


「それじゃ、今夜は野宿に決定だな。さっそく寝る場所を探すとするか」


慧真が周囲に視線を飛ばして、今夜の寝床を探し始める。


「えー、慧真くん、本当に野宿するつもりなの? だって夜になったらきっとこの辺は真っ暗だよ? すごく危険だよ? めちゃくちゃ怖いよ? 絶対にお化けが出るよ? 先生、野宿には反対なんだけど?」


「クミッキー先生、子供みたいなことを言わないでください! フーミンさんはどう思いますか? 今夜は野宿でも構わないですよね?」


耀太は思わず声に出して担任にツッコんでしまった。


「野宿ってことは今夜はここでキャンプをするっていうことだよね? それじゃ、みんなでキャンプファイヤーを囲んで朝まで騒ごうか!」


もう一人の大人が別の意味で困ったことを言い出す。


「あの耀葉さん、野宿ってどういうことですか……?」


皆の様子を見ていたオーリーが耀葉に尋ねる。


「ああ、そのこと? ジフサワーの案内所で聞いたんだけど、この村には宿屋がないんだよね? それで次の街には宿屋があるっていうことだったから、今夜はそこの宿屋に泊まるつもりだったの。だから、どうしてもオーショアから出る最終便に乗りたかったの。でも、それを逃した以上はこの村で野宿するしかないからね」


「そうだったんですね」


「ねえ耀太くん、あっちの林でキャンプファイヤー用の木を探してきてくれる? 朝までキャンプファイヤーするから、大量に探してきてね!」


「フーミンさん、だからキャンプファイヤーはやりませんから!」


「それじゃ、肝試し大会はさすがにやるよね?」


「それもやりません! 肝試し大会って、完全に林間学校の行事じゃないですか!」


「えー、キャンプファイヤーも肝試しもやらないんじゃ、野宿する意味がないじゃん?」


「だから、ぼくたちは遊びでこの村に来ているわけじゃないでしょ!」


どうやら史華の脳では野宿イコール楽しいキャンプと誤変換されているらしい。


「あの耀葉さん、伝えたいことが――」


「オーリーさん、気にしないで。クミッキー先生が泣き言を言うのはいつものことだから。そもそも足を怪我したオーリーさんを置いていかないとい判断をしたのはクミッキー先生なんだから。ねえ先生、そうでしたよね?」


「うーん……それは……その……」


さすがに自分が言い出したことなので組木も反論出来ないらしい。


「いえ、クミッキー先生のことではなくて……。あの耀葉さん、わたしから伝えたいことがひとつあって――」


「オーリーさん、フーミンさんのことを言ってるの? フーミンさんは高校時代のギャル気質が抜けないだけだから気にしないで」


「いえ、フーミンさんのことでもないんです。あの耀葉さん、とにかくわたしの話を一度聞いてください!」


オーリーの大きな声に一同の視線がオーリーに集中した。


「あるんですよ!」


「ある……? あるって、何があるの?」


耀葉はオーリーの言葉の意味が分からないみたいで戸惑っている。


「ですから、この村には宿屋があるんです!」


「えーーーっ! だって、ジフサワーの案内所の人は宿屋はないって言ってたよ!」


思いもよらない情報に耀太は大声で訊き返してしまった。


「それがつい最近この村にも宿屋が出来たんです! ほら、あそこにベッドとランプのイラストが描かれた木のプレートが出ている建物が見えますでしょ? あそこが新しく出来た宿屋なんです!」


「オーリーちゃん、最高! やっぱりオーリーちゃんをわたしの生徒にして良かった!」


さっきまで泣き言を言っていた新卒の教師がオーリーに抱き付かんばかりに喜ぶ。


「きっとジフサワーの案内所にはまだこの村の新しい宿屋の情報が届いていなかったみたいね」


アリアが冷静に言って頷く。


「なるほど、そういうことだったのか。でも宿屋があって本当に良かったよ。あとは部屋が空いているかどうかだけど……」


耀太にはまだ一抹の不安があった。ショウスサウでは宿泊施設はどこも満室だったのだ。


「わたし、行って確認してきますから!」


オーリーが宿屋に向かって歩いていこうとする。


「オーリーさん、ケガをした足の方は――」


アリアがオーリーの足を心配する。


「アリアさんに貼ってもらった湿布のお陰で足の痛みのほうはだいぶ引きましたから、ゆっくり歩いていけば大丈夫です! みなさんはここで待っていてください!」


やっと自分が活躍できる出番が来たと思ったのか、オーリーは右足を庇いながらひとりで宿屋に向かう。


「そこまで言うのなら、ここはオーリーさんに任せることにしようか」


耀太もオーリーの頑張りを見守ることにした。


そして、十分後――。


オーリーが宿屋のドアから出てきた。顔には満面の笑みを浮かべて、大きく手を振りながら耀太たちの元に戻って来る。


「今日は宿泊客がいなくて部屋の準備はしていなかったみたいなんですが、みなさんの事情を説明したら、急いで部屋を準備してくれるということです!」


「やったー! オーリーさん、ありがとう! 今夜はゆっくり休めるぞ!」


耀太の心配もこれで霧消した。山歩きの疲れも一気に吹き飛ぶ。


「ついでにキャンプファイヤーの準備もしてくれると嬉しいんだけどなあ」


まだキャンプ気分が抜けない大人が約一名いたが、これはきっと幻聴に違いない、と耀太は思い込むことにした。

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