第32話 三日目 山賊退治

「へへへ、これはこれは奇遇だな。まさかこんな山ん中でお前たちと再会出来るなんて。きっと運命の女神様が微笑んでくれたのかもしれないな。それともリンゴの女神様のお陰かな」


ニヤニヤ笑いを浮かべて、道の真ん中で通せんぼするかのように仁王立ちしているのは悪徳果物屋のヤンバだった。さらにご丁寧にも、ヤンバの背後には体格の良い屈強な男が二人従っている。その理由は明白だ。


「お前、なんでここに……?」


耀太はヤンバの登場に正直驚きを隠せなかった。ジフサワーを出発するときにヤンバが追ってこないことは確認したはずなのに、こんな場所で再会するとは思ってもみなかった。


そして、この再会が奇遇でないことぐらいは、ヤンバが手にしているこん棒を見れば分かる。山越えに杖は必要かもしれないがこん棒はいらない。


「こっちとしては二度と会いたくなかったんだけどな」


冷静になれと自分に言い聞かせながら、とにかくヤンバの様子を観察する。おそらく耀太たちが歩いてきた道とは別の道を通って先回りして、ここで待ち伏せしていたのだろう。



まったくご苦労なことだ。果物屋なら大人しく店番をしてろよな!



そう言いたくもなる。


「それでおまえはそんな細い棒切れなんか持って何をしているんだ? この山にモンスターでも出て、それを退治に行くところなのか?」


とりあえず様子見で言ってみる。


「まあ、そんな様なところさ。オレの店のリンゴを奪った悪い連中を退治しなくちゃ、平和に商売が出来ないんでな!」


ヤンバがこん棒の先をこちらに向ける。先ほどのリンゴの一件をよっぽど根に持っているらしい。



どう見ても悪いのはおまえの方だろうが!



心の中で全力でツッコむ。


「おいケーマ、どうする? おまえ、何か『武道ぶどう』をたしなんだ経験はあるか?」


視線はヤンバに向けたまま、隣に立つ慧真に早口で確認する。


「生憎とおれがたしなんだことがあるのは『葡萄ぶどう』だけだよ」


「絶対にそう答えると思ったからな! それがこの緊迫した場面で言うことか!」


「オレとしては場の緊張を和らげる為に言ったんだよ!」


慧真と軽口を言い合っていると、不思議と徐々に気持ちが落ち着きを取り戻してくる。もっとも落ち着いたところで、まだ肝心の解決案は何も浮かばないが。


「ちょっと、この人たちは関係ないはずでしょ!」


耀太たちを差し置いて、オーリーが果敢にもヤンバの目の前に出て、食って掛かっていく。


「けっ、おまえが出てくる幕じゃねえんだよ! ジャマだ! どいてやがれっ!」


ヤンバが大きく手を振って、乱暴にオーリーの体を払いのける。


「きゃあああっ!」


小さな体のオーリーは体勢を維持できずに、後方によろめいてしまう。そのまま地面に尻餅を付く。


「オーリーさんになんてことをするんだ!」


「オーリーさん、大丈夫? ケガをしていない?」


耀太とアリアは慌ててオーリーに駆け寄った。


「だ、だ、大丈夫です……。ちょっと体を押されただけですから……」


オーリーは右足のくるぶし辺りを擦っている。あるいは尻餅を着いた拍子に、足首を捻ったのかもしれない。


緊迫の度合いが一気に増した。もう話し合いで済むレベルではなくなりつつあった。


「そうか! なるほど! そういうことだったんだ!」


このタイミングで、なぜか今度は菜呂が意気揚々と前に進み出ていく。


「これこそがぼくに任された『クエスト』だったんだ! この子を無事に村まで護衛するのが『クエスト』内容なんだ! この『クエスト』さえクリアすれば、いよいよぼくの隠されたスキルが開放されるかもしれないぞ! こうなったらやってやる! この『クエスト』受注した!」


言うが早いが、菜呂は細い魔法の杖を振り回しながら、無謀にもにヤンバに突っ込んでいく。


「出でよ、炎の刃! 悪しき輩を灰燼に帰すまで燃やし尽くせ!」


アニメかゲームに出てきそうなセリフ口調は勇ましかったが、当然ながら杖の先からは炎の欠けらすら出現しなかった。


「な、な、なんだよ、こいつ? すげー気持ち悪いぞ!」


菜呂のおかしな様子にヤンバが少しだけ身を引く。この世界の住人から見ても、菜呂の様子は気味が悪いらしい



いっそうのこと、このまま気味悪がってジフサワーまで逃げ帰ってくれないかな。



しかし、そんな都合の良いことが起きるわけもない。


「おい、オレにそれ以上近づくな! 近づいたら本気でヤルからな!」


ヤンバが振り回したこん棒が菜呂の魔法の杖を直撃する。魔法の杖は中ほどから小気味よい音を上げてポキッと簡単に折れてしまう。


「ああああーーーーーーーっ! ぼ、ぼ、ぼくの、ま、ま、魔法の杖がーーーっ! これじゃ、もう魔法が使えないよ……」


菜呂は目の前にいるヤンバを無視して、魔法の杖の状態を確かめるのに必死である。



いや、おまえは元から魔法なんか使えないだろうが!



こんなときだというのに冷静にツッコんでしまう。


「ぼくはもう魔法が使えないから、あとはみんなに任せたよ!」


「なに勝手なことを言ってんだよ! いきなり任せられてもこっちは困るんだよ! まだ準備も何も出来ていないんだからな!」


さすがに声に出して文句を言う。


「しょうがないだろう! ぼくはもうマジックポイントがなくなって魔法が使えないんだから!」


「マッジクポイントなんてもんは、はじめからないだろうが!」


「魔法が使えない以上、ここは力仕事が専門の戦士に任せたからね!」


「だから、おれは『戦士せんし』になった覚えはないぞ!」


「まあ、このままいけば『戦死せんし』する可能性はあるけどな」


慧真が口を挟む。


「ケーマ、そういう笑えないダジャレを言っている場合かよ!」


なんだか、まるで『異世界転生あるある』のコントをやっているような、やるせない気分になってくる。


「まったく揃いも揃ってゴミみたいな連中だぜ! リンゴのお礼をちゃんとしないとな!」


ヤンバが嘲笑いながら、こん棒をぎりっと握りなおす。ここからが本番だといわんばかりの形相で耀太たちにジリジリとにじり寄ってくる。



ヤバイな。これは本格的なケンカになりそうだ……。ていうか、もはやケンカのレベルを越えて、戦闘になるかもしれないぞ……。



耀太は背中に冷や汗が伝い落ちていくのを感じた。


「本当にやれやれね。『腐ったリンゴ』の話は聞いたことがあるけど、まさかリンゴを売っている人間が腐っているなんて初耳だわ!」


動けずにいる弟に代わって姉の容赦ない毒舌が炸裂する。


「な、な、なんだと! 女だからといって容赦するつもりはないからな! おまえにはさっき散々バカにされたから、その仕返しもしないとな!」


「まったく、どうしようもないほどの愚かさね! さっきはこっちがせっかく見逃してあげたのに、わざわざ追いかけてくるなんて! そんなにわたしと勝負がしたいのなら望むところよ!」


耀葉の手にはなにやら黒い棒が握られている。



あの黒い棒にはたしか見覚えがあるけど……。



耀太は記憶を探った。



そうだ! あの棒はフーミンさんが言っていたスタ――。



「さあ謝るのなら今のうちよ!」


「それはこっちのセリフだぜ! さっさとその場で土下座をして、オレ様に許しを請うんだな!」


ヤンバが耀葉に向かって来る。


「どうやら聞く耳を持ち合わせていないみたいね。それじゃ、こっちも本気を見せようかしら。――ホノイカヅチの鉄槌を喰らうがいい! ジシン、カミナリ、カジ、オヤジ!」


すごくいい加減な言葉をさも呪文らしく唱える姉。


不意に黒い棒の先がジャッという音とともに1メートル近く延びる。先端部分はヤンバの喉元に届いている。


「こんな細い棒切れでオレは倒せないぜ!」


ヤンバが叫んだ瞬間――。



ビギィッビギィッビギィッ!



空間を刺激するような音と同時に、ヤンバの喉元で白い閃光が炸裂した。


「うぎゃぎゃっぐぎゃああああーーーーーっ!」


ヤンバの口からこの世の終わりを思わせるような絶望的な絶叫が迸る。そのままヤンバは棒立ち状態でいたが、唐突に地面と平行に体がゆらりと傾いていく。


「ぼ、ぼ、ぼっちゃん! ど、ど、どうしたんですか!」


「だ、だ、大丈夫ですか! いったい、なにがどうなったんだか……?」


背後に従えていた二人がヤンバが地面に倒れる寸前のところで体を支える。


「どうやら雷帝様のお怒りが堪えたみたいね!」


「ら、ら、雷帝様……? なんだよ、それ……?」


「言い忘れたけど、わたしたちはジャポングの雷帝様である『火雷ホノイカヅチ』に仕える神聖なる巫女なのよ! 巫女は雷帝様のお力である『神鳴カミナり』を自在に使えるの! 今すぐその不埒な男を連れて、この場から消え去るがいい! もしもまだわたしたちに刃向かうというのなら、雷帝様の怒りの鉄槌をおまえたち二人にも落とすからね!」


「ひぃいいいいいーーーっ! す、す、すいませんっ! 謝りますから、許してください!」


「い、い、いますぐ街に戻りますので! 神の鉄槌だけは勘弁してください! オレは神を信じているんです!」


二人の男たちがヤンバを慌てて抱きかかえる。しかし、あまりにも慌ててたせいか、上手く抱きかかえられずに、二度ほどヤンバの体が男たちの手をすり抜けて地面に落下する。ヤンバの後頭部と地面との接触面から鈍い音が上がるが、これは自業自得というものだろう。


「そうそう最後にひとつだけ警告しておくわ! この先、もしもこのオーリーちゃんにまた嫌がらせをしたときは、再度雷帝様の鉄槌がその男の頭上に落ちるからね! それが嫌ならば、今後一切オーリーちゃんには近づかないこと! いっそうのことジフサワーの街から消えるのが安全かも知れないわね!」


「わ、わ、分かりました! オ、オ、オヤジさんに頼んで、坊ちゃんは違う街に引越しさせますから!」


「ぜ、ぜ、絶対に近づかないと誓います! 坊ちゃんにはちゃんと言い聞かせておきますから!」


「分かればよろしい。それじゃ、さっさとわたしたちの前から消えてくれる! それとも、おまえたちも雷帝様の力を体験したいというのであれば構わないけど! ジシン、カミナリ、カジ―― 」


耀葉が伸縮する黒い棒――スタンガンのスイッチを押すと、再び空間に雷撃音が走る。



ビギィッビギィッビギィッ!



「ひいいいいぃぃぃーーーーっ!! い、い、今すぐおれたちはこの場から消えます!」


「ご、ご、ご勘弁ください! おれたちは何も知らされずに坊ちゃんに付き添っただけなんです!」


ヤンバを担いだ二人の従者は元来た道を逆方向に一目散で駆け出して行く。


突然現れた三人の山賊たちは現れたときと同様に、突然耀太たちの前から消え去ったのだった。

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