異世界ローカル路線『馬車』乗り継ぎの旅100日間王国一周の賭け ~異世界でムチャな賭けに巻き込まれたおれたちは奴隷になりたくないから、ローカル路線『馬車』を乗り継いで頑張ってゴールを目指すことにした~
第4話 王宮への招待。でも連行されたという方が正しいです
第4話 王宮への招待。でも連行されたという方が正しいです
「運転手さん、ドアを開けてもらえますか?」
まだ嫌がっている組木に代わって耀太は運転手の角和木に頼んだ。
プシューというエアーが抜ける音があがり、乗車口のドアがゆっくりと開く。耀太たちはドアから少し後方に位置した場所で立って待つことにした。
ドアが完全に開いて、騎士の一人が車内に乗り込んでくる。一緒にやってきた二名の騎士は外で待機しており、車内に入ってくる様子はない。この騎士が向こうの交渉役ということらしい。
顔には頑丈そうな兜を付けているので、騎士の表情は一切うかがえない。
「やっぱり、ムリムリムリ……。わたし、もうこの場で卒倒しちゃうかも……」
先頭に立たされている組木がこの期に及んで耀太の背中に隠れようと必死に抵抗を試みる。
「クミッキー先生が『
「ケーマ、くだらないダジャレを言ってる場合か! とにかく先生、もう覚悟を決めてください!」
「だって、あのゴツイ兜を見てよ! 絶対にわたしたちのこと殺す気満々でしょ!」
「殺す気だったら、おれちはもうとっくに斬られていますから!」
耀太は組木の背中をしっかりと押さえて、先頭から動けないように固定させる。
「先生、大丈夫ですよ。きっと怖いのはあちらも同じだと思いますから」
「それじゃアリアちゃん、先頭に立ってよ」
「いや、アリアを先頭に立たせるわけにはいきません! おれは委員長として断固反対します!」
「そこまで言うのならば、耀太くんが先頭に立って――」
「いえ、学級委員長として、先生の仕事を生徒が奪うわけにはいきませんから!」
そこは丁重にお断りする耀太だった。
醜い争いを見ているのに嫌気がさしたのか、それとも早く本題に入りたいのか、騎士の方に動きがあった。
「この姿ではあなたたちが怖がるのも無理ありませんでしたね。騎士道精神に反していました」
騎士は両手で兜をゆっくり外すと、こちらに素顔を晒してくれた。兜の下に隠されていた顔はというと――。
「――あ、あの、はじめまして! く、く、組木久深と言います! 教師をやっています! 先祖は関が原の合戦にも参加していた武将なので、騎士さんのことはとても身近に感じます! 武士道と騎士道について朝まで語り合いましょう!」
組木のあまりの変わり身の早さに耀太は面を食らったが、その理由は理解出来なくもなかった。
騎士は金髪碧眼でギリシャ彫刻のように彫りの深い顔立ちをした美丈夫だったのだ。
「どうやらクミの好きなタイプは昔と全然変わっていないみたいね! まあ、あたしはもっと細身で顔が綺麗な感じの人の方が好きだけど」
とりあえず悲劇的な事態は免れたとみたのか、誰にも頼まれていないのに組木の恋愛事情を暴露する史華だった。
「クミキクミ……ステキな響きをしたお名前ですね。それではこちらも名乗らないと礼儀に反しますね」
そこで騎士は一旦姿勢を正した。
「私はイーストレーテ王国、国王直属の
「ヤバイッ! わたし、完全に恋に落ちたかも……」
アヴァンベルトの魅力に心打たれたのか、組木がその場に倒れこむ。
「ちょ、ちょ、ちょっと先生!」
慌てて耀太と慧真で組木の体を支える。図らずも自分自身が言った通りに卒倒してしまう組木だった。
いやいや、生徒を残して、このタイミングで恋に落ちる担任ってどうなの?
組木に対して言いたいことは山ほどあるが、当の本人が気を失っている以上、ここで口に出して言っても意味はない。
「そういえばクミは昔から白馬に乗った王子様がタイプって言ってたもんね。それで二人で乗馬倶楽部に王子様を探しに行ったんだよね! でも肝心の王子様が全然見つからなくて、次に遊園地のメリーゴーラウンドの白馬に王子様が乗っていないか一日中粘って探したんだよね! あの頃は本当に楽しかったなあ」
史華が頼まれてもいないのに、またまた組木の青春時代の恋愛事情を暴露する。
史華さん、そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! ていうか、遊園地で一日中粘るって、二人ともどんだけ暇を持て余してたんですか!
騎士を前にしているので口に出して文句を言うわけにはいかないので、心の中で叫ぶ耀太だった。とにかく組木が脱落してしまった以上、ここから先は自分たちだけで話し合いを進めないとならない。
「えーと、ぼくたちは、その……なんていうか……」
委員長としての責任で話し合いの再開を試みたが、いったい何から話せば良いのか見当もつかなかったので、すぐに言葉に詰まってしまう。
「騎士団の団長さんが我々にいったいどのようなご用件ですか?」
騎士を前にしながらも普段の様子と一切変わらぬ落ち着き払った声で質問をしたのはアリアだった。
「おっ、さすがアリア! 我が校の星は異世界でも健在だな!」
耀太の後方に控えていた慧真が声をあげる。耀太としてもそれは同じ思いだった。
「この地に住む住人から、突然怪しい者が現れたので調査して欲しいという依頼が王宮に届いて、我々が馳せ参じたというわけだよ」
アヴァンベルトは話し相手をアリアと決めたのか、アリアの顔を見ながら状況を説明する。話し振りからして、耀太たちに今すぐ危害を加えるという意思はなさそうに見える。
「それでしたら、わたしたちは決して怪しい者ではありませんのでご心配なさらずに。ただ道に迷ってしまっただけです」
「道に迷った?」
「はい、そうです」
「では、諸君らはいったいどこから我が王国にやってこられたのかな?」
アヴァンベルトが痛いところをついてくる。
「あの、ぼくらはここから遥か遠方にある東の国から来たんです!」
まさかのタイミングで菜呂が話に飛び入り参加する。
「東というのか?」
「はい、東の『ジャポング』という国から来たんです!」
なるほどね。ジャポンとジパングを合わせたというわけか。ナーロのやつ、なかなか機転が利くな。
耀太は内心驚いていた。
「ジャポング……。はて、聞いたことがない名前の国だが……」
「ジャポングはとても小さい島国なので、それで団長さんも知らなかったんじゃないでしょうか」
アリアが菜呂を後を引き継いで淀みなく答える。
「その島国に住む諸君らが、なぜ旅などに?」
「わたしたちは学校に通う学生で、いろいろ学ぶために世界中を旅している途中なんです」
「その旅の最中に道に迷われたというのか?」
「はい、そうです」
「なるほど」
アヴァンベルトは何事か確認するように数回小さくうなずくと、今度はバスの車内をぐるっと見回した。
「それはそうと、この不思議な形をした乗り物もそのジャポングという国のものなのか?」
「えーと、それは……」
そこまで話が及ぶとは考えてもいなかったのか、アリアは語尾を濁す。そして慌てて視線を菜呂に向ける。ジャポングを思いついた菜呂も返答に窮したのか、そわそわと左右に首を振り、明らかに狼狽の表情を浮かべる。
耀太としても二人に助け舟を出したいところだったが、アヴァンベルトが納得してくれるだけの説明が全然思い浮かばなかった。
「ねえねえ、そこのイケメンくん、ちょっといい? この国には『電気』というのは存在するの?」
王国の騎士団長相手にタメ語で渡り合おうとする怖いもの知らずの女性がバス内にひとりだけいた。
「『デンキ』……? いや、私は聞いたことがないが、それが何か?」
「じゃあ、『蒸気機関』というのはあったりする?」
「『蒸気機関』ならば、数こそまだ少ないが、我が王国にもある。蒸気機関車や蒸気船が荷物を運ぶのに使われているからな」
「はい、ビンゴ! なんと、この車はジャパン――じゃなくて、ジャポングで開発された『大型観光蒸気機関バス』という最新鋭の乗り物なの! ねっ、スゴイでしょ! チョーかっこよくない?」
言葉遣いはともかくとして、はったりだけでこれだけの説明が出来るというのも一種の才能と言えるだろう。バスガイド、恐るべし。
「よし、この乗り物については分かった」
アヴァンベルトが納得気な表情を浮かべた。
「それではわたしたちはそろそろ旅に戻らないといけないので、これで話は――」
アリアが話をまとめようとしたところ、アヴァンベルトはそれを手で制した。そして次にとんでもないことを言い出した。
「では、この『大型観光蒸気機関バス』に乗っている諸君をイーストレーテの王宮へ招待するとしよう」
「えーーーーっ! どういうことですか?」
王国の騎士を相手にしていることも忘れて、思わず耀太は大きな声を出してしまった。話の流れからいって、てっきりここで開放してくれると思ったのだ。
「我が国内で困っている者を無下に見捨てるわけにはいかないからな。そんなことをしたら騎士の名折れだ。――私は部下に指示を出さないといけないので、一旦、この『大型観光蒸気機関バス』とやらから降りることにする」
乗車口のステップに足を掛けたアヴァンベルトはそこで不意に振り返ると、今まで見せなかった怖いくらい真剣なまなざしで車内にいる全員の顔を見回した。
「なに、心配はいらない。王宮までの道中は我々騎士団が鉄壁の布陣で諸君らを守ると約束する。誰も指一本触れることが出来ないほどの鉄壁の布陣でな」
それはつまり裏を返せば、鉄壁の布陣でバスからは誰ひとり逃がさないという意味であることぐらい、耀太の頭でも理解出来た。
「――ごめんなさい、どうやら話し合いに失敗しちゃったみたいね」
アリアが珍しく覇気のない小さな声をもらした。
「アリアのせいじゃないよ。だからアリアが謝る必要ないから」
もっと心のこもった言葉を掛けたかったが、口から出てきたのはありきたりの励ましの言葉だった。こういうときちょっと情けない気分になる。
「そうそう、ヨータの言う通りだよ。アリアが謝ることじゃないから。それにオレも近くで見ていたけど、あの団長さん、絶対に始めから結論ありきで話をしている感じだったし」
「それはわたしも話していて感じたけど……。でも、どうしてわたしたちにそこまでこだわるのかしら……?」
「それは騎士として当然の勤めなんじゃないのか? この世界に存在しない大型バスを見て、じゃあ後は気をつけてお帰りくださいってなったら、王国を守る騎士としては失格だろう?」
慧真の指摘はもっとものように思えた。
「うん、慧真くんがいうことも分かるんだけど……」
「とにかく見ず知らずのオレたちのことを王宮に連れてってくれるって言ってるんだから、ここは素直に招待を受けようぜ。もしかしたら王様主催の豪華な食事会が待っているかもしれないしな」
「まっとく本当にケーマはいつも前向きだよな」
「ヨ-タ、ここで後ろを向いたところで何が見えるんだよ? 落ちてきた崖すら見えないんだから、もう割り切って前を向くしかないだろう?」
「たしかにいつまでもずっとこの場所に留まっているわけにはいかないけどな。それにここにいたところで状況が解決出来る見込みは薄いだろうし。ここは上手く現地の人間に取り入って、それからこの状況をどうすれば打破出来るか考えるというのも悪くないかもしれないな」
耀太は頭で考えたことを口に出してみた。そうすると、なおさらその方が良いように思えてくるから不思議だった。
「そういえばナーロ、さっきはありがとうな。おまえがジャポングって上手い具合に言ってくれたお陰で、騎士との話がスムーズに進んだよ」
「ふっふっふっ。騎士の次は、いよいよ王宮で王様との謁見ときたか。きっとそのときに『スキル』やら『スペック』やら『アビリティ』やらの開示がされるのかもしれないな。きっとぼくの『能力』はチート級の最高なものだろうけど。そうなったらこのクラスのヒエラルキー最底辺から一気にトップにジャンプアップ出来るな。ぐふふふ。今から笑いが止まらないよ」
なんだか菜呂は車内でひとりだけ異様なオーラを放っていたので、耀太は見なかったことにした。
「それでは我々が王宮までの道案内をするので、この『大型観光蒸気機関バス』とやらを出してください」
二人の騎士が駆け足で車内に乗り込んできた。
「分かったよ。あんたたちの言うとおりにするよ」
半分あきらめ気味な口調で言って、エンジンを始動させる角和木。
考えてもみれば、運転手さんも今回の件に巻き込まれた被害者といえるんだよな。日本には奥さんとか子供とかいるのかな?
大人ならではの寂しさを背負った角和木の後ろ姿を見ながら、ついそんなことをしみじみと考えてしまう。
一方、もうひとりのバス会社の関係者はというと――。
「突然ですが、当バスの行き先はこれより異世界王宮観光コースへと変更になりました! 我が社は誠実がモットーなので、変更料金は一切頂きませんのでご安心ください! それでは運転手の角和木さん、バスを全速力で発車させちゃってください! なんだったら先導するお馬さんも追い抜いて構わないから! よーし、出発進行!」
真面目で人当たりの良さそうなバスガイド姿から一変、すっかり『地の性格』を出してギャルっぽく生徒たちを煽る史華の姿は頼もしくすら見える。
「ヨータ、フーミンがバスガイドで良かったよな。おれたち、だいぶ気持ちが救われているぞ」
「ああ、おれもそこは否定しないよ」
苦笑を浮かべながら史華を見つめていた耀太は、たしかに胸の不安が少しだけ薄れるのを感じていた。
「それよりもケーマ、いつから史華さんのことをフーミンって呼ぶようになったんだよ!」
「だって組木先生がクミッキーならば、史華ちゃんはフーミンで良いだろう?」
「いや、でも今日初めて会ったんだぞ。一応、礼儀というものが――」
「ねえ、史華さん、これからはフーミンって呼んでもいいですか?」
慧真は耀太の声を無視して座席から顔を出すと前方の史華に確認する。
「全然オッケーに決まっているでしょ! むしろ異世界ならフーミンって呼び名の方が合ってるし!
マイクを持ったまま大声で宣言する史華。
「それじゃ、せっかくだから王宮に付くまで時間があると思うし、あたしの改名記念も兼ねて、ここからはあたしの『青春時代ベストソング歌謡ショー』を開催します!」
車内が一気に騒がしくなる。
「フーミン、最高!」
「異世界でカラオケって、なんか不思議!」
「この状況で歌謡ショーって、フーミン、空気読めなさすぎ!」
「ていうか、騎士さんもぽかんとしているし!」
生徒たちからいろんな声が上がるが、バス内の雰囲気が明るくなったことだけはたしかである。やはりこのバスガイド、只者ではない。
「ねえ、アリアも少し気持ちを切り替えた方がいいよ」
まだ先ほどの話し合いのことを考えていたのか、難しそうに眉根を寄せているアリアに耀太は優しく声を掛けた。片思い中の女子生徒が落ち込んでいる姿は出来れば見たくない。
「ありがとう、耀太くん。うん、そうだね。わたしもこれ以上深く考えるのは止めにするから。気持ちが落ち込む一方だしね」
そこでようやくアリアは笑顔を浮かべてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます