第6話 先生、謁見の間で駄々をこねないでください

アヴァンベルトに先導されるようにして耀太たち一行は見上げるほどの高さがある観音開きの門を通り抜けて、王宮の敷地内に入っていった。


ここに至るまでも数多くの建造物を目にしてきたが、王宮の名の通り、ここは別格の偉容を誇った。


「さすがに国王が住んでいるだけのことはあるよな」


忙しそうにキョロキョロ左右を見回しながら慧真は何度もはぁーだの、おぅーだの大きな感嘆の声を漏らしていいる。


「おい、ケーマ。おれたちは観光でここに来ているわけじゃないんだぞ!」


「それは分かっているけどさ、こんな立派な建物を見る機会なんてそうそうあるもんじゃないだろう?」


「たしかにそうかもしれないけど、観光するのは国王との謁見が無事に済んでからにしてくれよ」


慧真のことを諭す耀太の耳に場違いな声が届いてきた。


「それじゃ、あの悪趣味にもほどがあるくらい金ピカ色で装飾が施された建物の前で記念撮影をしまーす!」


「フーミンさん、そういう笑えない冗談は止めてください!」


「えー、だってこういう旅行では観光地での記念撮影は欠かせないイベントでしょ?」


「だから、おれたちは観光地に来ているわけじゃないですから! だいたい国王直属の騎士団を前にして悪趣味な造りとか、金がかかっていそうとか、税金泥棒とか、絶対に国王は圧制をして民衆を苦しめているとか、国王の耳に届いたら絶対に処刑されますからね!」


「七割以上はおまえの感想だろうが!」


珍しく慧真にツッコまれる耀太。


騎士団は心が広いのか、それともあえて聞こえない振りをしているのか、何も言わずに先へと歩を進めていく。


耀太たちはサッカーが出来るくらいだだっ広い中庭を抜けて、王宮の中へと案内された。


王宮の中も外観に負けず劣らず豪華絢爛たる造りで、どこに目を向けても芸術品かと見間違えるばかりの調度品の数々で埋め尽くされていた。また装飾もおそろしく手が込んでおり、国王の権力の強さが垣間見える気がした。


「おい、ヨータ。国王が圧制しているっていうのも、この王宮の飾りを見ると案外事実かもしれないぜ」


慧真の声に反応したのは菜呂だった。


「つまりぼくがこの異世界に導かれたのは、国王の圧制に苦しむ民衆たちを超絶スーパースキルを使って解放するのが役目だったというわけか! そして英雄になったぼくは美少女にかこまれてぐふふな生活を手に入れるのでした。めでたし、めでたし……」


菜呂が心底気味悪い声を漏らすので、近くを歩いていた耀太と慧真はさりげなく距離を置いた。


「一旦、ここで止まってもらえるか。この先が謁見の間だ。今から諸君たちのことを国王に紹介する。国王は大変お心が広い方だが、くれぐれも粗相がないように」


アヴァンベルトが生徒たちのほうに体を向けて注意事項を話す。そしてまた振り返ると、細かい細工が施されているドアノブに手を掛けてゆっくりとドアを開いた。


「うわ……ひろっ!」


耀太は思わず声を漏らしてしまった。それも当然で、謁見の間は学校の体育館ほどの広さがあったのだ。


「国王圧制説がこれでまた裏付けられたな」


慧真がつぶやいているが、それを注意する余裕もないくらい耀太は目の前の光景に圧倒されてしまった。


謁見の間の一番奥には、床よりも高い位置に所謂玉座が用意されており、そこに五十代くらいに見える恰幅の良い男性が座っていた。体を少し前方に投げ出すようにして、耀太たち一行のことを興味深そうに見つめている。頭に被った王冠を見るまでもなく、この人物が国王であることは一目瞭然だった。


「ゼノン王、こちらが道を間違えて我が国へ来られたジャポングの旅の一行でございます」


アヴァンベルトが謁見の間に響き渡るくらいの朗々とした声で説明する。


「うむ、分かった。それでは代表者と話をするとしようか」


ゼノン王は好奇心を隠すことなく顔を輝かせている。


「それでは代表者は国王の前に進むように」


「えっ、代表者……?」


アヴァンベルトの声を受けて、耀太は当然組木に視線を向けた。しかし国王の御前だというのに当の組木はあさってのほうを向いて、しかもあろうことか下手な口笛を吹いて知らんぷりを決めこんでいる。


「組木先生、アヴァンベルトさんからのご指名ですよ」


「ピューピピピュー……わたし、代表者じゃないし……声もガラガラだし……ピューピピピュー……」


組木が下手な口笛を吹きながら答える。


「だって先生以外に誰が代表者になるんですか?」


「ピューピピピュー……だってわたし、新卒だし……ピューピピピュー……」


「新卒の話はもういいです! だいたい先生はぼくらを引率しているんだから、立派な代表者といえますよ!」


「新卒と引率で韻を踏むなんて、ラップの才能が感じられるわね」


史華が関係のないところで感心しているが、もちろん思いっきり無視した。


「どうした? わしが怖いのか? 異国からの旅人たちよ」


ゼノン国王は面白そうに耀太たちのことを見つめている。どう事態が転がったところで自分は安全だと思って、高みの見物を決め込んでいるのだろう。もっとも本当に耀太たちよりも高い位置にいるが。


「ヨータ、こうなったら学級委員長のおまえの出番だぞ!」


慧真が耀太のわき腹を小突いてくる。


「こんなときに冗談はよせよ! さすがにおれもそこまでの責任は負えないから! だいたい学級委員長の業務内容には『国王との謁見』なんて一言も書かれてないからな! 書いてないということは、その責任がないということなんだよ!」


耀太は小学生の子供がする口げんかのような屁理屈で言い返した。


「そういうことならぼくが国王と最初に話して、ぼくの『スキル』の開放をしてもうらおうかな」


なぜか率先して玉座に向かっていこうとする菜呂の制服の裾を、耀太は後方から全力で引っ張って行かせないようにした。行かせたらトラブルになるかもしれないという胸騒ぎがしたのだ。


「いつまでも相手を待たせたら印象が悪くなる一方ですよ。わたしも付き添いますから組木先生もお願いします」


「アリアちゃん、優しい! 我がクラスの天使! 女神様、降臨! 先生、泣いちゃうかも……」


「こんなことで泣かないでください、先生」


生徒が教師を慰めるという前代未聞の光景が展開される。


「ぐすんぐすん……だって……さっきの騎士さんはタイプだったけど……オジさんって生理的に苦手というか……もちろん、大人なんだから生理的に苦手とか言ってたらいけないんだけど……やっぱり生まれ持った感覚というのは、そう簡単になくならないというか……ぐすんぐすん……」



まさか国王と話すのが怖かったら嫌がっていたんじゃなくて、国王がオジさんだったから嫌だったわけですか?



頭がクラクラする思いだった。この人が担任でこの先本当に大丈夫だろうかという気が今さらながらにしてくる。


「そういうことならあたしも付いていくから。国王なんて只のオジさんだと思えば、タメ語で話せるよ!」


「いやフ-ミンさん、さすがに国王相手にタメ語はマズいですから! 分かりましたよ! こうなったらおれも付き添いますから! ていうか、このくだりって、バスの中と一緒だから! 同じネタを繰り返すのはこれでもう最後にしてください!」


結局、こうして組木に付き添う形で耀太とアリアと史華たち三人も国王の御前に立つことになった。

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