第7話 ゼノン国王からの挑戦を受ける

正直なところ、こういう展開になるであろうことは耀太もバスの車内にいたときから薄々予想していたとはいえ、いざ一国を統べる国王を前にすると、さすがにケタ違いの緊張感で背筋がぴんっと伸びた。


「おまえたちはジャポングから来たということじゃが、そこはどういう国なんじゃ? 少しばかりわしに話して聞かせてはくれぬか?」


ゼノン国王の質問で話は始まった。


「ジャポングという国は四方を海に囲まれた島国で、あと四季がはっきりしていて、とにかく美しい自然の風景が毎日見られる、それはそれはステキな国なんです!」


国王の質問にスラスラと答えたのは、意外にもバスガイドの史華だった。タメ語である点を除けば、話す内容も完璧だ。



やっぱりフーミンさん、只者じゃないよな。異世界だっていうのに、ちょー場慣れしてるし。



この状況で緊張することなく話せる史華の態度に耀太は感心しきりだった。


「自然以外には何が有名なんじゃ?」


「ジャパングは国土こそ狭いんだけど、ものづくり大国として有名で様々な種類の工業製品が作られているんだよ! ねえ、スゴくない?」


「ほほう。ものづくりと申すか。そういえばおまえたちが乗ってきたという珍しい『大型観光蒸気機関バス』もジャポング製とのことだったが?」


「ピンポン! 大正解!」


こんな話し方を続けさせて大丈夫だろうかと少し不安になってくるが、ゼノン国王は何も言ってこないので、引き続き史華に任せることにした。


「ジャポングではあのような乗り物がどこにでも走っているのか?」


「全国津々浦々とまではいかないけど、大概の地域では走ってるよ! ていうか、ここにいる高校生たちの中には毎日バスを使って学校に通っている子もいるし! そういうバスはローカル路線バスと呼ばれているんだけどね!」


「なるほど、それは興味深いことを聞いた。我が王国にもそれに近い乗り物が普及しているんじゃ。この国ではそれを『ローカル路線馬車』と呼んでいる」


ゼノン国王と史華の途切れることのない会話に、正直なところ驚きを隠せなかった。ふと隣に立つアリアに視線を向けると、耀太と同じように感嘆した顔で二人の会話に聞き入っている。そして御前に立つもうひとりの人間は左手で持ったスマホを必死にイジッている。



クミッキー先生! 国王の前でスマホをイジッちゃダメでしょうが! 朝礼で校長のつまらない話に飽きた高校生じゃないんだから!



年上の教師に心の中で全力で突っ込んだ。


「ローカル路線馬車といえば、つい数日前にもこんなことがあった。ローカル路線馬車を運営している商人どもが集団でやってきて、王国にとってどれだけローカル路線馬車が大事であるかという話をとうとうとしゃべっていきおった。その商人どもは、今あるローカル路線馬車でも100日間あれば王国を一周出来るが、もっと路線を増やせば、王国一周にかかる時間が短縮できて、それはすなわち都市間の行き来が円滑になり、王国の発展に寄与するから、税金を投入して路線を増やして欲しいとほざいておったがな」


「えっ、ちょっと待って。税金? 商人と経済の話? それって、あたしの管轄外だから。あたし、そっち系の話、苦手なんだよね。なんだか計算とかちょー面倒くさいし。ギャルは計算よりも感覚を大事にしているから!」



ついに自分でギャルって言い出しちゃったよ!



ここは自分の出番かと思ったが、耀太よりも先にアリアが行動を起こした。少し前に身を乗り出して口を開く。


「それではここからはわたしが話し相手を勤めさせてもらいます。その商人さんたちの意見は正しいと思います。ジャポングもバスの路線を全国に広げたお陰で、経済が発展しましたので」


淀みなく答えるアリアの姿に、こんなときだというのにまた惚れ直してしまう耀太だった。


「しかしな、いくら馬車の路線を増やせといわれても、道の整備や何やらと、それなりの額が必要になるからの。そこが頭を悩ませる点なんじゃ」


「明るい未来の為ならば、先行投資は必要かと思われます」


「たしかに経済の発展が大事なのは良く分かるんじゃが……」


言葉尻を濁したゼノン国王は一呼吸置いてからまた話を再開した。


「ローカル路線馬車のことでいえば、実はひとつ疑問に思っていることがあるんじゃ。そもそも今あるローカル路線馬車だけを使って、本当に100日間で王国を一周出来るのかどうか。わしはその点が怪しいと思っていてな。大前提が間違っていたら、いくら路線を増やしたところで国民の助けにはならない。国の税金が減るだけで、逆にその分、商人どもが儲かるだけで終わってしまう恐れがある。おまえたちはまだ子供ゆえ、商人どもの金に対する執着を知らんだろうが、あやつらは金のためならば、わしさえダマそうとするからの」


「たしかにゼノン陛下の言うことも分かりますが……」


さすがに露骨なお金の話になったので、アリアもどう答えていいか迷っているらしい。


「だからわしは商人どもに、ローカル路線馬車だけを乗り継いで100日間で王国を一周するのは絶対に無理だと言ってやった。そして、これ以上路線を増やすのも認めないと言った。しかし商人どもは絶対に可能であると譲らなかった。そこでわしは一計を案じたんじゃ」


一旦ゼノン国王は言葉を区切ると、何やら意味深な目つきで耀太たちの顔を順番に眺めた。


「どうじゃ、実際にローカル路線馬車だけを使って旅をし、本当に100日間で王国一周が出来るかどうか、おまえたちで試してもらえんか?」


「えっ……?」


突然の提案にアリアが答えに詰まった。


「あ、あの……どうしておれ、いや、ぼくたちが旅をしないとならないのですか? 失礼を承知の上で申し上げますが、ぼくたちは今日この国に来たばかりで、この王国については何も知らないに等しいです。当然、この王国の交通事情もよく知らないし……。だったら交通に詳しい商人たちに任せた方が――」


まるでそう言い返されるであろうことをあらかじめ読んでいたかのようにゼノン王は耀太の話を手で制して、自分の考えを述べ始めた。


「いや、それでは逆にダメなんじゃ。あやつらはこの国の交通や地形について、国民の誰よりも詳しく知っている。むしろ知りすぎているんじゃよ。知りすぎているがゆえに、一般の国民が知らないような秘密のルートを使ったり、あるいは仲間の力を使って、ローカル路線馬車以外の乗り物を使う可能性もある。つまりズルをする可能性も否定出来ないんじゃ。そこで中立の立場の者にやってもらうのが一番じゃとわしは考えた。それにはこの国のことをまったく知らないお前たちのほうが適している。わしと商人が話をしてから間もないタイミングでおまえたちがこの国に迷い込んだのも、きっと運命の導きがあったのかもしれん。――どうじゃ、わしの話にのってはくれないか?」


「いや、急にそんなこと言われても……」


さすがにこればかりはすぐには返答出来ない質問だった。耀太も返答に窮してしまった。


ここで最後に残っていた組木が果敢にもゼノン国王と話を始めた。


「あの、ちなみにわたしたちがその申し出を断った場合はどうなるんですか? わたしたちは早く自分たちの国に帰りたいんですが……」


直接的な質問を投げかける組木。


「残念じゃが、おまえたちを簡単に帰すわけにはいかないな」


ゼノン王は難しい顔で否と言ってきた。


「えーっ、ダメなんですか? なんでですか?」


「我が王国に不法に入国してきたお前たちのことをなにも咎めずに解放してしまったら、王国の秩序が乱れるからの。旅に出ないというのならば、おまえたちには牢屋に入ってもらうことになる」


「牢屋!」


牢屋と言う単語を聞いて、国王の前ということも忘れ、つい大きな声を出してしまう耀太だった。


「何もそこまで驚くことはあるまい。おまえたちの国でも不審者は捕まえておくのではないか?」


「それはそうですが……」


ゼノン国王に理詰めで言われると、言い返す言葉もない耀太である。


「まあしばらくの間牢屋に入っていてもらい、我が国への忠誠心が見られたら、奴隷として一生我が国に仕えてもらうことになるじゃろうな」


「一生奴隷って、それじゃ捕まっているのと何も変わらないんじゃ……」


「ねえねえ王様、王様ってば! それじゃ、わたしたちが旅に出ると決めたらどうなるの?」


組木本人は気付いていないが、焦っているせいか完全に女子高生みたいなしゃべり方になってしまっている。


「無事に100日間で王国一周が出来た暁には、この国での安全な生活と資金面での援助をすると約束しよう。もちろん、この国を出てジャポングに戻りたいというのであれば、それを無理に止めることもしない」


「えっ、いいの? やったー、ラッキー! やっと元の世界に帰れる!」


組木はもう日本に帰れると思ったのか笑顔まで浮かべているが、その笑顔が国王の次の言葉を聞いた瞬間固まった。


「ただし100日間で一周できなかった場合は、やはり一生奴隷として働き続けてもらう」


そこでゼノン国王はまた耀太たちに意味深な目を投げつけてきた。いや、正確に言うのであれば耀太以外の三人の女性に対して


「そうじゃな、おまえたち三人は奴隷にするのではなく、我が后になってもらうのもいいかもしれんな」


衝撃的な発言だった。



じょ、じょ、冗談だろ? アリアが国王の后になるなんて……。そんなの絶対に許さないからな! アリアはおれの未来の――。



耀太は驚きと怒りとで頭が爆発寸前だった。


しかしゼノン国王の発言に対して驚いたのは耀太だけではなかったらしい。この場に同席しているアヴァンベルトにとっても寝耳に水だったみたいだ。


「陛下! いきなりそのような大事なことをこの場で言うのはどうかと――」


「アヴァンベルト、お前はわしの意見に口を出すというのか?」


氷のような冷たい声でアヴァンベルトのことを一喝する。


「す、す、すいません……出すぎた真似をして……」


アヴァンベルトがその場で床に頭を付き平伏する。


「つまり話を要約すると、わたしたちが自由を手に入れるためには、ローカル路線馬車だけを使って100日間で王国を一周するという旅に成功しなければいけないということですよね?」


冷静さを取り戻したのか、アリアが最終確認を取るようにゼノン国王に訊く。


「まあ簡単に言うとそういうことじゃな。もちろん、わしはおまえたちに無理に旅をしろとは口が裂けても絶対に言わぬがな。なに、暇を持て余した王が口にした、つまらない賭け話とでも思ってくれて構わないぞ」


つまりこの話にのるかどうかは耀太たち自身で決めろと言っているのだ。


誰が言ったわけでもないが、ごく自然に耀太たち四人はその場で顔を付き合わせた。お互いの顔色を見れば、お互いがどう考えているのか手に取るように分かった。


「クミッキー先生、こうなったらやるしかないですよ! おれたちなら絶対にやれますよ!」


「先生、わたしと耀太くんが全力で協力しますから、ここは国王の話にのるのも良いかと思います。こちらには旅のプロのバスガイドさんもいるんですから、絶対に負けないですよ!」


「まあ異世界を旅するのもバスガイドとして悪くないかもね。いろんな経験が出来るだろうし」


「みんながそこまで言うのならば、わたしも新卒だけど頑張ってみる。だって初めての結婚相手がオジさんなんて悲しすぎるから……」


四人は同時にゼノン国王の方に視線を戻した。そしてはっきりと口にした。


「おれたち、その旅に挑戦します!」


「わたしたちはゼノン国王の話にのります!」


「ローカル路線馬車で一周しちゃうから!」


「け、け、結婚の話は……お、お、お断りさせてもらいます……」


四人の後方に控える生徒たちの一団からも、おおーという大歓声があがった。


「まあ、難しいことは考えずに、異世界いせかい修学旅行だって思えばいいさ! オレたちは男女共学の学校だから、これが本当の異性界いせいかい修学旅行だよな!」


「ついにクエスト受注だ! ここからがいよいよ本格的な異世界転移物語のスタートだ。早くぼくのスキルを開示してくれないかな? このままじゃ、クエストで活躍出来ないし」


「100日間も旅に出られるんだ! ていうことは、これからもたくさん映え写真を撮るチャンスがあるっていうことね!」


何やら不穏な感想の声が混ざってはいたが、耀太はきっと空耳に違いないと自分に言い聞かせた。


「良い返事を聞けて、わしは満足じゃ。ではわしの話はこれで終わりとしよう。旅についての詳しい説明はアヴァンベルトに話しておくから、あとで彼から聞くがよい」


そう言い残して、ゼノン国王は玉座を後にした。

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