第41話 四日目 港のヨーコは何も語らず

ヨーコに案内されたピザ屋は人気店なのか、それともちょうど昼時に来店したせいか、たくさんのお客で込み合っていた。


「うん、街の雰囲気は地味なのに、このピザの味だけは本当にサイコー! 現代日本で売ったら、人気になること間違いなしの味ね! わたしが保証するから!」


自然体で軽く街のことをディスりながら、提供されたピザの味には太鼓判を押す姉。もちろん、ピザの写真は撮影済みである。


「この街は元々、カスビサイドの港で仕事をする肉体労働者たちが体を休ませる場所として発展してきた歴史があるの。それで今でもここは港湾労働者向けの家ばかりが立ち並ぶ、派手な娯楽施設なんてほとんどない、寂れたところってわけなの」


この女性の雰囲気にはそぐはない、どこか投げやりで自嘲的な物言いをするヨーコだった。


「そんな寂れたこの街に、なんであんなにど派手な馬車が存在しているの?」


話の流れから、ごく自然に耀葉が例の馬車についての話を切り出したのだが――。


「まあ、それにはいろいろとややこしい話があってね……」


しかし、やはりヨーコは詳しいことは答えずに、静かに視線を窓の外に向けるのみだった。



きっとおれたちには言いにくい、よっぽどの事情があるっていうことなんだろうなあ……。



無謀な追い越しのせいで事故に遭い掛けた耀太としては詳しい説明を聞きたいところだったが、これ以上しつこく質問を出来るような雰囲気ではなかったので、仕方なしにテーブルに並んだシーフードピザを食べることに気持ちを集中させることにした。


結局、ヨーコとあの派手な馬車の男との事情については分からず終いのままランチの時間は終わった。そして、ランチを食べ終えた一行は再びバリーポイントの入り口に戻ってきた。ここから今度はカスビサイド行きの路線馬車に乗り込むことになる。


「あなたたちはこれからカスビサイドに向かうのよね?」


耀太たちが西に向かっているということは、ランチのときにヨーコに話してある。


「ああ、そうだよ。最終的にはヅーマヌを目指しているんだけどね。とりあえず海岸瀬に沿って、行けるところまで西に向かいたいんだ」


「カスビサイドからさらに西に行くとなると『マハテーター』と『ラサイクス』を経由していくのが一番早いわよ。どちらも海岸線に面している大きな街だから、運行している路線馬車の本数も多いしね」


「それはいいことを聞いたよ。内陸部に入って行くことになると大回りになるから、それは避けたかったんだ。それでそのふたつの街はどんな街なのかな? 出来れば宿泊施設の有無が分かれば一番ありがたいんだけど」


「その心配ならいらないわ。どちらの街にもたくさん宿屋があるから」


「宿泊施設があるなら良かった。なにせ宿泊する場所でいつも困っていたから」


「『マハテーター』は首都のイーストレーテとヅーマヌのちょうど中間地点に当たる街なの。カスビサイドは古くから台風よけの港、それに食料と燃料の給油港として発展した港で、今も観光ではなく食料なんかの荷物集積港としての役割が主なんだけど、同じ港街でも『マハテーター』は海岸線にある街の中では一番栄えていて、賑やかで観光の街でもあるの」


「観光の街! これはバスガイドとして下見しておく必要が絶対にあるわ!」


この際、バスガイドの声は聞こえなかったことにする。



フーミンさん、おれたちの旅には観光する時間なんてないことを忘れてませんよね?



「それで『リサイクル』っていう街はどんなところなの? そこも観光とか有名なの? バスガイドとして興味津々かも!」


「リサイクルじゃなくて『ラサイクス』というのが街の名前よ。『ラサイクス』はその昔、この国の首都があったところで、今でも古い神殿が数多く残る風情のある古都よ。だから観光するにはもってこいの場所だから、オススメね!」


「古都! なんてステキな響きなの! バスガイド魂に火が付いちゃう!」



いや、そんな必要のない火はすぐに消火してください!



ヨーコがせっかく詳しく教えてくれたので、ここは心の中でツッコむだけにした。


「とにかくこれで『ラサイクス』という街までの行程は決まったな」


「耀太くん、そろそろ馬車が来る時間みたいだよ」


アリアが腕時計と路線馬車の時刻表を交互に見つめる。


「そうだ。あたしも港にある馬車製作の工房にちょうど行きたかったところだから、一緒にカスピサイド行きの馬車に乗るわ」


ヨーコが唐突に言い出したところに、カスビサイド行きの路線馬車がやってきたので、ヨーコを入れた八人の一行は順番に馬車に乗り込んでいった。


「ヨーコさん、あんた、今から港の工房に行くのかい?」


年配の御者の男性が客車の方に顔を振り向けてきた。


「はい、ちょっと用事があるので」


「あんたが乗っているということは『連中』に追い抜かれる心配はないということか」


「あの、その件では本当に皆さんにご迷惑をかけています……」


「いや、あんたが謝ることじゃないだろう。あんたはこの街のことを思ってやっただけのことなんだから。そのことは大半の住民が知っておる。悪いのはあんたの心意気を無駄にした『あの連中』なんだからの!」


「いえ、でもあたしが言い出したことだから……」


ヨーコは顔を俯けてしまう。


「まあ、あんたがそこまで気にすることじゃないとわしは思っているけどな。――それじゃ、時間が来たから出発するぞ」


おじさんが鞭を一振りすると、馬車はゆっくりと発進した。


ヨーコは小さくなっていくバリーポイントの街並みを愛おしそうに見つめている。



さっきの御者のおじさんの言葉といい、ヨーコさんの様子といい、あの派手な馬車とヨーコさんの間にはどんな秘密が隠されているんだろう?



気になってしょうがなかった。すると隣に座るアリアにちょんちょんと肩を軽く突かれた。


「きっと今は話してくれないと思うよ。ヨーコさん、一本気な性格に見えるからね」


「おれもそれは思ったよ。でもだからこそ、余計に気になるんだけどね」


「耀太くんは本当に優しいよね。私、そういうところ嫌いじゃないよ」


「えっ、アリア、今なんて言ったの?」


慌てて聞き返したが、アリアはくすっと小さく微笑むと、視線を窓の外に向けてしまった。その頬がほんのり赤らんでいるように見えるのは、耀太の眼の錯覚のせいだろうか? それとも単に太陽の日差しがアリアの頬を照り付けているだけのことだろうか?


アリアの態度が気になって、それからカスビサイドまではヨーコのことを考えることなく時間が過ぎていった。


一時間ほどして、馬車は何事もなくカスビサイドに到着した。


「ここで待っていれば『マハテーター』行きの馬車が来るから。あなたたちとはここでお別れね。あなたたちの旅の無事を祈っているわ」


「おれとしては暴走馬車に出遭わないことを祈りたいけどね」


最後にもう一度例の馬車のことを切り出してみた。


「たしかにそうね」


やはりこの話を広げるつもりはないらしく、ヨーコは言葉短く答えただけだった。


ヨーコと簡単に別れの挨拶を終えると、次に乗る路線馬車が時間通りにやってきたので、耀太たちは客車に乗り込んだ。ヨーコに見送られながら馬車がゆっくりと出発する。


「結局、ヨーコさんの事情は分からずじまいだったな」


耀太は後方に去っていくヨーコの姿をぼんやりと見つめた。


「ふんっ。すべての『村人』の『願い』を叶えられるわけじゃないんだよ。『クエスト』は選んでいかないと!」


「あのな、ナーロ、これはゲームじゃないんだぞ! だいたいヨーコさんの事情を解決するというのが『クエスト』だったとは限らないだろうが!」


「あーあ、早くモンスター退治絡みの『クエスト』が来ないかなあ!」


耀太の声が聞こえていないのか、それとも聞いていないのか、呑気なことを勝手に言い出す異世界転生マニア。



とにかく次の街に着くまで暴走馬車に出くわさないように! それだけがおれの今の望みだよ! もちろん、モンスターにも遭いたくないからな!



耀太は心の中でそう祈るのだった。


「弟くん、もう暴走馬車のトラブルはゴメンだっていう顔をしているわよ」


耀太の心中を見透かしたように後ろの席に座る双子の姉が指摘してきた。


「才気溢れるお姉様がいいことを教えてあげるわ。いい、そういう景気のよくない顔をしていると、かえってトラブルを引き寄せることになるからね!」


不吉なことをさも楽しげな顔で言い出す困った姉である。



あのな、そういうことを口に出すと、現実に起こるって昔から言うだろうが! そっちこそ少し口を慎んだほうが良いと思うけどな!



面と向かって文句は言えないので心の中で反論する。


しかし耀太の思いも虚しく、姉の言った不吉な予言は見事に的中してしまった。


耀太たちがの乗る馬車が海岸に面した崖沿いの道に差し掛かったところで、騒々しい音とともに砂煙を上げながらもの凄い勢いで後方から一台の馬車が迫ってきたのだ。


「うおおおっ! なんだ、あの馬車は! あんな猛スピードで走ってきたら事故になるぞ!」


御者のおじさんの怒鳴り声に重なるようにして、今度は馬の嘶き声が空間を切り裂いていく。馬も驚いているのだろう。


次の瞬間、馬車がぐらっと大きく揺れたかと思うと、馬車の車輪がスリップして道を横滑りしていく。


「まさか人生で二度も崖に落ちるんなて本当にゴメンだからな!」


耀太の絶叫が神様に届いたのか、幸い馬車は崖の一歩手前で辛うじて落ちずに止まった。


「みんな、馬車の中から崖に落ちないように『命懸けいのちがけ』で手すりを握るんだ! 『がけ』だけにな!」


「おまえはよくこの状況下でそんなダジャレが言えるな!」


「ダジャレでも言わきゃ、笑えない状況だろうが!」


常に前向き思考の慧真が珍しく険しい表情を浮かべている。


「分かった、分かったから! だから、そう度怒鳴らないでくれよ!」


そのとき耀太の視線の先にかすかに見えるものがあった。


「あの馬車! さっきの派手な馬車じゃないかよ! くそっ、おれたちに仕返しをする為に、わざわざここまで追いかけて来たってわけかよ!」


耀太の視線の先に見えたのは間違いなくバリーポイントで見たあのど派手な馬車の後ろ姿だった。

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