第40話 四日目 何やら訳ありの二人
耀太たち一行の前に現れたのは、いかにも気の強そうな雰囲気を漂わせた二十歳前後と思われる女性だった。服の袖を腕まくりしており、二の腕を露にしている。その腕は細いが、キレイな顔立ちとは不釣合いなほどの張りのある筋肉質の腕だった。
なにか肉体労働系の仕事をしているのかな? そういえば服装も仕事着みたいな感じだしな。
耀太は女性の姿を仔細に観察した。女性は汚れとほつれが目立つ前掛けをつけており、腰には道具が入っていると思われる袋をぶら下げていた。その袋の先からは木槌の頭が見えている。
「あんたがここにいてくれてちょうど良かった! あんたに聞きたいことがあるんだけど!」
女性は相変わらず大きな声で話を再開する。
「チッ……」
一方、男の方は苛立たしげに一度舌打ちをしただけで、その後は答える気がないのか視線を明後日の方に向けてダンマリを決め込んでいる。
この二人、いったいどういう関係なんだ? 話し振りからするとお互いに知り合いらしいけど、少なくとも仲が良さそうには見えないよな。
耀太は二人の様子からそう察した。二人の醸し出す剣呑な雰囲気を察したのか、耀葉と史華も口を出すことはせずに経過を見守っている。さらには珍しく組木までもが眉間に皺を寄せて難しそうな表情を浮かべている。
「あたしの声が聞こえないの? それとも聞こえない振りをしているだけ?」
「…………」
「黙っていればあたしが諦めるとでも思ったら、それは大間違いだから! お生憎様、あたしはとことんまで追求するタイプなの! あんたが口を開いて話をするまで、あんたのことを『
「『
慧真が実にくだらないダジャレを場に放つ。
「おい、ケーマ!」
「分かってるよ! ただ、なんだか雰囲気がやけにとげとげしくなってきたから、ここらで空気を入れ替えないと、いくところまでいっちまうと思ってな」
「それはそうかもしれないけど……」
慧真が言うことにも一理あった。両者の様子を見ると、どちらも引く気などさらさらないという感じだ。
「あんたのそのど派手な馬車を作るのを手伝った人間が、どこの誰だったか忘れたわけじゃないわよね?」
女性が胸を大きく踏ん反り返して、居丈高に振舞う。
「――そ、そ、それは……今は関係ないだろう!」
若い男が初めて言い返した。その言葉に弱冠だが戸惑いの響きが混じる。
「関係ないことないでしょ! あんたがそこまで意地を張るのなら、今すぐにでもその馬車を元の木材の姿に解体してもいいんだけど! それでもその意地を張り続けられるっていうの?」
女性が腰に下げた木槌に手を伸ばす素振りを見せた。
そうか! この人は馬車を作る職人なんだ! でも、その職人がなんでこんな派手な馬車を作って、しかもその馬車の乗り手と揉めているんだ?
耀太の目にはまだまだ二人の関係性が見えてこなかった。
「――なあ、ヨーコさん。オレは今夜の集会ことを、この街にいる知り合いに連絡しに来ただけなんだよ! もう勘弁してくれよ。オレは下っ端の連絡係だから、他にもまだ回らないとならないんだ!」
男が先に音を上げた。どうやらこの女性――ヨーコには口答えは出来るが、頭は上がらないみたいだ。
「今夜の集会? それって、まさか『アイツ』も姿を見せるんじゃ――」
「わ、わ、悪いけど、オレはこれで!」
ヨーコが一瞬何かに考えをとらわれた隙を突いて、男がひらりと馬に飛び乗った。
「ヨーコさん、悪い!」
一回馬に鞭を入れると、男は馬車を急発進させる。
「あっ、ちょっと! 待ちなさい! 待ちなさい! もう、待てって言ってるでしょうが!」
ヨーコが走り出した馬車の後方に向かって慌てて大声で呼びかける。
「どうやら今こそぼくの出番みたいだな! 万物の動きを司る神よ、暴走せし馬車を止めたまえ! 金縛りの魔法よ、発動せよ! ステータスオープン!」
大仰な身振り手振りを交えて菜呂が魔法の杖を振る。しかし――。
馬車はけたたましい車輪の音を上げながら走り続ける。悲しいくらい馬車が止まりそうな気配はない。そして、馬車はすぐに道の先に消えていった。
茫然自失状態の菜呂だけが取り残される。
おまえ自身が金縛りにあったみたいに固まっちまってどうすんだよ!
こうなるだろうという結果は予測していたとはいえ、耀太は内心でツッコミを入れつつ、すぐに視線をヨーコに戻した。今は魔法が発動せずに落ち込んでいるクラスメートのことよりも、この馬車造りの職人のことの方が気になる。
「ぼくらはそこでやり取りを一部始終を見させてもらったんだけど――」
「あら、あなたたち、旅の人みたいね。ううん、気にしないでちょうだい。ちょっとした身内の揉め事だから。この街では日常茶飯事のことなの」
耀太の声を遮るようにして、さも何もなかったかのように振る舞う、不自然極まりないヨーコの態度。
「悪いけど、わたしたちもその揉め事に巻き込まれたって言ったらどうなの?」
ここで耀葉が横から話に加わってきた。
「えっ、ちょっと、それってどういうことなの?」
さすがに耀葉の言葉にヨーコも驚いたみたいだ。
「わたしたちは今朝オーショワから馬車で出発してきたんだけど、その途中でさっきの派手な馬車に細い道で無理に追い越しを掛けられて、危うく事故になりかけたの」
「そうだったの……。それは本当に申し訳ないことをしたわね」
なぜか当事者でもないのに、ヨーコが深く頭を下げる。その姿勢は真摯そのものだ。
「なにか訳ありみたいな感じに見えるけど、よかったら事情を聞かせて貰え――」
「そうだ! そろそろ12時になるけど、あなたたち、もうお昼ご飯は食べたの?」
耀葉の話を断ち切るようにして、いきなりヨーコが話題を変えてきた。
「はいはい、まだ食べていません!」
小学生のように元気良く両手を上げてアピールしているのは新卒の教師である。やはり例の馬車よりもランチの方が大事らしい。
「実はさっきからずっと今日のランチのことを考えていたの!」
クミッキー先生、さっき見せた真剣な表情はランチのことを考えていただけのことだったんですか!
毎度毎度のこととはいえ、耀太はツッコまざるをえなかった。
「耀太くん、昔から言うでしょ? ランチはランチの時間に食べないと、それはもうランチとはいえないってね!」
「なんだか名言っぽく言っているけど、ただの事実を言ってるだけじゃないですか! ていうか、それは誰の名言なんですか!」
「きっと『
「ケーマも余計なことは言わなくていいから!」
「どうやらお腹は空いているみたいね。それじゃ、あたしがこの街で一番美味しい食事処に案内するわ! もちろん代金はこっち持ちでね!」
そう言うと、街に向かって歩いていこうとするヨーコ。
「なんて優しい人なの! 先生、感動でもうお腹がいっぱいになっちゃったかも!」
「それじゃ、昼食はもう取らなくてもいいんじゃないですか、クミッキー先生?」
一応、組木に確認してみる。
「耀太くん、相手のご好意を無下にするのは、相手に対して失礼にあたるのよ。だから、先生はちゃんとランチを食べます! おごりで食べます! 一切お金を払うことなく食べます! 新卒の教師の給料なんて、雀の涙どころか、アリの涙よりも少ないんだからね!」
いや、そんなに張り切って言うことでもないでしょうが! ていうか、新卒の教師の給料がいくらかだなんて、生徒は知りませんから!
なんだか組木と話していると、さきほどまでヨーコと馬車の男のことを真面目に考えていた自分が不憫に思えてくるほどだ。
「あのー、出来ればピザかサンドウィッチが食べたいんだけど、ありますか?」
組木が生徒たちを置いて、真っ先にヨーコの後を追いかけていき、自分の食べたいものを聞いている。
「この街は比較的海が近いから、美味しいシーフードを食べさせてくれるお店がいっぱいあるの。良かったら、あたしの叔母さんがやっているシーフードピザが自慢の店に案内するわ」
「シーフドピザ! 今日のランチはそれに決定ね!」
生徒の意見など聞かずに、ランチのメニューを勝手に決めてくれる心優しい教師である。
先生、その人はお昼ご飯代を出す代わりに、暴走馬車についての件はチャラにしろっていう魂胆なのかもしれないんですよ!
そう説明したところで、ランチのことで頭がいっぱいの今の組木では理解してくれそうもないのは分かっていたので、胸の内でつぶやくだけに止めた。
「そうそう。自己紹介をするのを忘れていたけど、あたしはヨーコ。ここバリーポイントに住んでいて、仕事はカスビサイドで馬車造りをしているの! よろしくね!」
耀太たち一行の方を振り返りながら、邪気のない笑顔を振りまくヨーコだった。
こうして一行は成り行き上、ヨーコの案内でピザ店へと向かうことになった。
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