第2話 目的地は異世界に変更になりました

窓の外にのどかな里山の風景が見える。日本の地方でよく見られる田舎のような郷愁を誘う景色である。



あれ? ていうことは、もう目的地に着いたのかな……?



耀太は目を細めてのんびりと外を観察していたが、すぐに異変に気が付いた。



日本昔話に出てきそうな田舎の風景そのものだけど、でも、なんで馬に乗った人たちが集まっているんだ……? しかもみんな揃いも揃って中世の騎士のようなコスプレ姿だし……。



そこまで考えたところで、ようやく頭のエンジンが再始動して回転し始めた。



待った! 違う! そうじゃない! おれは修学旅行中でみんなとバスに乗っていて……そうだ、でも煽り運転を受けて、バスもろとも崖から転落したはずじゃ……。



瞬間的に背筋がぶるっと震える。あの落下していくときの薄ら寒い浮遊感を思い出した。


しかし崖から落下したのならば、今視界に見えている景色はなんだろう、という疑問が当然のように頭に浮かぶ。耀太は自分だけで回答を探すのは無理だと早々に諦めて、助けを頼むことにした。


「おい、ケーマ! 起きてくれよ! なんだか外の様子がおかしいんだ……。おれたち、とんでもない事態に巻き込まれているみたいなんだけど……」


隣に座る慧真は体をぐったりとさせたまままだったが、耀太の必死の呼び掛けが届いたのか、ゆっくりと目を開ける。


「あっ、やっと起きたか! ケーマ、外を見てくれよ! 見慣れない集団がバスの周りにいるんだ」


「あっ、おはよう……ヨータ……。えっ、見慣れない集団って、なんのことだよ? ていうか、もう目的地にバスは着いたのか? おれ、トイレに行きたいんだけどさ」


耀太と同じ感想を漏らす慧真はまだ眠いのか目をしきりにこすっている。


「トイレなんかいいから! とにかく外を見てくれよ!」


「いや、トイレをバカにしちゃダメだろう。ここでおれが『大洪水』を起こしたら、せっかくの修学旅行の思い出が台無しになるからな。そしておれは同窓会が開かれるたびに『大洪水男』って笑われるハメになるんだぞ」


「なんだよ、その『大洪水男』って! ケーマ、いつまで寝ぼけているんだよ! いいから外を見てくれよ!」


「分かったよ……。分かったから、そんなにガミガミ言わないでくれ……。なんだか頭がまだぼーっとしていて、思考回路が上手く回らないんだからさ……」


「外を見れば瞬間で思考回路が改善すること間違いないぞ!」


「そこまでヨータが言うのならば外を見てもいいけど……」


ようやくといった感じでのろのろと体を起こして、窓の外に目を向ける慧真。半分閉じていた目蓋が一瞬でぱっちり開いて、外の光景をこれでもかと凝視する。


「なっ、おれの言った通りだろう?」


耀太も改めて外に視線を向けた。


耀太たちが乗る大型の観光バスを遠巻きで見ている十数人の集団。その大半は馬に乗っている。外見は中世ヨーロッパの騎士を思わせる服装で、何人かは腰に差した剣をすでに引き抜いて戦闘開始準備の構えまでしている。


少なくとも、ここが現在の日本のどこかということはありえなかった。


「栃木県に『日光江戸村』っていうテーマパークがあるのは知っているけど、『中世ヨーロッパ村』なんて日本にあったかな? それともおれが知らないだけで、いつのまにかそういう施設が開発されていたのか? いや、でもおれとしてはどうせ作るのなら『中世ヨーロッパ村』よりも『西部ウエスタン村』とかの方が面白そうでいいけどな」


「ケーマ、どう見たって『彼ら』は本物だろうが! コスプレをしている『なんちゃって』とは存在感が違いすぎるだろう! だいたい『ウエスタン村』は日光に実際にあったけど、もう閉園しちゃっているから! 絶対に知っててボケただろう!」


「ヨータ、そんなに怒鳴るなって。少しくらいのボケは許してくれよ。こういうときは笑いがあった方が、かえって気持ちが落ち着くんだからさ」


「いやいや、絶対に落ち着かないから! 目の前に剣を構えた騎士が何人もいるのに、平気でボケをかますお前の方がどうかしているだろうが!」


「それじゃヨータに聞くけど、本物の騎士がいるっていうのならば、ここはどこになるんだよ?」


「いや、だからそれは……つまり……」


耀太としても答えようがなかった。耀太自身、目の前の光景を受け入れるだけの心の余裕がまだなかったのだ。


「――なるほど、つまりこれは所謂『異世界クラス転移』というやつかもしれないな」


二人の疑問に対して、さっそうと返答があがった。


「ナーロ、それってどういう意味だよ? おれたちにも分かるように説明してくれないか?」


耀太は声の主に抗議の声を向けた。クラスではナーロという愛称で呼ばれている小雪華菜呂こゆきかなろは、なぜかどうだと言わんばかりに腕を組んで、バスの廊下で仁王立ちしている。


「君たちみたいな教養の乏しい一般人は知らないと思うが、現実世界で不幸に巻き込まれた人間が異世界に転移したり転生したりして、なぜかスーパー能力を手に入れて、その地で波乱万丈の冒険をするという、それはそれは素晴らしい文学作品が今ネット上で流行っているんだよ! おそらくぼくらも『ソレ』に巻き込まれたんだ! ちなみに、ぼくは今までにこの手の『転生作品』を百冊以上は読んでいるから絶対に間違いない!」


「とりあえず文学作品かどうかはこの際置いておくとして、おまえの説明が正しければ、おれたちクラスはバスごと崖から落ちて、その衝撃かなんかで、この世界に転移してきたということになるのか?」


耀太は必死に頭で理解しようとしながら言葉を発した。


「まあ、そう考えるのが一番妥当だろうね」


菜呂は当然だという風に大きくうなずく。耀太と違って、その表情には戸惑いや恐れは一切浮いていない。むしろ面白がっているようにも見える。


「さあ、異世界といったら、まずは『コレ』を確認しないとな! よし、ステータスオープン! あれ? なんで出てこないんだ? ステータス表示! これも違うかのかな? それじゃ、ステータスアップ! これも違うな……。ステータス、出ろ! 出やがれ! なんで出ないんだよ! バグでも起きているのか?」


菜呂は耀太の知らない単語を何やらブツブツつぶやきながら、自分の世界に入り込んでしまった。なにか見てはいけないものを見てしまった気がしたので、静かに菜呂の顔から視線を外す耀太。


「まあ、つまりはおれたちの修学旅行の行き先が異世界に変更になったっていうことらしいな……」


ため息交じりにつぶやく耀太はそこで一番大事なことを思い出した。いくら異常事態で気が動転していたとはいえ、自分の迂闊さを呪いたくなった。



そうだ、まずはアリアの安否を確認をしないと! なんでこんな大事なことを忘れていたんだ!



片思い中の女子生徒のことを思い出した耀太の耳に、その当人の声が届いた。


「――話の途中で申し訳ないんだけど、それで結局わたしたちはこれからどうすればいいの?」


根本的な質問を投げかけてきたのは、耀太の幼なじみで、かつ耀太の片思い中の相手であり、同時に校内では才媛才女の誉れ高き天咲てんさきアリアだった。どうやら耀太たちが会話をしている間に、他のクラスメイトたちも少しずつ意識を取り戻していたみたいだ。


「あっ、アリアも起きたんだね!」


とりあえずアリアの無事が確認出来たので、耀太はほっと一安心した。本当は今すぐ駆け寄ってアリアの可憐な両手をぎゅっと握り締めて、それからあわよくば両腕で強くアリアの全身を抱きしめて、死なずにすんだ幸運を分かち合いたいところだが、残念ながら耀太とアリアの間には幼なじみという共通点以上の親密度は1ミリも存在しないので、ここは行動に出るのは断腸の思いで止めることにした。


「耀太くん、ありがとう。わたしは無事だから。体に異常もないみたいだしね」


「ああ、ケガもないみたいだし良かったよ。本当に良かった! それでアリア、おれたちの身に何が起きたかという話だけど、とにかく外を見れば何が起きたか一目瞭然で分かるよ。まさに『百聞は一見に如かず』というやつさ」


耀太の説明に納得したのか、アリアは窓の外に顔を向ける。学校内で『彼女にしたいけど絶対に手が届かない高嶺の花』ランキングのナンバー1に位置している眉目秀麗な顔に、見たことないくらいの不可解な表情が浮かぶ。どうやらアリアなりに動揺しているらしいが、泣き叫んだり大声をあげないところが実にアリアらしかった。


常に自分というのを崩さないのがアリアという少女だった。そんな性格を冷たいという人間も生徒の中にはいたが、アリアのことを小さいころから知っている耀太にとっては、そんなアリアの様子こそが愛おしく感じて、その気持ちは思春期に差し掛かった頃にいつしか恋に変わっていた。


「たしかに『百聞は一見に如かず』ね。菜呂くんが言ったとおり、異世界に来ちゃったみたいね、わたしたち」


アリアは自分の言った言葉に対して、自分で大きくうなずいた。

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