第19話

「どう、高橋さん」

「う、旨い。さすがわ、みかんちゃん」

「ブショネだったら一大事だからね、こんな高いワイン。アレっ!たばこ吸わないの、吸っていいよ」

「止めたんだ」


むかーし、私も吸ってたけど。

酒のむと吸いたくなるのね。あれ、なんだろうね。

吸わないと食い物にいっちゃって、デブるのね。


「仕事もたばこも区切りついてよかったじゃない」

「と、いうよりね…」


高橋は口にあてたグラスを静かに置いて、頭に何か浮かんだように目を閉じた。

まさか、泣く?


鼻をズズっと吸う音がした。ペンダンライトに照らされた涙が、微かに頬を伝った。

どうやら、アレか。


「もとに戻せないか、頑張ったつもりだけど」


彼は涙を隠すようにグラスを持ち上げた。

奥さんとうまくいってないことは聞いていたが。


「子供たちは二人とも母親につくといってるし、よくよく考えたら俺に養育能力なんてないものね。朝から晩まで仕事でさ。父親らしいこと、してないものね。それで昨日、ようやくハンコ押した」

「…ノモ」


デキャンタグラスを傾けて、灯りのせいで紫に変色したワインをゆっくり流した。


「晴れて、独身。あーすっきりした」


そういいながらまた鼻水をすって、取り出したハンカチで鼻を拭いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る